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株式会社日立総合計画研究所

書評

研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介

ワイドレンズ:イノベーションを成功に導くエコシステム戦略 :評者:日立総合計画研究所 片岡美理

2013年6月12日

顧客ニーズを十分に洞察し、顧客が納得のいくアイディを考えること。そして、それを形にするためのリーダーシップと実行力を発揮すること。これらは、イノベーションを実現するために不可欠な要件ではあるが、それでも成功に結びつかない場合がある。
本書は、日本版の副題にあるように、イノベーションを成功に導く視点としての「エコシステム戦略」を体系化し、事例を交えながら紹介する指南書である。

生物学のエコシステム(生態系)の概念をビジネス領域に応用する捉え方は、

  1. エコシステムを構成する複数企業の、より複合的で階層的な関係をイメージさせる点
  2. エコシステムが協調と競争を繰り返しながら、形成されていくプロセスを発想させる点
  3. それらがより良いビジネス環境を求め、離合集散し、進化していく様を描きやすくする点

などで、有効である。

このような「エコシステム戦略」の視点を踏まえながら読むと、本書が指摘する「イノベーションの死角」に陥らないための方策が、納得しやすくなるのではないだろうか。例えば、自社のイノベーションによって、パートナーが従来のやり方を変更しなければならなくなる場合、パートナーの振る舞いが成功を大きく左右する。筆者は、そこに2つのリスクが潜むことを指摘する。

  • コーイノベーション・リスク:自社のイノベーションに対するパートナー企業の適応能力に左右されるリスク
  • アダプションチェーン・リスク:パートナーの相対的便益がマイナスになれば協力関係が崩壊するリスク

本書は、これら2つのリスクを回避することが、イノベーションを成功に導くために重要であるとし、次のような進め方を紹介している。
まず、「価値設計図」と呼ばれるエコシステム全体の相関図を作成し、パートナーと互いにポジションや役割を共有する。次に、価値設計図内のそれぞれの要素について、これら2つのリスク評価を行い、ボトルネックを把握する。そして、顕在化したリスクが、コーイノベーション・リスクであれば環境が整うタイミングを待つか、あるいは、設備投資への援助を行うなどの対策をとる。一方、アダプションチェーン・リスクであれば、エコシステム内の収益構造を再編し、たとえ自社の取り分は減ろうとも、全ての関係者がプラスになるように見直す、などである。
企業が新しい事業を立ち上げる際、自社の事業領域や直接の利害関係者には十分に配慮するが、その先のパートナーまで含めた検討がおろそかになりがちなのではないだろうか。本書ではそこにリスクが潜んでいる点を指摘しており、新事業を推進する際の留意点として注目に値する。
本書はさらに、上記2つのリスクへの対策を検討する上で有用な、複数のツールを紹介している。

  • リーダーシッププリズム:エコシステム内のプレーヤーの相対的便益の大きさを比較するツール。これにより、どのプレーヤーがリーダーシップを取るかを判断する。
  • 先行者マトリクス:製品の性質・市場の状況から、先行者の優位性を評価するチャート。この評価結果に従って、参入のタイミングを決定する。
  • 5つのレバー:エコシステム内のプレーヤー同士の関係と役割分担について再定義するツール。「結合」「分離」「削除」「追加」「再配置」の5つの行動を取ることによって、自社に有利なエコシステムを再構築する。
  • MVE(Minimum Viable Ecosystem):プロジェクトを実行する際に、最小単位のシンプルな構造のエコシステムからスタートする考え方。段階的に拡張することで課題を発見し、対処しながらエコシステムを成長させる。

このように本書は、エコシステムの視点を持ってイノベーションに取り組む重要性と、エコシステム内に潜むリスクへの対処のプロセスを分かりやすく紹介している。

本書のタイトルであるワイドレンズとは、「自社の事業領域や直接の利害関係者に限らず、その先のパートナー企業までを含めた、自社を取り巻くエコシステム全体を見渡す広い視野」を意味している。もはやイノベーションの成功を決める鍵は、スピード・サービス・製品の質ばかりとは限らない。効率的な協働関係の構築こそが鍵である。本文中では外部の企業との連携が主に紹介されているが、社内の部署間での連携にも十分応用可能な内容となっており、多くの示唆に富む一冊である。

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