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株式会社日立総合計画研究所

書評

研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介

超予測力:不確実な時代の先を読む10カ条 :評者:日立総合計画研究所   森 健

2017年4月24日

 2016年は事前の予測に反する出来事が重なる激動の年であった。米国ではトランプ政権が誕生し、英国ではEU離脱の可否を問う国民投票で離脱派が過半数を占めた。マスコミやシンクタンクが世論調査などのデータを基に結果の予測を行い、予測の多くが結果とは異なった。

 歴史を見ると専門家の予測を裏切るような結果は他にも多々起こっている。そもそも予測が完璧なものではないという前提に立ち、予測のメカニズム自体について研究する必要があるのではないか。こうした関心に基づいて執筆されたのが本書である。

 本書が従来の予測に関する書物と異なるのは、予測は完璧なものではないとしつつ、それでも予測の意義を強調していることである。従来、予測に関する書籍といえば『専門家の予測はサルにも劣る』『ウォール街のランダムウォーカー』『ブラックスワン』のように専門家の予測が複雑な現実を説明できないこと、むしろ予測の外に想定外の巨大リスクが隠れていることなどネガティブな側面を証明する著作が主流であった。しかし本書は冒頭で著者自らを「楽観的な懐疑主義者」と呼ぶように、予測力を肯定的にとらえ、実際に予測力に優れた人物の例を紹介しつつ、予測力のメカニズムを解き明かすことを主眼としている。

 著者のPhillip E. Tetlock氏はペンシルバニア大学教授として経営学・心理学を担当し、同大学経営大学院ウォートンスクールでも教えている。過去30年にわたり予測について研究し、専門家の予測精度がチンパンジーにランダムでダーツを投げさせ、的に命中する確率と同じ程度であること、それにもかかわらず予測の明確さ・正確さを事後検証して今後の予測の精度向上に生かす科学的な仕組み作りができていないことなどを問題提起してきた。共著者のDan Gardner氏は元コラムニストで心理学・意思決定論に造詣が深く、作家としては『専門家の予測はサルにも劣る』を執筆している。この2人による本書は、自らの専門知識や特定の理論を過信し疑わないコラムニスト、投資家、学者等の予測精度がとりわけ悪いことを証明しベストセラーになった。

 本書では予測力を科学的に研究するために二つのことを行っている。一つは予測力の数値化である。数値化は「正確性」と「明確性」の二つの指標を組み合わせて行う。「正確性」は「Xが起こるか起こらないか」を予測するといった、Xの発生有無だけを言い当てる能力を測る指標である。「明確性」はXの発生確率をどれだけ高い百分率をもって予測したかを見る指標である。そして予測結果に対して、正確性と明確性の評価をかけあわせることで個人の予測力の数値化を行う。例えば「Xが起こる確率は60%」と予測したとする。実際にXが起こった場合、予測が当たったので正確性は1(外れた場合は0)になる。そしてそこから明確性(60%=0.6)を差し引き、2乗したものを2倍にして数値を求める。この場合、予測力のスコアは(1−0.6)2×2=0.32になる。一方で実際にXが起こらなかった場合では、予測力のスコアは(0−0.6)2×2=0.72となる。スコアは低いほうが優れており、最善のスコアは0、最悪のスコアは2である。ちなみに「Xが起こる確率は50%」と予測した場合はXが実際に起こった場合も(1−0.5)2×2=0.5、実際に起こらなかった場合も(0−0.5)2×2=0.5となり同じスコアになる。

 著者が予測力の科学的研究のためにもう一つ行ったことは、予測力の高い人の特徴の明確化である。著者はIARPA(Intelligence Advanced Research Projects Activity:米国防総省情報先端研究プロジェクト)主催の4年間にわたる予測トーナメントの中で参加者の予測力を前述の方法で数値化し追跡調査した結果、参加者の約2%が超予測力(トーナメント期間を通して平均的な予測精度を上回り続ける能力)の持ち主であることを発見し、これら超予測力の持ち主はどのような人物なのかを示している。

 まず超予測力を持つ人たちは特定分野の専門家のように知識量で圧倒的に勝っているわけではなく、またIQや数学的能力が人一倍高く一般的な意味で頭脳明晰(めいせき)でもないとしている。そのうえで「典型的な超予測者像」の特徴を整理すると、端的に述べれば、超予測力の持ち主はモノの考え方を見直し、自らの仮説を改善し続けようという意識が人一倍強い人物であるとしている。コンピューター業界ではあるプログラムで完成版としてではなく、実際に使いながら分析や改善を続けていくものを「永遠のベータ(版)」と呼ぶが、著者は超予測力の持ち主が自分の仮説を「永遠のベータ(版)」として改善し続ける人物であり、特徴的な思考ルールとして「しなやかマインドセット(Growth Mindset)」と「やりぬく力(Grit)」を持っていると述べる。「しなやかマインドセット」とは「事実が変われば、私は意見を変える」という柔軟性である。そしてそれが仮説を構築し、新しい情報の収集と仮説修正の作業をくり返し粘り強く継続する「やりぬく力」と結びついていることが超予測力の秘訣(ひけつ)である。例えば優秀な予測者は仮説更新の頻度が一般人よりもはるかに高いことが、今回の研究で明らかになった。ある超予測者は3カ月で34回予測を変更し、しかも1回1回の変更は確率3~4%程度の細かい変更であった。一般人にはささいに思える微修正をいとわず実行する態度が特徴的である。

 予測力の数値化と追跡調査という著者の取り組みは分かりやすく、読者ひとりひとりが自分の予測力を高めるトレーニングとして比較的容易に実行できると評者は考える。例えば「A国はX年までに債務不履行をするか」など社会的にインパクトが大きい事柄に関する問題を作り、自分で確率をつけて予測し、他人の意見やニュースなど新情報を得るたびに確率を微修正していくことは、誰でもできるだろう。そして明確に区切った期間内で予測の確率をつけ続けていけば、予測結果を振り返り自分がどの時期にどのような予測を立てたのかや、どこがよかったのか(悪かったのか)を確認することができる。自分が考えを修正したきっかけは新聞記事であったかもしれないし、雑誌特集であったかもしれないし、趣味を共有する友達との会話であったかもしれない。それらのソースを確率修正時に一緒にメモすることで、自分の予測が何に影響されているのかを自覚できる。この取り組みを何度も継続して行うことで、自分の予測が的中したケース、的中しなかったケース、そもそも曖昧な確率でしか予測できなかったケースを分類することができる。特に自分の予測が的中しなかったケースをじっくりと分析し、情報源が偏っていたのか、多様な情報を扱いきれなかったのか、あるいは設問時には考えていなかった別の重要事項が突然あらわれたのかなどを洗い出すことで、次の予測に生かすことができる。予測をして終わりではなく、予測の結果を後から検証し今後の精度向上に生かすことを自分の習慣にするのである。

 さまざまな予測が日常にあふれている現在だからこそ、ひとつひとつの予測をうのみにせず、吟味する必要がある。本書は予測トーナメントから超予測者の秘訣を解明したうえで、専門家の予測結果の蓄積を後から検証して評価を突きつける研究プロジェクトが今以上に必要と説いている。予測は科学的なフィードバックに基づいて改善し続けるものである。本書は自分の予測力を試してみたい人、高めたいと思う人にぜひ一読をお勧めしたい。

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