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株式会社日立総合計画研究所

書評

研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介

「残業ゼロ」の仕事力 :評者:日立総合計画研究所 山崎由香

2015年3月12日

本書は、1992年から2006年まで、トリンプインターナショナルの社長を務めた吉越浩一郎氏が、自らが実施した会社改革の内容を基に、ワーク・ライフ・バランスのあり方(本書では、「本生(ほんなま)の人生」を過ごす、と書かれている)を述べたものである。著者は、毎朝8時半に開かれる「早朝会議」をはじめ「ノー残業デー」「がんばるタイム」などスピードと効率重視のユニークな制度を次々に取り入れ、19年連続の増収増益を達成した。本書は、14万部超のベストセラーを記録し、初版から8年経った今でも関連した本が出版されるなど、長期にわたり人々の関心を集めており、その内容も、残業削減のハウツーを超えて、仕事のあり方を言及したものになっている。本書評では、本書で著者が強く主張している「残業ゼロとデッドライン」について、2015年現在、課題となっている、「制約社員(勤務場所、時間、仕事内容について何らかの制約をもつ社員)」と「リーダー育成」の問題とも関連付けて、検討していく。


著者は、まず、「残業が社内の問題解決を遅らせる」と主張している。仕事をしていれば、大小さまざまな問題が発生する。もし、問題が無い会社があるとすれば、それは問題が無いのではなく、水面下に潜んでいるか、見て見ぬふりをしている可能性が高い。問題が起こったときに、取り急ぎ残業をして乗り切ってしまったら、その問題の本質は見えなくなり、問題解決を遅らせることになる。問題を顕在化し改善する絶好の機会が、残業によって奪われてしまう。この考え方は、トヨタ自動車の「トヨタ生産方式」と似ていると、著者は述べる。品質の悪い部品が流れてきたらすぐに組立ラインを止めて原因を徹底的に追究する。当然、ラインを止めるので、コストはかかる。しかし、組立ライン全体の精度はどんどん高まり、同時に効率化が進むので、最終的には経済的になる。一方、ラインを止めずに、残業により不良品の対応を済ませたとしたら、生産ラインに潜む問題はいつまでたっても解決されないのである。
これは、私たちの身体に対しても言えることだ、と考える。体調が悪いのに、我慢や無理で乗り切って、隠れている大きな病巣に気付かなかった例はよくある話である。企業も、人間の身体と同様に、我慢や無理をして問題の本質に気が付かないと、いつか大きな病気になってしまうのではないだろうか。
続いて、デッドラインが仕事のスピードと密度を上げるために重要であると述べている。「残業ゼロの社長さん」が著者の代名詞になっているようだが、本書を読むと実際には「デッドラインを守らせる」ことへのこだわりの方が強いように感じられる。仕事には、必ずデッドラインを付け徹底して守らせる。そして、そのデッドラインは会議で決定する。この営みによって、個人の仕事のスピードと密度が飛躍的に向上する。さらに、仕事を小分けにして個人に割り振り、デッドラインを設けることで、プロジェクトの中で、どこが(誰が)ボトルネックになっているかが明確になる。つまり、残業ゼロにならない原因の追究を通じて、会社の問題を明確にしているのである。また、著者は、この「会議でデッドラインを決める」という活動が、リーダーを育成する上で重要であると考えているようである。これについては、後の部分でも説明する。


次に、日本が抱える課題と本書の関係について説明する。まず、「制約社員と残業ゼロ」の関係について述べる。残業をなくそうといくら一人で頑張ってみても、残業を前提に仕事を進める環境では「協調性を乱す人」というレッテルを貼られてしまう恐れがある。社長でも、役員でもない社員が今、できることは何なのか。本書では、ある女性社員の例を紹介している。女性社員は、幼い子どもを保育園に迎えに行くために定時で帰宅しなければならなかった。しかし、その部署は忙しく、残業を断ると露骨に嫌な顔をされた。彼女は、ある朝「ノー残業デー」と書かれた旗を自分のデスクに掲げた。旗には、「旗が立っている日は、どうしても残業できません。その代わり、就業時間中はいつも以上に仕事をしますから、用事があるときは早めに声をかけてください。」というメッセージが込められていた。大切なのは、残業を完全にゼロにすることではなく、コミュニケーションをしっかりとり、社員同士が互いに認め合うことだ、と考えられる。
上述した女性社員の話は、現在では、普通に見られる光景である。本書が発行された2007年に、政府が「仕事と調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」および「仕事と生活の調和推進のための行動指針」を策定したことが大きく状況を変えた*1。政府はその際に作成した「行動指針」において、2020年までに「週労働時間60 時間以上の雇用者の割合を2007年の10.8%から5割減らすこと」、「第一子出産前後の女性の就業継続率を2007年の38%から55%に引き上げること」などの数値目標を設定した。著者は、同時期に出版した本書でも、「国は、保育園の数を増やすなど、子どもを持つ女性が働きやすくなるよう環境を整えるとともに、法律を改正して企業が残業をしにくくする。そして男性も女性も、とにかく早く仕事を終えて、家に帰られるようにするのが一番。」と述べている。
2015年現在、課題は、「働く女性と育児の問題」だけではなくなってきている。少子高齢化が進む日本では、「働く男性と親の介護」など、「制約社員」が増加すると考えられるからである。世論は、制約社員を救済する方法や、制度を模索している。しかし、社員全員が17時に帰宅するならば、17時以降働くことのできない、上述の制約社員はもはや制約社員ではなくなる。すなわち、「残業ゼロ」にすることは、「制約社員を救済する」という発想ではなく、制約社員自体を減らす方法になるのである。
次に、「デッドライン仕事術とリーダー育成」の関係について説明する。これは、著者が最近出版した「クラウド版デッドライン仕事術」の中で述べている*2。デッドライン仕事術では、リーダーが部下のデッドラインを決めて仕事を回していく。会議で提出された結果が不十分であれば、リーダーが部下に、どこが不十分であるかを気付かせ、解決策も考えさせなくてはいけない。「俺がやったほうが何倍も早い」とストレスをためながらじっと待たなくてはならない。しかし、部下が「立派な指揮官」になれるか、ただの「作業部長」になるかは、リーダーが諦めずに仕事を追い続けるかどうかで決まる。現在の日本企業の一番の課題は、リーダーが不在であるということである。仕事のデッドラインを設定して、それを追いかけていく。「デッドライン仕事術」により鍛えられた社員は、問題が起こっても諦めずに仕事を追い続けるマネージャーへと成長する。そして、個人が、自分の仕事についてきちんと考えるようにする。それを徹底してやっていくことでリーダーが育成され、日本の企業は変わっていくと著者は述べている。


著者は、仕事を退職した後を、余生ではなく本番の人生「本生(ほんなま)」として充実させるために、働いている間から準備をしなくてはいけないと述べる。その準備をいつやるのかといったら、仕事以外の時間を使って実施するほかなく、毎日遅くまで残業していたら、そのような時間をとることが出来なくなってしまう。よって、残業ゼロは「本生」の人生を過ごすための準備の第一段階であると考えられる。仕事の効率を向上させたい一般社員と、立派なリーダーを育てたいマネージャー、そして、退職後を充実させたい方にお薦めしたい書籍である。

参考文献

*1
内閣府 男女共同参画局 仕事と生活の調和推進室「ワーク・ライフ・バランスに関する個人・企業調査」(2014年5月)
*2
吉越浩一郎、立花岳志 「クラウド版デッドライン仕事術」東洋経済新報社 (2014年12月)

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