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株式会社日立総合計画研究所

書評

研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介

2020年のブラジル経済 :評者:日立総合計画研究所 岩浪靖

2013年4月4日

直近10年間にわたり先進国の低成長が続く中で、BRICsに代表される新興国も欧州債務危機の影響を少なからず受けている。しかし、BRICsが世界経済の中で存在感を増していることと、今後もこの傾向が続くことは変わりないだろう。一方で、新興国の代表格であるブラジルも多くの課題を抱えている。そこで、ブラジルの将来を読み解く参考として、本書を紹介したい。

著者はブラジル東京銀行の頭取・会長を歴任し、ブラジル経済の第一人者としてブラジル在勤は33年となる。現在もブラジル・ビジネスに関係ある数社の顧問を務める傍ら、講演や執筆活動にて活躍中である。

まず本書は、1985年以降見舞われた長期のハイパーインフレ期間、いわゆる「失われた10年」を乗り越え、資源開発や国内市場の拡大などに取り組んできたブラジル経済の過去と現在を概観する。

筆者が指摘するブラジルの強みは以下である。

  1. 中産階級の増加が購買層の増加につながり、国内消費を押し上げていること。2003年の「飢餓ゼロ計画」提唱後、政府は短期間の所得格差是正策を実施し、2008年には中間層以上の人口が1億人を突破した。
  2. 農業大国、地下資源大国であること。石油開発も進み2006年以降は石油の純輸出国となった。
  3. 高速鉄道をはじめとするインフラ整備、治安改善につながる機運があること。2014年にサッカーワールドカップ、2016年にリオデジャネイロオリンピックと、世界的イベントを控えている。
  4. 中国、インド、ロシアといったBRICs各国と比べて、政治・経済・社会が安定していること。国内および周辺地域に紛争がないという強みがある。

以上の観点から、今後も経済が伸長していく基盤が整っており、これらを踏まえて2020年のブラジルの姿を展望すれば、2020年には世界5〜6位の経済大国になる可能性があると主張する。

ただし、本書で述べられている通り、現在のブラジルがさらなる経済成長を実現するためには、大きな課題を抱えていることも事実である。これらについて、評者の意見も含めて、特に重要と考えた以下の3点に触れておきたい。

課題1:「ブラジル・コスト」の解消

ブラジルには、「ブラジル・コスト」と称される問題があり、ブラジルでの事業展開のコストを引き上げている。代表的なものとして、法律による制約、税制の複雑さと負担、物流インフラ不足が挙げられる。法律による制約では、例えば、ブラジルの労働法は労働者の権利を世界一保護するといわれ、企業は解雇や雇用に慎重を期す必要があり、労使係争件数も世界の上位レベルである。税制の複雑さと負担については、国税・州税・市税と、実質的税金である「納付金」が、複雑かつ多岐にわたり賦課され、税負担額はGDP比30%後半に上る。また、法律で定められているにもかかわらず、輸出品に掛かる税金の還付が業者になされてないことは国際競争力を低下させる一因にもなっている。物流インフラの不足は、港湾の能力不足、道路インフラの不足などを指しており、リードタイム・在庫の増加などを引き起こしている。これらの「ブラジル・コスト」はいずれも、企業にとってブラジル参入のハードルを高くしており、早期の改善が求められる。

課題2:今後の経済成長モデルの確立

ブラジルは世界有数の農産物・鉄鉱石輸出国であるほか、2006年には石油輸出国に転換した。また、国際的なイベントや資源開発分野の投資プロジェクトを多く抱えている。対外債務残高も2007年以降マイナスに転じるなど、以前の課題であった累積対外債務問題は影を潜め、現在のブラジルには数々の恵まれた条件が備わっている。そのため、経済成長には不安要素は少ないと筆者は主張している。

しかし、現実には、ブラジルは南アフリカと並び、「中進国の罠」の代表国のように例示されることが多い。一次産品である農業・鉄鉱石・石油といった豊富な資源を抱えている反面、国内資本財産業は長いレアル高や輸入自由化に対応できず、工業比率は他の途上国で増加する一方、ブラジルでは1970年の29.2%から2007年には23.7%に低下した。輸出拡大の展望が開けない中で、中国をはじめとする廉価品の輸入急増を招いている。自動車産業においては、自動車部品や完成車の輸入が拡大して、対メキシコ貿易赤字が深刻化したため、2012年3月には輸入額上限設定をするに至った。レアル高を抑制し、輸出品への減税などの支援策を実施するとともに、R&D比率を高めて国際競争力を付けることで、一次産業や軽工業から、資本集約型産業への構造転換を進めていくことが急務であると評者は考える。

課題3:教育レベルの向上

従来、ブラジルでは、低所得層の未成年者が満足に教育機会を得られない状況が続いていた。家計を支えるために学業より仕事を優先させる家庭が多く、中途退学率も高かった。学校教育を1年以上4年未満しか受けていない、いわゆる「機能的非識字率」が1960年代では40%に上っていた。しかし近年、通学奨励金制度などの政策による支援、人口と中間所得層の増加から、1990年代後半から2000年代前半までの10年で各教育課程就学者が倍増するまでに至った。2010年には教育予算のGDP比率が5%に達し、就学率は9割を超えるまでに改善されてきている。

しかし、依然として残る課題として、成人の識字率の低さ、教育の質、所得層間の教育格差などが指摘できる。ブラジル全体としての識字率の低さについてはこれまでの取り組みで改善されつつあるが、15歳以上の非識字人口は2010年でも依然として、1,000万人以上に上る。教育の質が下がりつつあることも問題といえる。教育課程就学者の急増は、教員の負担増、学校の二部制化・三部制化、授業時間の不足を招いた。また、所得層間の教育格差も拡大しつつある。公立校で教育レベルが高いのは大学のみであるため、経済負担が大きい私立校の教育を中等教育段階までに受けて大学まで進学できる中・高所得層の子供たちが、無償の公立大学の恩恵にあずかっているという傾向にある。

初等教育がほぼ全国民に行きわたりつつあるが、政府は上記課題を解消していくために、成人の非識字者への教育機会の提供拡大や、低所得層への補助・優遇制度による支援強化、大学のみならず中等教育も含めた公立学校の充実に、より積極的に取り組んでいくべきであろう。

ブラジルの成長については不確実な部分も多いが、そのダイナミックな動きに触れていると、100年前に始まったブラジル移民の歴史が切り開かれていく過程が再現されているかのようなイメージが想起される。「失われた10年」を経て希薄となった日伯関係であるが、1905年より始まった移民政策によって築き上げてきた、ブラジル人の日本人・日系人に対する「ジャポネース・ガランチード(日本人は信用できる)」の感情という財産は現在にも残っている。筆者は、日本がアジア偏重に陥ることなく今一度ブラジルを見直すべき、政府としても人と人のつながりが強まる形での支援を進めるべきと本書をまとめている。

今後のブラジルを考える上で、お勧めしたい一冊である。

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