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株式会社日立総合計画研究所

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ナッジ

所属部署:研究第二部 公共・社会グループ
氏名:白木 三沙

1.ナッジとは

 ナッジ(nudge)とは、直訳すると「ひじで軽く突く」という意味です。行動経済学や行動科学分野において、人々が強制によってではなく自発的に望ましい行動を選択するよう促す仕掛けや手法を示す用語として用いられています。これは、その物や現象の良しあしに対する客観的な絶対評価よりも、物事をどう感じるかという主観的な比較評価により人間の選択が左右される心理傾向を利用したものです。

2.公共政策への応用で注目が高まるナッジ

 ナッジは、小売業等の分野で消費者心理を活用したマーケティング戦略の一つとして、以前より活用されてきました。例えば、ある大手スーパーは消費税が3%から5%へと上がった際、「5%オフセール」ではなく「消費税還元セール」と題したセールを実施しました。これは増税分の損失を回避したいという消費者心理を利用したナッジ的な販売促進策といえます。
 近年は、欧米を中心に政府・自治体がナッジを活用し、国民に公共の利益になる選択を促す動きが広がりつつあり、注目されています。
 従来、公共政策の分野では、 法規制、経済的インセンティブの付与、普及啓発活動などによって国民に選択を促す手法を使い分けてきました。しかし、これらの手法はあくまで間接的に人々の行動に働きかけるものであり、経済的インセンティブ付与や普及啓発のみでは、個人のライフスタイルの変化を促すには十分ではありません。公共の利益を自己の利益よりも優先する人々の自発的な行動を生み出すための仕組みが必要になります。また、補助金の付与や普及啓発よりも低コストな方法で、人々の「公」意識に働きかけた選択を促すことも重要です。そのような背景から今、ナッジへの期待が高まっています。

3.海外での活用例

 英国では2010年に内閣府の下に、また米国では2015年に大統領府内にナッジを政策に応用するための専門チームが設立され、トップダウンで公共政策での活用を推進しています。特に英国の専門チーム(the Behavioural Insights Team:BIT)は英国政府内の省庁と連携し、社会保障、教育、健康、環境、治安維持など幅広い分野でのナッジ活用に成功しており、民間企業、NPOや海外政府から情報共有や支援の要請がきています。
 例えば、BITが2010年に英国歳入関税局と連携して実施した実証実験では、納税通知書に同じ地域に住む住民の納税率を記載することにより、その納税率を見た滞納者の義務履行意識が高まった結果、地域全体の滞納率が減少することがわかりました。同局はこの実証実験を踏まえて、このようなナッジを用いたメッセージを納税通知書に記載することを2012年に決定し、年間およそ2億ポンドの税収の増加を実現しています。
 また、BITは英国の保健省と運転者・車両免許局と共同で、運転免許の更新手続きをインターネット上で行う際に、臓器移植提供の意思登録の呼びかけを行う上で、どの呼びかけが最も有効かを測る実証実験を行いました。8通りの呼びかけを比較検証した結果、「もしあなたが臓器移植を必要とした場合、あなたは移植を選びますか?」という人々の道徳意識に働きかけるメッセージが、最も多くの臓器移植意思の登録につながったことがわかり、運転免許の更新手続きの時に表示されるようになりました。

4.日本での展望

 日本では、公共政策にナッジを応用する取り組みはまだ始まったばかりですが、既に医療・環境分野での導入事例が存在します。例えば、厚生労働省は2013年度にデータヘルス計画の一部として生活習慣病予備軍に対し健康診断の早期受診などの行動変容を促す事業への助成を開始しています。同様に、環境省が2017年度から低炭素化に向けた個人のライフスタイルの変化を促す実証実験への助成を開始する予定です。
 ナッジは今後さらに幅広い分野での社会課題への対応策としての採用が期待できます。例えば、医療費の削減には後発医薬品の活用が欠かせませんが、現在は医師、患者が使用を申し出なくてはいけません。これを後発医薬品の処方を認めない場合にのみ申し出が必要な制度に変更することで、代替調剤の選択率を高めることが可能となります。また、食品ロス問題に対しても、缶詰などの日持ちする食品の賞味期限表示を「年月日」から「年月」にすることにより、消費者の鮮度に対する過度な要求意識を変えることを促し、売れずに廃棄する食品の量を削減することができます。今後、社会におけるヒト・モノ・カネの動きのデータ化の進展に伴い、人々の行動傾向の変化と社会的課題の解決の成果との相関性がより定量的に可視化されることで、公共政策におけるナッジの選択肢設計における精度向上も進展するでしょう。
 このようにナッジは社会課題解決に向けた効果的な対応策として期待されますが、一方で個人の選択・行動に対し、無意識のうちに先入観を与え、選択の自由を阻害する危険性も持ち合わせています。社会利益や倫理に反しない使用目的に限られるよう、制度設計の段階での配慮が求められます。2016年に行われた英国BIT開催の有識者会議ではナッジ使用のためのルール作りが議論されるなどにより、今後法整備が進むことが期待されます。

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