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株式会社日立総合計画研究所

書評

研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介

不況学の現在 :評者:日立総合計画研究所 袴家伸祐

2010年4月16日

過去の歴史から不況を学ぶ

掲題書において著者は、「個別(ミクロ)と全体(マクロ)のずれが問題であり、全体は個別の単なる総和ではない。このずれが最も明確に現れるのが不況のときであり、個別企業や個人の努力ではいかんともし難い壁となる」と主張する。本書では、不況の変遷を整理し、時代ごとに対立した著名な哲学者・経済学者の学説を取り上げて、おのおのがどのように不況に対して提言し、その結果がどうなったかを解説している。そして歴史を振り返ることで、向かうべきグローバル経済の方向を見つけようとしている。

著者は不況を現代社会だけが抱える問題ではないと指摘する。モノやサービスを生産・分配・消費することを経済活動と呼ぶのであれば、それは人類が誕生したときから発生していた。しかし、不況の発生要因は現代と異なっていた。18世紀以前の不況の特徴は、供給制約(需要過多)という形で現れていた。その要因は、自然災害、戦争、政治混乱、疫病などであり、主に外的な要因によってミクロとマクロのずれが発生したものである。一方現代の不況では、工業化に伴う産業構造の変化の中で、もっと厄介な需要制約(供給過多)という形で現れた。つまり、労働する意思も能力もある労働者に職が見つからなかったり、老朽化したわけでもない機械設備が稼動しなかったり、社会全体として生産活動がくすぶり続ける不況である。これは経済活動が「不完全燃焼」しており、労働力や資本、技術は用意されているにもかかわらず、十分に活用されずに余剰が発生している状態である

著者はこの「不完全燃焼」による不況の考え方の例として、ケインズを紹介している。ケインズは「不完全燃焼」の発生は、消費マインド、将来の見通し、それらに基づく企業の投資など、需要側の意識の変化がもたらす総需要の激しい変動に原因があるとしている。個人はそれぞれ個別のインセンティブを持って、利己心に基づいて利益を追求する。将来の見通しが暗いと考えれば将来に備えて節約し、貯蓄を増やすのは個別(ミクロ)の行動としては合理的である。しかし、皆がそのように行動すると、全体(マクロ)では総需要が一層減少し、結果的にミクロとマクロのずれが拡大してしまう。このような不完全燃焼を解決するために、ケインズは政府や中央銀行の裁量的政策によって総需要をつくり出すべきだとしている。

一方で、著者は不況における政府や中央銀行の働きの限界を示す主張も紹介している。例えば、フリードマンは大きく2つの理由を挙げて、政府や中央銀行は裁量的な政策を行うべきではないとしている。一つは政策が計画されて、実行されるまでには幾次もの遅れ(認知ラグ・実行ラグ・効果ラグ)があるため、実行段階では既に政策の内容が陳腐化し、期待されるような効果はないというものである。もう一つは、企業の求める人材と求職者の能力差による雇用のアンマッチによって生じる自然失業率以下に失業率を下げようとすると、貨幣の供給量の拡大がやがてインフレ率を上昇させて結果的に雇用環境を悪化させるというものである。政府は裁量的な財政政策を行うべきではなく、また中央銀行はあくまでも貨幣供給量の増加率を経済成長率に見合うように一定に維持すべきだと主張している。

著者はケインズ、フリードマンのどちらを支持するわけでもなく、不況に対する自身のスタンスを明らかにしていない。また、今回の不況の原因と対策を述べているわけではないが、本書から得た知識で評者なりに今回の不況を考えてみると以下のようになる。

今回の不況は、1930年代の大恐慌のような数年にわたる持続的な株価下落や失業者の増加は回避できた模様であるが、「100年に一度の危機」といわれている。その原因の一つとして高度に発達した証券化によってリスクが非常に不透明になっていたことが指摘されている。返済能力をわきまえず、金利がステップアップすることのリスクも十分に考えずにローンを組む借り手の問題と、借り手の知識不足につけ込んでローンを貸し込んで証券化し転売した貸し手の問題に加え、証券化が繰り返されることでリスクが不透明になった問題が挙げられる。さらに、過小に見積もられたリスクを前提として、過大なリターンを求めてレバレッジをかけ過ぎていたという問題もある。こうしたレバレッジの拡大が破綻の連鎖を生じ、金融システムは崩壊寸前に陥ったと評者は考える。

この事態を収拾するため、政府による大手金融機関への公的資金の注入や不良債権の買い取りなどの大手金融機関の救済、中央銀行による証券化商品の買い取りなど、かつてない規模と内容の対策が必要となった。こうした事態の再来を防ぐために、投資家への適切なリスク評価を可能とするような証券化・格付け機関のあり方、政府による金融機関の規制・監督のあり方などの金融規制改革が、ようやく米国で政策として検討されつつある。

本書は過去の豊富な事例と経済学の流れを解説しつつ、経済学にとらわれない広い視野で「不況学」を初心者にも分かりやすく記述している。今後、不況のメカニズムがどのように変わっていくのか、財政・金融政策はどうあるべきか、を考える上でも参考になる書である。

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