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株式会社日立総合計画研究所

書評

研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介

宅配がなくなる日 :評者:日立総合計画研究所  川口 華子

2017年11月24日

 『宅配がなくなる日』という題名からは、2016年末ごろから注目されている宅配問題を扱った書籍という印象を受ける。しかし本書は、宅配問題にとどまらず、「同時性の解消」という大きな社会変化について論じた一冊である。

 著者の松岡真宏氏は、複数の証券会社やシンクタンクにおいて、小売・流通業界を中心に証券アナリストとして活躍した後、2003年からは産業再生機構で小売・流通分野の企業再生を支援し、2007年にはフロンティア・マネジメント株式会社を設立している。フロンティア・マネジメント社は、小売業や製造業を中心に、多くの経営コンサルティングやM&A支援の実績を持っている。

 従来、実社会における経済取引は、消費者(エンドユーザー)と供給者(サービス提供者)が、直接対面して行われてきた。対面的な取引は、消費者と供給者が空間と時間を共有することにより成り立つ。筆者はこれらを「空間の同時性」と「時間の同時性」と呼ぶ。しかし、ITが発達し、スマートフォンなどのモバイルデバイスが普及したことにより、日々の購買行動やサービス消費、その他の経済取引が、消費者と提供者が同時に、同じ場所にいなくても成立するようになった。これを筆者は「同時性の解消」と定義している。特に、デジタルデバイスを日常的に活用することに慣れているミレニアル世代にとっては、こうした同時性の解消はより強いニーズとして意識される。
 同時性の解消はコミュニケーション方法の変化に顕著に表れている(表1)。従来コミュニケーションの主流は対面での会話であったが、まず伝言により時間の同時性が解消し、次に電話により空間の同時性が解消し、さらに、メールの普及により両方の同時性が解消することとなった。同様の変化がEC(電子商取引)やSNSの発達によって経済取引へと急速に波及してきている。

表1 同時性の解消によるコミュニケーションの変化
表1 同時性の解消によるコミュニケーションの変化
出典:本書を参考に日立総研作成

本書は、こうした同時性解消の視点から、小売・物流業界で起ころうとしている今後のトレンドを展望している。消費者は、モノやサービスを得る際に自分の好きな時間や場所で、好きな商品を受け取りたいと考える。しかし、受け取りについては、各家庭へ直接配送する空間と時間の同時性を前提とする宅配システムを使っているため、ECによる同時性の解消という社会の変化に追いついていない。物理的な宅配システムの存在は、同時性を解消するECとのひずみを生み、結果として過剰な再配達の発生といった問題を生じさせている。物流業界は、ECなどの発達に対応し、従来の宅配システムを変革する必要があると筆者は指摘する。
 このような状況に対して筆者は、柔軟な物流ネットワークの構築の必要性を提唱する。(図1右)このシステムでは、消費者は注文と同時に商品の受取場所や時間を指定し、個人の好みに合った受け取り方法を選定する。受取場所としては、スーパーやコンビニといった身近な小売店舗が想定される。こうすることで、消費者は好きな時間に商品を確実に受け取るというニーズを満たすことができ、物流業者は宅配の効率化が可能となる。小売業界にとっては、受け取り拠点となるスーパーやコンビニなどに顧客が来ることで集客の機会となりうる。つまり、従来の宅配システムが、消費者の受け取りのみを想定している固定的な仕組みであるのに対し、筆者の提唱するシステムでは、コンビニなどの受け取り方法の選択肢を多様化させることで、同時性の解消を実現するのである。以上のような新たな枠組みを取り入れることで、課題解決だけではなく、小売店舗の集客力向上といったさらなる利益を生み出す可能性も生まれる。


出典:本書を参考に日立総研作成
図1 産業構造の変化例(進化する宅配ネットワーク)

 このように本書では、ECの発達により商流が変わった結果、同時性の解消という新たなニーズが生まれ、物流を始めとした物理的なシステムに変革が起こる可能性があると分析している。著者が、物流の抱える課題の背景を、消費者のモラルの問題と捉えず、同時性の解消という若者(ミレニアル世代)を中心とした現代人のニーズ変化と捉えた点が興味深い。こうした動きは、物流以外の産業にも展開が進むと評者は考える。例えば米国では、小売店などにボックス型の施設を設置し、遠隔で診察を行うTelehealth Kioskといった取り組みが行われている。診察の際に医者と患者が必ず相対していなければならない状況が解消されており、長い待ち時間や移動時間なく、好きなタイミングでの受診が可能となる。一方で、日本国内においては法律などの制約もあり、また、国・地域によって事情も異なることから、実現にあたって解決しなければならない課題も依然として多い。
 このように本書は、ビジネスのあり方を模索する上で、消費者の「時間」および「空間」の同時性解消に注目して、流通・物流の効率化の方法を提供する一冊となっている。EC、SNSの拡大による消費者の行動変化を捉え、サプライチェーンやビジネスモデルを変革しようと考えるビジネスパーソンに、ぜひ一読をお勧めしたい。

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