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株式会社日立総合計画研究所

社長コラム

社長 嶋田惠一のコラム

[バックナンバー]白井社長コラム 第8回:最終回をめぐる物語

どんなに人気の高いドラマにも、長く続編が作られ続けた映画にも最終回があります。作者の思いが詰まった最終回もあれば、はからずも結果として最終回になってしまったものもあります。

1968年から「週刊少年マガジン」で連載が始まった「あしたのジョー」は、5年4カ月におよぶ長い連載の末1973年5月13日号で最終回を迎えます。この間、「週刊少年マガジン」の部数を150万部まで押し上げただけでなく、70年安保闘争の際、東大の安田講堂に立てこもった学生たちが読みふけっていたとか、よど号ハイジャック事件の犯人グループが「われわれはあしたのジョーである」と声明を残して海外に逃亡したとか、数々の社会現象も引き起こしました。その最終回、主人公の矢吹丈は長年の激闘の末、既にボロボロになった体で完全無欠の世界チャンピオン、ホセ・メンドーサに挑みます。試合途中で右目の視力を失いながらも「まだ・・・、真っ白になっていないんだ」、と何度倒されても立ち上がるのですが、最後は判定で敗れ「燃えたよ・・・真っ白に・・・燃え尽きた・・・真っ白な灰に・・・」、という言葉を残して、四角いリングのコーナーでほほ笑んで座ったままのジョー。これが今でも語り継がれる伝統のラストシーンです。読者は矢吹丈の生死の判断もつかないまま物語は終わります。唯一わかることは、ジョーは自らの意思で燃え尽きるまで戦い続けたことでした。
ちなみに「あしたのジョー」は原作、高森朝雄(「巨人の星」「タイガーマスク」などでも著名な原作者、小説家 梶原一騎の別の筆名)、作画ちばてつやのコンビによる作品ですが、最終回に関しては梶原の当初の原作に対して、ちばが納得がいかず、あえて梶原にラストを変えることを了承してもらい、考えに考えた末描いたと伝えられています。
渥美清主演、山田洋次原作の「男はつらいよ」は、1969年8月に映画第1作が公開され、その後1995年12月公開の第48作まで続きました。ギネスブックにも認定された世界最長のシリーズ映画です。最終作となった第48作「男はつらいよ 寅次郎紅の花」のラストシーン、阪神・淡路大震災の後の神戸市長田区を訪れた寅さんは被災地の変わり果てた姿にぼうぜんとするのですが、そこで復興に取り組む旧知の人々に出会います。最後のせりふは「本当に皆さん御苦労様でした」。本作が最終作となったことを考えれば、最後のせりふは、震災からの復興に取り組む人々だけでなく、渥美清自身やスタッフに向けたせりふのようにも感じられます。実際に、渥美清はこの時既に肝臓がんが肺に転移しており、主治医によれば出演できたのは「奇跡に近い」状況でしたので、渥美自身は最終作となることを悟っていたのかもしれません。本作で、マドンナ リリー役としてシリーズ最多4回目の出演となった浅丘ルリ子は、監督山田洋次に「最後の作品になるかもしれないので、寅さんとリリーを結婚させて欲しい」と頼んだと言います。山田自身も、当時49作目が出来るかどうかは、かなりきわどいところと考えていたようです。
1996年8月4日に渥美がこの世を去ったため、結果として本作が最終作となりましたが、この後も2作、50作目まで構想されていました。最終回となるはずだった50作目で寅さんは「テキ屋」を引退、幼稚園の校務員として定職を得た後、最後は園児と遊んでいる最中に眠るように穏やかに息を引き取るはずだったようです。現実の役者の運命がそれを許さず、結果として寅さんは旅を続けたまま「最終回」を迎え、車寅次郎の旅の終わりは、ファンひとりひとりの想像に委ねられることとなりました。

人は本来自らの人生においては主役であり監督であるはずですが、だからといって自らの人生を自由に描けるわけではありません。とりわけ人生の「最終回」は思うにまかせません。アップルの創業者スティーブ・ジョブズが膵臓(すいぞう)がんで亡くなったのは2011年ですが、最初にがんが見つかったのは2003年の5月でした。当初、余命は3カ月から長くても半年と告げられたと言います。幸いにも一命をとりとめたジョブズは、有名な2005年のスタンフォード大学卒業式でのスピーチで、自らが死に向き合った経験を踏まえて語ります。「あなた方の時間は限られています。だから、本意でない人生を生きて時間を無駄にしないでください。ドグマにとらわれてはいけません。それは他人の考えに従って生きることと同じです。他人の考えにとらわれて、あなたの内なる声がかき消されないように、そして何より大事なのは、自分の心と直感に従う勇気を持つことです」

映画やマンガに限らずビジネスにおいても、あるいは自らの人生においても最も難しいのは「最終回」かもしれません。それでも自らの意思をもって決着をつけることをめざすべきで、何よりそれがかなう人は幸せなのでしょう。ジョブズのスピーチは有名な次の言葉で締めくくられています。「ハングリーであれ、愚か者であれ」(“Stay Hungry , Stay Foolish.”)。彼の愛した“The Whole Earth Catalog”の背表紙に書かれている言葉です。

(参考文献)
「別冊宝島235 いきなり最終回」(宝島社)、1995年
吉村英夫「完全版『男はつらいよ』の世界」(集英社)、2005年
Walter Isaacson(2011), STEVE JOBS:THE BIOGRAPHY(「スティーブ・ジョブズ?」井口耕二訳、講談社)
Whole Earth Epilog:Access to Tools

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