研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2009年8月26日
トーマス・フリードマン著『フラット化する世界』(日本経済新聞出版社、2006年5月発行)は、財・サービスのサプライチェーンが国境を越えつつある点について着目し、世界はフラット化していると主張したベストセラーである。それに対して、本書は金融の世界に着目し、金融市場では世界はむしろカーブ化していると主張する。金融市場はそもそも不確実・不完全な情報に動かされる世界だが、最近では市場がとてつもなく拡大・複雑化した結果、先行き何が待ち受けているか分からない、すなわちカーブで先行きを見通すことができないような状態になってしまっているという。
著者は、米金融情報会社ジョンソン・スミック・インターナショナルの会長、デビッド・スミック氏。世界各国の金融機関や金融当局、著名投資家を顧客としてグローバル金融・経済情報サービスを提供するコンサルタントである。一般にはなじみの薄い人物かもしれないが、著者の書くレポートには多くの市場関係者が注目しており、実際、著者のレポートが市場を動かした局面は数多くある。本書は、そうした著者が、グローバル金融市場における主要なプレーヤー、すなわち最前線で活躍するトレーダーや各国の政策当局者・中央銀行のトップなどとの意見交換を通じて収集した第一線の情報を基に、グローバル金融・経済を分析したものである。原書("The World is Curved")が出版されたのはリーマンショック直前の2008年9月初旬であったにもかかわらず、グローバル金融の不安定性を指摘し警鐘を鳴らし、危機の発生を予見していたかのような一冊となっている。
本書は、日本の失われた10年(1990年代半ば〜2000年代前半)、英国のポンド危機(1992年)といった過去の出来事について、著者の経験をベースに分析し、グローバル金融がいかに変化してきたかについて描き出している。随所から読み取れるのは、金融市場の不安定性が増しており、その制御が極めて困難になってきているということ、そして金融市場において「未知の要素」が非常に多くなってきているということである。未知の要素の一例としては、中国が挙げられている。著者によれば、グローバルシステムは中国の政治・経済・金融システムとの結び付きを強めつつあるが、その一方で、中国のシステムは極めて不透明であるため、中国の動向が今後グローバルシステムにどのような影響を与え得るかについて全く予想ができないという。その裏側には、これまでグローバル金融・経済をけん引してきた米国が、もはやそうした力を失いつつあり、世界の政治経済が多極化しつつあるという現実がある。
本書は、著者と市場参加者とのやりとりおよびそれに基づく著者自身の分析を中心に議論が展開されている。このため、見方によっては一コンサルタントの経験談に過ぎないともいえるかもしれない。しかし、本書で紹介されている過去の金融市場の現場で起こった具体的なエピソードの数々は、金融市場というものを理解する上で大きな助けとなる。執筆されたのはリーマンショック前だが、グローバル金融に関する理解を深める上で今なお読む価値のある一冊である。