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株式会社日立総合計画研究所

書評

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資本主義はなぜ自壊したのか:「日本」再生への提言 :評者:日立総合計画研究所 松井良一

2009年6月26日

グローバル資本主義に内在する課題と対応策

1970年代後半、第二次石油ショックの影響で世界経済は低迷し、慢性的なインフレーションと失業の共存、福祉の充実による財政赤字と公共部門の肥大化が先進諸国で大きな問題となった。これを機に第二次世界大戦以降主流となっていたケインズ主義の見直し論が盛んになり、均衡財政、自由貿易、規制緩和、民営化などを基本とする新自由主義が伸長した。特に、1980年代のマーガレット・サッチャーによる「サッチャーリズム」、ロナルド・レーガンによる「レーガノミックス」が有名である。その後、新自由主義に基づくグローバル資本主義、いわゆるグローバリゼーションが世界に広がることとなった。

日本でも失われた10年を経て、金融機関の不良債権、巨額の財政赤字、公共部門の低生産性が社会問題となり、小泉内閣のもと金融再編や公共部門の民営化など新自由主義に基づく構造改革が進められた。その後、金融は落ち着きを取り戻し、経済は輸出主導で持ち直しつつあったが、サブプライムローンに端を発する未曾有の世界不況の中で状況は暗転し、同時にこれまで隠れていた所得格差、地域格差といった問題が顕在化した。今や構造改革がすべての元凶であるといった意見もみられる。

著者は新自由主義の旗手として細川内閣の「経済改革研究会」、小渕内閣の「経済戦略会議」に参画し、政府の経済改革立案に手腕を振るった。その著者が自ら「転向」と称してグローバル資本主義、新自由主義を批判し、世界経済に秩序を与え、日本や日本企業に指針を示そうとしたのが本書である。
本書は、「所得格差の拡大」、「地球環境の破壊」、「世界経済の不安定化」は市場の失敗によるものではなく、グローバル資本主義とその根本にある新自由主義に発生のメカニズムが内在するとしている。また所得格差や環境破壊が悪化の一途をたどっていることから、資本主義の自壊作用はすでに始まっているとする。具体的にその論拠をみてみよう。

「所得格差の拡大」では、グローバル資本主義がBRICsの繁栄をもたらしたと評価する一方、資本は賃金の高低差を求めて世界を移動するため、たとえ自国経済が発展しても国内の非熟練労働者の賃金は改善されず逆に格差は拡大すると批判する。
また「地球環境の破壊」では、利益追求を最大ミッションとするグローバル資本は、可能な限り環境コストの支払いから逃れようと環境規制の緩やかな地域を選んで資本投下するため、特定の国が規制を強化しても地球全体では成果は得られないとする。
さらに「世界経済の不安定化」では、金融・情報など多様なネットワークがグローバル資本主義の中で進化し、複雑に入り組んで連結した結果、個別地域の異変が世界に急速に波及し、そのことが経済を不安定にし、危機を常態化したとする。

そのような論拠に立った上で、処方せんとしてグローバル資本主義に無制限の自由を与えるのではなく、一定の規律を設け制御する必要性を説き、その統制機関として世界中央銀行、世界中央政府の設置に言及する。世界中央銀行は世界のインフレやデフレを常に警戒し、アメリカの国益を考慮しつつ基軸通貨たるドルを管理するFRB(連邦準備制度)に替わって、適切な通貨管理の役割を担う。また、世界中央政府は各国への強制力を持ち、国際間の所得分配の平等化や地球全体の環境規制強化を行うとする。

筆者はさらに日本の構造改革について述べる。すなわち、新資本主義に基づいた小泉構造改革は「勝ち組」「負け組」の二極化、地方経済の疲弊、自己中心的なメンタリティーの増殖、凶悪犯罪の増加などさまざまな問題を生み出した。企業の雇用改革は「会社」という共同体を分断して、帰属感、連帯感を希薄化し、個人の心の安定を奪った。その結果、日本社会は「安心・安全」を喪失し、企業の現場力は低下したと指摘する。

これに対し、日本は世界に向けては「環境立国」をアピールし、国内施策としては地方分権と地域コミュニティーの再生による安心で安全な地域社会の復活、転職しやすい労働市場作りによる柔軟性に富む産業構造の構築、税制改革や所得再配分による年金問題・格差問題の解決を挙げる。また、日本企業は構造改革の中で忘れつつあった独自の文化に根差した「相互信頼」、「自然との共存」、「長期志向」、「現場主義」を実践することを提案する。

新自由主義、グローバル資本主義の問題はこれまで何度も指摘されてきた。アメリカは自国流とも言える新自由主義を強力に世界各国に推し進めることで、人、モノ、カネを自国に集中し、金融立国として復活、発展してきた。これはアメリカの戦略であったとも言える。しかし、グローバル資本主義がアメリカのみならず世界経済を発展させ、世界を物質的に豊かにし、文化の交流を促し、人々にさまざまな情報をもたらしてきたことも事実である。そうした効果を過小評価すべきでない。 これまでも世界経済に大きな影響を与えてきた投機的な資金移動には何らかの規制が必要であるが、人・モノ・情報などそれ以外の分野での統制は行き過ぎると経済を後退させ、企業活動を委縮させる。グローバル資本主義と対峙(たいじ)して規制強化を叫ぶのではなく、グローバル資本主義と共存する方法を探し出すことが重要である。著者の提案する世界中央銀行、世界中央政府もその一つの考え方ととらえることが可能と評者は考える。

これまで、著者は長らく変化の激しい時代にあって日本が浮揚するには、会社対会社、会社対個人などの長期的関係は不要であるとし、規制を撤廃して競争を促し、個人に最大限の能力の発揮と自律を求め、格差を容認する姿勢が強かった。ところが本書では、まさに「転向」と呼ぶにふさわしい強い調子で厳しく新自由主義に基づくグローバル資本主義を批判している。 「新自由主義による自由取引市場の形成は人類の滅亡を早める」と言い切るのには驚きを禁じ得ないが、見方を変えれば著者の新自由主義に対するいまの課題認識の大きさを推し量れる。

本書はグローバル資本主義の問題点をわかりやすく読者に伝えている。経済思想と現実の動きから現在の問題点を理解し、また日本が醸成してきた価値観を知り、進むべき道を考える上で役立つ一冊として本書をお薦めしたい。

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