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株式会社日立総合計画研究所

書評

研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介

クラウド化する世界:ビジネスモデル構築の大転換 :評者:日立総合計画研究所 前田英行

2010年4月13日

コンピュータネットワークテクノロジーは21世紀にどんな恩恵と影響を与えるのか

私たちのコンピュータは「どこ」にあるのだろうか?コンピュータの主要な構成要素である情報を保存するハードディスク、情報を処理するマイクロプロセッサ、情報の操作方法を記述したプログラムは、今やネットワークの「どこか」に分散して置かれている。コンピュータネットワーク技術は、これらを統合し仲間と共有して利用することを可能にした。私たちはビジネスや社会生活のさまざまなシーンで、自分の所属する「組織の内側」例えば企業内のどこかにあるコンピュータと、インターネットを通して「組織の外側」のどこかにあるコンピュータを使い分けてきた。
本書では、インターネットの高速化によって組織の外側と内側のコンピュータ性能の差はなくなり、規模の経済によってコストとサービス内容で圧倒的に優位な力を持つ「組織の外側」が、セキュリティを含む安全性についての不安に打ち勝つと主張している。この流れは、世界中のオフィス、工場、店舗、学校、家庭を巨大で高速なインターネットを通してつなぎ、コンピュータを構成するハードウエア、アプリケーションプログラムそして情報を世界中に分散させ、コンピュータネットワーク技術によって統合し、あらゆる人が共有できるようになる「ワールドワイドコンピュータ」を現実のものに向かわせる、と述べている。

著者であるニコラス・G・カー氏は「ハーバード・ビジネス・レビュー誌」の元上級編集者で、同誌に発表した「ITにお金を使うな」という記事で、大部分のコンピュータシステムはありふれたものであり、競争相手に対して優位に立つための手段を提供するものではないと主張し、コンピュータテクノロジー界で論争を巻き起こしたビジネスライターである。本書では、ITが安価なコモデティとなり、電力と同じような社会ネットワークユーティリティになることで、21世紀のビジネスや社会生活を大きく変化させる原動力となると主張している。
その論拠として本書の前半で、約100年前に新しいテクノロジーであった発電技術が、配送電といった電力ネットワーク技術によって、壁のコンセントから安価で社会の隅々に無尽蔵に供給できるユーティリティサービスへと変化していった歴史を解説している。世界が電化されることによって生み出された電気産業、自動車産業そしてコンピュータ産業など多くの新しい20世紀のビジネスや社会生活への影響を詳細に説明している。評者の印象に残ったのは、新しく強力なテクノロジーへの不安から来る抵抗を、規模の経済と技術者の増加が押し切っていく過程と、現在の社会の基本的な特徴と感じている大企業の出現、ホワイトカラーの拡大、学校教育の普及そして家庭内の疎外感や孤独などの現象が電化の影響として述べられた部分である。時に強力な技術はネットワークの力と相まって、産業構造や社会環境、ライフスタイルを変革させる可能性を持っているということである。
本書の後半では、「ワールドワイドコンピュータ」の実現に向かう社会の中で、発生するであろう問題について、多くの紙面を割いている。例えば、「インターネットの将来像について、自国の見解を押し付けあう、テクノロジー版冷戦となってしまうだろう」との記述がある。ワールドワイドコンピュータは社会システムの運営を支える重要なインフラとなる可能性が極めて高いが、電力や道路とは対照的に国境内に築かれた固定した物理システムではないため、国家の管理下に置くことが出来ない。国家が初めて経験するこの新しいインフラに対して、「領有権」を主張する者、大規模な攻撃を仕掛ける者など、世界の国々が自国の国益を主張し合って起こる混乱したシナリオに、評者は不安を感じる。 また、「インターネットがもたらした最も革命的な結果は、コンピュータが人間のように考え始めることではなく、我々がコンピュータのように考えることなのだ」との記述がある。知識を自分で覚えるより、インターネットで検索しリンクからリンクへと移動する方が簡単で速く正しそうな答えを得られるようになった。評者も自分の経験、知識を組み立ててじっくり考えるより、インターネットのリンクを急いでたどって自分の考えをネットの中で探していることが圧倒的に多いことに、改めて気づいた。「我々が新しい道具を使い始めるたびに我々の知覚、思考、そして言語が微妙に変化している。我々が技術を作り上げるのと同じぐらい確実に、技術も我々を形成する」という英国の生物学者であるJ・Z・ヤングの言葉を引用した主張は説得力がある。
本書では、挙げられた問題の解決策に関する記述はなく、未来に対する不安が広がって行く。しかし、このコンピュータネットワーク技術が起こした進歩を後戻りさせることは出来ない、私たちの手でこれらの問題を乗り越えて明るい未来を描いていく必要がある。例えば、コンピュータネットワークが遠く離れた家族同士のぬくもりやざわめきを伝え合うことで家族の絆を強くできる未来、食料やエネルギーのムダを極限まで減らすことで世界の貧困を減らしていく未来などを私たちが作り出して行くためのチャレンジが、今後一層求められるのだと評者は考える。

著者は、新しい時代のテクノロジーとそれを反映した経済的取引が、私たちの社会の産業構造やライフスタイルを大きく変化させると主張する。コンピュータネットワークテクノロジーは21世紀にどのように変化し、ビジネスや社会生活にどんな恩恵と影響を与えるのだろうか。コンピュータにかかわる技術者、ビジネスマンそしてユーザを問わず多くの人たちにおすすめしたい1冊である。

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