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株式会社日立総合計画研究所

書評

研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介

その数学が戦略を決める :評者:日立総合計画研究所 鹿野健一

2008年4月4日

絶対計算の有効性を訴える啓蒙(けいもう)書

著者は、法制度の定量分析に定評があるエール大学ロースクール教授。法律家であるとともに、経済学者でもある著者は、大量データ分析(データマイニング)に情熱を抱いている。このような経歴を持つ著者が、意思決定に大量データ解析を用いることで、素晴らしい実績を上げることができると説いたものが、本書である。大量データ解析と聞くと、難解な数式を思い浮かべてしまいそうだが、本書には数式はほとんど出てこない。理論を応用した企業などの実例が面白く紹介されており、計量経済学を学んだことのない人でも、安心して読める作りとなっている。

本書では、「経験と直感による専門家」vs.「大量データ解析を操る絶対計算者」という構図で話が進められていく。この「絶対計算」という用語は、"super crunching"から翻訳者が造語したものであるが、本書によると「絶対計算」とは、大量データを分析し、一見関係なさそうなデータの相関関係を計算することで、そこにある意外な関係を導き出そうとするものである。例えば、経済学者オーリー・アッシェンフェルターによると、ビンテージワインの質は、冬の降雨量、育成期平均気温、収穫期降雨量を説明変数とした一本の式で表せるという。ここで、各天候データを入力すれば、たちまちワインの質が数値で求められる。これが、回帰分析を用いた「絶対計算」である。この計算を行うためには、長い経験や天才的なひらめきは必要ない。しかし、この計算が多くの場面で専門家に勝利しているというのだ。

本書によると、多くの企業が「絶対計算」を用いて、利益を上げているという。例えば、カジノを経営するハラーズ社は、プレイヤーの勝ち負けのリアルタイムデータと年齢や居住地の平均年収を組み合わせ、あといくらお金をすっても、また戻ってきてくれるかという「痛みポイント」を予測している。また、無作為抽出を巧みに操るオファマティカ社は、クリックするごとに異なるデザインのウェブページを無作為に送り、どちらのデザインが消費者をひきつけるのか調べるサービスを行っている。ちなみに、本書の原書のタイトルである"Super Crunchers"も同様のテストの結果、選ばれたものであるという。さらに、このような「絶対計算」の流れは、政府の意思決定、医師の診断、教育にまで進んでいるそうだ。

しかし、著者は、直感や経験技能が必要なくなったと主張しているわけではない。回帰分析の説明変数を決定する際には、直感が必要であるし、無作為抽出で比較する2つのデザインも直感によって作られたものである。結局のところ「絶対計算」は、直感にとって代わるのではなく、直感を補うものである。直感、経験、統計の協力により、さらに良い選択肢を生み出すべきであるということが、著者の主張である。

著者は、「絶対計算」が拡大した最も大きな理由は、コンピュータの記憶容量の増大であるとしている。ハードディスクなどの記憶媒体は、日本の技術が大きく貢献してきた分野の一つである。しかし、「絶対計算」の利用という点では、日本は米国に比べて大きく出遅れているのが現状であろう。「絶対計算」の発展に貢献してきた国が、この有効なツールの利用を拒む理由はない。また、今後、到来が予想されているアンビエント情報社会*では、膨大なデータを処理できる「絶対計算」の重要性がさらに増すであろう。「絶対計算」を身に付け、直感と定量分析による意思決定により、意外な関係や先を見通してはいかがであろうか。

注釈

*
アンビエント情報社会とは、日立総研が提唱している次世代情報社会のことである。
詳細は「アンビエント情報社会の可能性と構成条件」を参照。

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