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株式会社日立総合計画研究所

書評

研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介

Ambient Intelligence :評者:日立総合計画研究所 嶋田惠一

2009年3月3日

「アンビエント・インテリジェンス」2005年4月

「Ambient Intelligence」は次世代の情報社会を表すキーワードとして欧州で広く使われている言葉である。Ambientとは「取り巻く、囲まれた」という意味を持つ言葉であり、音楽、建築の世界では、快適な環境をイメージする言葉として使われている。Ambient Intelligenceは直訳すれば「環境知性」、「知性を持った空間」となる。

もともとはフィリップス研究所が90年代末に考案した造語であり、その後、2001年当時の欧州委員会(EU)の第5次フレームワークプログラム(EU各国の研究分野の重複を避け、域内で重点的な予算配分をすることにより、効果的な研究開発を行う仕組み)が2010年までに実現すべきICTの利活用環境の方向性を示すビジョンとして「Ambient Intelligence」を発表した。第6次(2003年〜2006年)で具体的な研究プロジェクトが立ち上がり、第7次フレームワークプログラム(2007年〜2013年)でも研究が続けられている。本書は、フィリップス研究所の研究員ほか3名の編さんによる、欧米の大学、公的研究機関、企業の研究者による15本のAmbient Intelligence関連研究論文集であり、2005年に発刊された。

編集者(社名、在籍は当時)
Werner Weber,Infineon Technologies
Emile Aarts,Philips Research
Jan M.Rabaey,Department of Electrical Engineering,University of California
論文執筆者の在籍機関・企業(社名、在籍は当時)
  1. 公的研究機関
    ETH Zurich、Swiss Federal Institute of Technology(以上スイス)、IZM FhG(独)、JHL Labs(米)
  2. 大学
    Technical University of Berlin、University of the Federal Arm Forces(以上独)、The Australian National University(豪)、University of California、University of California Los Angeles、University of Southern California(以上米国)、University of Technology Eindhoven(蘭)
  3. 企業
    Do-Co-Mo Euro-Labs、Infineon Technologies(以上独)、Intel Research(米国)、Philips Research(蘭)

内容は三部構成になっており、第1部が「アプリケーション(Application)」、第2部が「システム設計技術(System Design and Architecture)」、第3部が「デバイス・基盤技術(Components and Technologies)」である。主な内容は以下のようなものである。

  1. 第1部「アプリケーション」
    高度な情報社会が実現されることによって生じる社会的問題点(プライバシー確保、複雑に連携するシステムの制御可能性、社会的互換性、情報・サービス内容の透明性、選択可能性、ユニバーサルアクセスの担保)、ウェアラブルなICTの実現によって広がる新しい適用分野の考察(衣料、家具とICTの融合など)、フィリップス研究所「HomeLab」での実証研究の紹介など
  2. 第2部「システム設計技術」
    予測困難な自然環境の変化、人間の行動情報を効果的に捕捉するためのセンシング技術(固定および可動な情報機器の連携、異なる種類のセンサ(加速度センサ、化学センサなど)から得られる断片的な情報から総合的に現象を捕捉)、センサ機器用小型オペレーティングシステムおよびデータベース技術、センサおよびアクチュエータなどのユーザ環境に設置された小型機器と情報システムを連携させるためのアプリケーションインターフェース技術、アドホックネットワーク技術、セキュリティ技術(ただし内容は一般的なセキュリティ技術の紹介)など
  3. 第3部「デバイス・基盤技術」
    MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)を活用した自家発電技術(熱[気温、体温]、風、振動など)、二次電池技術(超小型バッテリー、燃料電池、キャパシタなど)、省電力技術(アドホック通信)、パッケージング技術(自然環境に長時間設置しても劣化しない電子デバイスのパッケージ)、アルゴリズム技術(リアルタイムかつ膨大な情報処理を効果的に行うためのアルゴリズム、時間とともに自己改変をするアルゴリズム、処理時間、応答の正確性とは異なるアルゴリズムの有用性評価指標(満足度などの感性を取り込んだ分野)の可能性)など

