ページの本文へ

Hitachi

メニュー

株式会社日立総合計画研究所

書評

研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介

君臨する企業の「6つの法則」:戦略のベストプラクティスを求めて :評者:日立総合計画研究所 佐藤邦彦

2012年7月6日

新たなサービス事業のビジネスモデル構築を目指して

著者マイケル・A・クスマノ氏は、MITスローン経営大学院の教授であり、技術革新、ベンチャー・ビジネス、経営戦略、エンジニアリング・システムに関する研究者である。また、ソフトウェア業界や自動車業界において、著名企業のコンサルタントや取締役も務めた経歴を持つ。本書は、ビジネスモデルや組織マネジメントに関する、著者の30年余りの研究の集大成となっている。

本書では、企業が市場と技術の激的な変化に柔軟に適応し、永続的に勝ち残るため法則として、以下の六つを挙げている。

  1. 製品だけでなく「プラットフォーム」も重視する
  2. 製品(あるいはプラットフォーム)だけでなく「サービス」も重視する
  3. 戦略だけでなく「ケイパビリティ」も重視する
  4. プッシュだけでなく「プル」も重視する
  5. 規模だけでなく「範囲」も重視する
  6. 効率性だけでなく「柔軟性」も重視する

この六つの法則を大きく分けると、最初の二つが戦略とビジネスモデルに関する考え方、後の四つが組織マネジメントに関する考え方を示している。
近年、技術的に高度で顧客が喜んで購入する製品であっても利益が出ない事例が増えている。半導体メモリ(DRAM)や大型液晶パネルディスプレイが典型的な例である。著者は「多くの企業は優れた技術を使って顧客ニーズを満たす製品さえ開発できればよいと考えている」点に苦戦の原因があると指摘している。その解決策として第一の法則と第二の法則が提示されており、本評ではこの二つを紹介する。

第一の法則として、プラットフォームが紹介されている。本書では、「プラットフォーム」という言葉を、業界に属する企業全体で、補完的な製品・サービスを提供する際の基盤的・中核的テクノロジーと捉えた上で「産業プラットフォーム」と呼んでいる。自動車の車台などのような「製品プラットフォーム」と明確に区別している。著者は、個々の企業が最高の製品を作り、単独で競争に臨むのではなく、補完的な製品やサービスを提供する企業からの信頼を醸成して(すなわち仲間作りをして)、 産業プラットフォーム形成を主導するリーダーとなることが重要であると述べている。具体例として、CRM(*1)のSaaS(*2)事業を強みとして事業領域を拡大しているSalesforce.comを紹介する。Salesforce.comは、ソフトウェアの機能をインターネット経由でユーザ企業に提供するだけでなく、補完アプリケーションの構築を望むほかのソフトウェア企業のために、「AppExchange」(*3)と呼ぶ開発者用のプラットフォームを提供している。また、Salesforce.comは、このアイディアを発展させ、新製品開発を支援するツールも提供している。これらにより、パートナーであるソフトウェア企業は、一からソフトウェアの機能を開発することなく、短期間で顧客が望むサービスの提供が可能となっている。著者は、「AppExchange」によりSaleforce.comは一種の新たな「産業プラットフォーム」を構築したと評している。

第二の法則として、サービスが紹介されている。従来、製造企業の多くは、製品販売を支援するための補完物としてサービスを扱ってきた。特にIT分野においては、IBMのように専門的サービスを生み出すソフトウェア製品に注力することにより、売上や利益を上げる企業が増えつつあり、サービスは事業戦略上欠かせない存在となっている。モノ(ハードウェア製品)による競争では、すぐに過当競争になるため、AppleがiPodという製品にiTunesと呼ぶサービスを付加して顧客に提供したように、製造企業は、モノに価値を付加するサービスによって、競合他社との差別化を図ることが重要であると著者は述べている。
また、著者は、ネットワークを通じて提供されるグループウェア、オンライン出版などのサービスが、ソフトウェア開発者にプラットフォームを切り替えにくくさせる「直接ネットワーク効果」を生むと述べている。直接ネットワーク効果とは、同じ製品を利用するユーザが増えると、製品自体の利用価値が高まる効果のことである。具体例としてAmazon.comの事例を挙げている。Amazon.comは、「Amazon EC2」(*4)と呼ぶウェブサービスをプラットフォームに据え、オンライン小売販売事業をサポートする豊富なインフラを持っている。ユーザ企業がデータ保存やメッセージのやりとり、コンテンツ管理、料金請求などのサービスを利用できるようにすることで、多くのソフトウェア開発者を引き付けていると著者は評している。つまり、ソフトウェア開発者自身が、開発したアプリケーションをAmazom.comのプラットフォームに結び付け、その利用価値を高めており、Amazon.comが提供するこれらのサービスが、「直接ネットワーク効果」を生んでいるのである。

繰り返しにはなるが、現在、サービスを活用して製品を非コモディティ化し、新たなタイプの収益を生み出す方法を模索することが、日本の製造企業にとって課題となっている。「プラットフォーム」「サービス」の二つの視点は、グローバルにサービス事業を展開しようとする多くの企業にとって、重要な示唆を与えるものと考える。新たなサービス事業のビジネスモデルを考察する手掛かりとして、お勧めする一冊である。

*1
CRM(Customer Relationship Management):
商品やサービスを提供する企業が、顧客との間に長期的・継続的で「親密な信頼関係」(リレーションシップ)を構築し、その価値と効果を最大化することにより、顧客にとってのメリットと企業利益を向上させることを目指す総合的な経営手法。
*2
SaaS(Software as a Service):
ソフトウェアの機能のうち、ユーザが必要とするものだけをサービスとして配布し、利用できるようにしたソフトウェアの配布形態。
*3
AppExchange:
Salesforce.comのCRMサービスと同じインフラ上にパートナー企業やユーザが新たなアプリケーションを構築できるプラットフォームのことであり、同時にカスタマイズや他システムとの連携も可能。
*4
Amazon EC2(Amazon Elastic Compute Cloud):
クラウド内でサーバの拡大縮小が可能なコンピュータ処理能力を提供するウェブサービス。

バックナンバー

人材覚醒経済

2017年11月14日

「残業ゼロ」の仕事力

2015年03月12日

機械との競争

2014年01月23日

2020年のブラジル経済

2013年04月04日

TPP参加という決断

2012年03月28日

事実に基づいた経営

2011年03月30日

イノベーションを興す

2010年10月21日

不況学の現在

2010年04月16日

Ambient Intelligence

2009年03月03日

リスク

2009年01月11日

現代の金融政策

2008年08月01日

未来をつくる資本主義

2008年06月22日

Green to Gold

2008年02月14日

日本人の足を速くする

2007年09月12日

ホワイトアウト

2007年05月02日

マネー・ボール

2007年04月09日

不都合な真実

2007年03月25日

Our Iceberg Is Melting

2007年01月11日

第三の時効

2006年12月22日

会社は誰のために

2006年11月29日

新訂 孫子

2006年09月08日

君主論

2006年08月08日

サムスンの研究

2006年07月24日

CIAは何をしていた?

2006年05月29日

失敗学のすすめ

2006年05月15日

ホンネで動かす組織論

2006年05月10日

実行力不全

2006年04月25日

闇先案内人

2006年02月22日

研究者という職業

2006年01月18日

組織の盛衰

2005年11月03日