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株式会社日立総合計画研究所

社長コラム

社長 嶋田惠一のコラム

[バックナンバー]白井社長コラム 第3回:1986年12月、中国

1986年12月、凍てつく北京空港に機体が着陸した時、外の景色はあたかも時代を数十年さかのぼったかのような荒涼とした世界に見えました。日立に入社して9年目、私にとってこれが初めての海外出張でした。ある日本の工業会が中国に派遣したミッションに参加するため、約2週間中国に滞在しました。北京を出発点に東北部の瀋陽、上海を経て南部の広州、深センまで回り、最後は香港経由で日本に戻るというかなりの強行日程でした。

ミッションの目的は、機械工業の分野で中国から調達できるものを探すという、今では信じられないようなものでしたが、それが当時の日中間の貿易の現状でした。ちなみに、1986年の日本からの対中輸出は、1兆6,665億円、中国からの輸入は9,658億円で、日本が約7,007億円という巨額の対中貿易黒字を抱えていたのです。前年1985年10月のプラザ合意以降、急速に円高が進みつつありましたが、日本企業の中国現地生産が拡大し、中国からの輸入が拡大するのは、まだかなり後のことになります。

北京に数日滞在し、中央政府の機械工業関連、貿易関連の機関を訪問した後、北京から夜行寝台列車で東北部の瀋陽へ移動しました。夕暮れ時の北京駅はまさに「人民の海」のようで、駅の構内には溢れんばかりの人々がいて、もしここでミッションのメンバーたちとはぐれてしまったら永遠に取り残されてしまうのではないか、という不安が頭をかすめるほどでした。
列車が夕暮れ時の北京駅を後にすると、程なく旅の疲れもあって寝台車の二段ベッドで眠りに落ちました。明け方車窓にやっと朝の淡い光が差し込むころに目覚めると、見渡す限りの平原が目の前に開けていました。女性の車掌が朝食を配りに回ってきて、小さなパンとアルミカップ、ビニール袋に入った白い粉、そしてお湯の入った大きなやかんを置いていきました。この白い粉はいったいなんだろう、と周りの中国人の旅客の様子をうかがっていると、白い粉をアルミカップにあけてお湯を注いでいます。ある年齢以上の方は記憶にあると思いますが、この白い粉は1970年代前半までは日本の学校給食でも供されていた脱脂粉乳で、お湯で溶かして飲むものでした。これを小学校以来10数年ぶりに飲むというタイムスリップのような経験をしたわけですが、かつての学校給食の時代同様、お世辞にも美味しいとは言えないものでした。
耳がちぎれ落ちそうな厳しい寒さの瀋陽、戦前の古い面影を残しながら国際都市の風格を漂わせる上海、蛇のスープや熊の手の料理を訪問先で供された広州、まだ出来上がって間もない人工都市のような深センを巡る旅は、すべてが新鮮な驚きで、あたかも異次元旅行のようでした。

さて肝心のミッションの方は、本来の目的に対して、残念ながら十分な成果を達成することはできませんでした。中国から購入できるものとしてミッションの報告書に記載されたのは、エレベータ用のカウンターウエイト(鉄の塊で、とりあえず重量だけあれば使える)、一部の電線・電纜(でんらん)などごく限られたものでした。
ミッションの報告書の最後では、中国機械工業の課題として、製造面においては、コスト意識の不足、管理体制の未整備などを挙げています。また、販売面においては輸出マインドの不足、価格決定メカニズムが不明確であることを指摘しています。端的に言えば、当時の中国では市場経済が十分根付いておらず、工場においては、生産管理、工程管理、品質管理いずれも未整備な状態だったということです。

あれからわずか四半世紀で、中国は「世界の工場」と呼ばれるまでに発展を遂げました。この間1989年には天安門事件が起こり、その後対中投資は一時停滞しましたが、1992年の?小平の南巡講話により、再び投資は拡大に向かいました。2001年に世界貿易機関(WTO)に加盟した後は、義務付けられた国内のさまざまな制度改革についても2006年までにほぼ達成し、市場経済化は格段に進展しました。ちなみに時を経て2012年の日本の対中輸出は11兆5,091億円、中国からの輸入は15兆388億円で、日本が3兆5,296億円の対中貿易赤字を抱える状況にあります。
中国においては、現在低賃金を武器とした労働集約的産業による輸出依存の経済から、より付加価値の高い産業構造への転換に向けて、新たな挑戦が始まっています。決して容易な道ではありませんが、これまでの四半世紀の道のりの困難さに比べれば越えられない壁ではないと思います。

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