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株式会社日立総合計画研究所

書評

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若者を見殺しにする日本経済 :評者:日立総合計画研究所 長井徹

2014年3月14日

著者の原田泰・早稲田大学教授は、1990年代以降日本経済が長期停滞した結果、若者の間の格差が拡大していることを憂慮し、若者が幸福に生きられる社会の実現には何が必要か、その方策を提言している。

.はじめに、安定的な金融政策によって過度な円高やデフレを防ぎ、経済成長を続けることが重要だという。昨今の若年失業者の増加は経済情勢を反映したものであり、若者の性格や教育システムが変わったせいではない。1990年代以降のデフレと日本経済の長期停滞、2008年リーマン・ショック以降の急激な円高が若者の就職状況の悪化につながったとし、その原因は金融緩和すべきタイミングで金融引き締めを行ってしまった過去の金融政策の失敗にあると批判している。その上で、雇用機会を拡大する経済成長は若者にとってこそ重要であり、そのためには安定的な金融政策が必要だと述べている。また、過度な円高やデフレを招く金融政策の失敗を防ぐには、現在の日銀の独立性を弱めることや、ようやく2013年1月に導入されたインフレ目標政策が望ましいと主張する。

遅れたグローバル化も推進していく必要があるという。本来、グローバル化は国内の人材、組織、システムに刺激を与え日本全体を活性化するものである。しかし、1990年代以降の金融緩和が不十分で過度な円高を招いた結果、中国や韓国の追撃を許すなど世界における日本の経済的地位は低下している。対外直接投資を必要以上に拡大させ、日本国内で生まれたはずの雇用を海外に流出させ、若者が活躍する機会を奪った、と批判している。大胆な金融緩和により為替を円安に誘導して、対外投資より対内投資、雇用流出の抑制、海外生産より輸出を推進することに政策転換するべきだと述べる。

著者が最も憂いているのは若者の間の格差である。円高とデフレによって収益を圧迫された企業は需要や利潤の変動が大きくなった結果、正社員ではなく解雇が容易な非正規社員を雇用するようになった。若年の間の所得格差が拡大したのは正社員になれた若者となれなかった若者との所得格差を反映したものであり、正社員になれなかった若者は、その後も正社員になるのが難しいため、格差は長期的に固定化される傾向がある。格差縮小には経済成長を続けることが大切だと提言する。

著者は既得権益を打破する制度改革も重要だという。一つには社会保障制度の改革、具体的には今すぐに社会保障支出を引き下げることだと述べる。2010年時点で65歳以上人口当たりの社会保障給付費は253万円であるのに対し65歳未満は29万円にすぎず、社会保障給付費の大半が高齢者に支払われている現行制度の改革の必要性を訴えている。高齢化がピークを迎える2060年(この時65歳以上人口と15〜64歳人口の比は4:5)に現在の社会保障水準を維持するためには消費税率70%以上が必要となるが、現在の社会保障支出を3割削減すれば消費税率は20%程度で済むと著者は試算する。持続可能な社会保障制度を構築するためには現在の高齢者に温かく、未来の高齢者(現在の若者)に冷たい社会保障制度は改革する必要があり、政府が取り組むべきなのは消費税増税より社会保障給付費の削減だと主張する。

政府が特定産業に肩入れした成長戦略も既得権益の保護に他ならず改革が必要だという。本来であれば市場から退出すべき衰退産業を保護する一方で、自由な発想を持つ若者が活躍する機会を奪っていると批判する。例えば農業は、保護されてきた農業(コメ、小麦など)より保護されてこなかった農業(野菜、花卉類など)の方が生産性は高い。製造業を保護するのであれば、成長戦略よりも円高を防ぐことの方が効果的である。科学技術への予算配分も公共事業同様硬直的で、科学者の雇用を守るために研究費を積んでいるだけだ、と批判する。その上で、若者の自由な試みを生かせる社会、自由闊達でやり直しのできる社会を構築するべきだと主張する。

若者の質を高めるはずの教育制度についても、特定の人間に権力を集中させるべきではないと警鐘を鳴らす。教育の本質は社会が何を求めているかに高くアンテナを張り、真実を探求する力を若者に会得させることにあるという。

著者は失業やデフレを積極的な金融緩和によって脱却しようとする「リフレ派」と見受けられ、現在安倍政権が推進する経済政策「アベノミクス」の第一の矢「大胆な金融緩和」の考え方にほぼ等しい。しかし、第二の矢「機動的な財政政策」と第三の矢「民間投資を喚起する成長戦略」には、自由主義的立場から批判的なようだ。本書が扱うテーマは、金融政策の有効性から成長戦略、社会保障制度改革、教育と幅広いが、グラフやデータを用いた平易な内容で、統計に関する解説も詳しいため初心者にも読みやすい。

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