本書は、単独で読んでも次世代ICTの方向性を考える上で参考となるが、「Ambient Intelligence」の発表当時のコンセプトの内容、第7次フレームワークプログラムなどで現在進行中の研究プロジェクトの構成などと比較してみると、欧州におけるICT研究のトレンドをつかむことができる。
例えば本書の導入部分では、Ambient Intelligenceが創出する環境を以下のように説明している。

  • where technology is embedded,hidden in the background
  • that is sensitive,adaptive,and responsive to the presence of people and objects
  • that augments activities through smart non-explicit assistance
  • that preserves security,privacy and trust worthiness while utilizing information when needed and appropriate

ICTが人間の行動、ニーズを理解し、さりげなく行動を支援したり、必要な情報を過不足無く、タイムリーに提供する環境、ということになる。
これに対して1999年に欧州委員会がAmbient Intelligenceを初めて取り上げた資料(「Orientations for Workprogramme 2000 and beyond」)ではビジョン設定の背景について以下のような説明をしている。

This vision builds on European strengths in mobile communication,digital broadcasting,rich content and network infrastructure and provides a new impetus for rapid and complete convergence of fixed and mobile applications as well as synergies between broadcast and on-line services.

当初、携帯電話網を想定した環境や放送通信融合型のコンテンツを意識した世界を想定していたものが、現実の社会環境とICTが混然一体となった環境、ユーザと情報システムのより自然な双方向の関係を意識した内容に変化していることが分かる。これは、Ubiquitous Computing生みの親であるXeroxパロアルト研究所のマーク・ワイザー氏が後年提唱した「Calm technology」(人間に対して出しゃばらない、さりげない人間とのインタラクションを想定したICTの在り方)に通じる考え方でもある。

研究分野についても、2001年に欧州委員会が発表した「Scenarios for Ambient Intelligence in 2010」では、4つのユーザシナリオを基に、将来必要となる技術群を紹介しているが、基本的にはIDカード、PDAのような小型機器、環境に組み込まれたディスプレーなどのパーソナルな情報機器を前面に押し出した内容になっていた。それに対して本書では、センサやマイクロアクチュエータなどの電子デバイスに関係する技術的論文が多い。この傾向は現在の第7次フレームワークプログラムでも見られる。

本書が発行された2005年は、Ambient Intelligenceのサービス像、コンセプトについて議論するEuropean Symposium on Ambient Intelligence(EUSAI)とセンサなどのデバイス技術開発の方向性を議論するConference on Smart Objects(sOc)の両シンポジウムが合併しており、ブロードバンドなどの情報通信、電子デバイス技術が進む中で、欧州におけるAmbient Intelligence研究が単なるコンセプトの検討段階から、センサやアクチュエータなどの具体的な技術開発の段階へこの時期に移ったと評者は推測する。

本書はAmbient Intelligenceに関するコンセプトの解説から具体的な技術分野に至るまで、幅広い内容をコンパクトにまとめている良書である。しかし、ユーザとICTとの自然な双方向の関係を構築することを考えれば、本書で紹介され、現在も欧州委員会で取り組まれているセンサやアクチュエータの電子デバイス技術、ユーザインターフェースの技術のみならず、膨大かつ実時間で流れる情報から人間の心理を推測、理解、学習する技術、多様な情報を評価、蓄積、再利用する技術などのバックオフィス側の研究開発も重要である。一部当該分野の取り組みとして、日本国内では経済産業省が進める情報大航海プロジェクト、文部科学省による高性能データベースプロジェクトなどが近年立ち上がっている。人間とのインターフェース側の技術、情報を処理するバックオフィス側の技術の研究開発は現在個別に進められているが、今後はこれら技術群を有機的に連携させるための取り組みを進めていくことがAmbient Intelligenceの世界を実現する鍵を握ると評者は考える。

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