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株式会社日立総合計画研究所

社長コラム

取締役社長 白井均のコラム

第13回:サイモンとガーファンクルの「アメリカ」

 サイモンとガーファンクルは数々の名曲を生んだアメリカのフォーク・ロック・デュオです。とりわけ1970年に発表された「明日に架ける橋」(原題:Bridge over Troubled Water)は、この年のビルボード年間チャート1位を獲得し、日本も含め世界的に大ヒットしました。現在も多くの歌手にカバーされるスタンダードナンバーとなっています。
 サイモンとガーファンクルは、他にも映画「卒業」で使われた「サウンド・オブ・サイレンス」(The Sound of Silence)、「ミセス・ロビンソン」(Mrs. Robinson)など数多くの名曲を残しています。その中で、1968年にリリースされたアルバム「ブックエンド」の中に収められている「アメリカ」(America)は、その後シングルでも発売され、ビルボード誌で最高53位のスマッシュヒットとなりました。歌詞は、若い恋人同士が長距離バスに乗って旅を続ける風景を短編小説のようにつづっています。女性の名はキャシー(Kathy)、ポール・サイモンのかつての恋人の名前です。二人は、ゲームに興じたり、雑誌を読んだり、たわいのない冗談を言い合ったりしながらバスの旅を続けます。気付いたら横で眠ってしまっている恋人に、男は「キャシー、僕はなくしてしまったんだよ」、「僕は空っぽで苦しいのに、それがどうしてなのか分からないんだ」と語りかけます。一貫してけだるさと憂鬱(ゆううつ)を漂わせるメロディーのサビの部分では、「僕はアメリカを探しに出てきたんだ」(I’ve gone to look for America))、さらにエンディングでは「みんな、アメリカを探しにやってきたんだ」(All gone to look for America)。
 この曲が作られた1968年、多くのアメリカの人々は、自らの国「アメリカ」とは何なのかを見失い、その答えを探し求めていました。共産主義のアジア各国への拡散を防ぐという大義のもと、圧倒的な軍事力を持って介入を深めたベトナム戦争においては、1月にテト攻勢(テトはベトナムの旧正月の祝日)と呼ばれる北側の一斉ゲリラ攻撃が起こり、南ベトナムのサイゴンにあった米国大使館も一時占拠されます。テト攻勢の現実、北ベトナム全土で行われた空爆の悲惨な実態も一般家庭のテレビで放映されるようになり、国民は終結間近のはずの戦争が、実は泥沼化していることを知ります。
 長年公民権運動を主導し、「米国における人種偏見を終わらせるための非暴力抵抗運動」への貢献によってノーベル平和賞を授与されたマーティン・ルーサ・キング牧師が、遊説中のテネシー州メンフィスで白人男性の凶弾に倒れたのもこの年の4月のことでした。
 1968年は今年と同様、大統領選挙の年でもありました。現職のジョンソン大統領が不出馬を表明した民主党の有力候補は、暗殺されたケネディ元大統領の弟、ロバート・ケネディでした。貧困の撲滅、人種差別撤廃を掲げ、キング牧師が暗殺された4月4日には警察の反対を押し切って「私の家族も白人によって殺された。今この国に必要なのは分裂ではない。今この国に必要なのは憎しみではない」、とインディアナポリスの黒人街で訴えます。しかし、カリフォルニアの予備選に勝利し、民主党の指名確実となった直後の6月、彼もまたロサンゼルスのホテルで銃撃を受け倒れます。
 結局、この年米国民が最終的に選んだのは、公民権運動や反戦運動が暴徒化、過激化しているとし、法と秩序の回復を訴えた共和党のリチャード・ニクソンでした。ただし、民主党のハンフリー候補に対してわずか1.2%という僅差での勝利でした。
 半世紀近くの時が流れた今年の大統領選挙においても、再び多くの人々が「アメリカ」を探し求めているかのように見えます。ただ、その風景は大きく様変わりしています。1968年以来約5,900万人の移民が米国に到着し、その子どもや孫を含めると7,200万人の移民が米国の人口に加わりました。白人の比率は84%から62%へ大きく低下し、逆にヒスパニックの比率が4%から18%へ上昇、11%から12%とほぼ横ばいにとどまっている黒人の比率を超えました。
 1968年のアメリカでは、誰も想像しなかったであろう黒人大統領が誕生してやがて8年がたとうとしています。“CHANGE”を掲げて就任したバラク・オバマは、「アメリカ」をどのように変えたのか。そして国民は、その後継者をどのように選ぶのか。半世紀後の大統領選の論戦は、国民の生活、安全、豊かさ、格差是正などに向かっています。民主主義、自由貿易、差別撤廃といった米国が世界に提起し、各国にその実現を求めてきた理念や大義は片隅に追いやられたかのようです。2016年の「アメリカ」を探す旅は最終的にどこにたどり着くのか、それは今後の世界の地政学的地図も大きく塗り変える可能性も秘めています。

注:米国の人口構成比は Pew Research Centerによる