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株式会社日立総合計画研究所

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レアアースフリー

所属部署:研究第三部 技術戦略グループ
氏名:西川 智之

1.レアアースフリーとは

 レアアースフリーとは、入手が困難なレアアース(希土類元素)材料を使用せずに、製品の機能を成立させることを意味します。
 レアアースは、排出ガス中の有害物質を無害化する触媒(セリウム:Ce)や、次世代自動車のモータ用磁石(ネオジム:Nd、ジスプロジウム:Dy)、蛍光灯や液晶テレビのバックライト用蛍光体(ユウロピウム:Eu、テルビウム:Tb)など幅広い用途に用いられており、現代社会において必要不可欠な元素と言えます。一方、レアアースは産出可能な鉱床が特定地域に偏在し、単元素での分離抽出が困難であり、鉱床によっては鉱石に放射性物質を含むなどの理由により、産出量が少なく供給が不安定です。そのため、レアアースを用いたモノづくりには、安定的な供給確保という課題が常に存在します。加えて、産出国の一部地域ではレアアースの分離抽出に使用される硫酸アンモニウムなどの薬剤や、分離抽出過程で発生する放射性廃棄物の不適切処理に起因する土壌汚染が深刻化しています。これらの問題に対応するため、産出国には環境対策費用を踏まえたレアアース価格見直しの動きがあり、将来のレアアース値上げリスクが高まっています。
 レアアースフリーには主に、①単純にレアアースを含まない製品に切り替える、②レアアースを使用しない別の方法を採用する(永久磁石の代替として電磁石を採用するなど)、③レアアースではない元素を用いてレアアースと同等の性能を実現する、の三つがあります。従来は①、②を中心としたレアアース使用量削減の取り組みが進められてきましたが、近年、ナノテクノロジーなどの最先端技術を活用することで、特に上記③のレアアースではない元素を用いてレアアースと同等の性能を実現する取り組みが加速しています。

2.レアアースフリーに向けた取り組み

 レアアースを用いずに同等の性能を実現するために重要となるのが、ナノテクノロジーです。ナノテクノロジーは、ナノメートル(10億分の1メートル)の領域である分子の単位で、物質の構造を制御・組成する技術です。近年の技術革新により、物質の微細構造や化学反応をナノレベルで解析、コントロールすることが可能となり、これまでレアアースが果たしてきた機能を、レアアースではない元素で実現する取り組みが進展しています。
 例えば、排出ガス用の触媒にはこれまで貴金属やレアアースの超微粒子触媒が使用されてきましたが、ナノテクノロジーの実用化により、レアアースフリーの触媒が開発されています。銅・ニッケル・マンガンなど一般的な金属の合金にナノサイズの穴を形成することで、触媒として同レベルの機能を有する「ナノポーラス金属」の生成に成功しました。同時に「ナノポーラス金属」が触媒として機能する際の微細組織の変化メカニズムをナノレベルで解明したことで物質構造の再現性が高まり、大量生産、高性能化の道筋が示されました。
 磁石の分野においては、ネオジム磁石に関するレアアースフリーの研究が進んでいます。次世代自動車向けモータに不可欠であるネオジム磁石は、強力な磁力を持つ主成分であるネオジムに加え、耐熱性を高めるジスプロシウムが添加されており、二種類のレアアースが使用されています。とりわけジスプロシウムは、レアアースの中でも埋蔵量が極めて少なく、産出も一部地域に偏っていることから、コストや供給不安が長年の課題でした。そのため、ジスプロシウムを使わずに同等の性能を確保する研究が進められてきました。具体的には、1)ネオジム磁石の組織構造や磁気分布をナノレベルで解明する分析手法を用い、2)ジスプロシウムが果たしている役割を解明し、3)同等の性能をジスプロシウム無しで実現する微細構造を実現しました。
 さらなる取り組みとして、ネオジムを使用せずネオジム磁石並みの磁力を持った磁石を製造する研究も進められています。例えば、隕石(いんせき)の中には「隕石磁石」が極微量存在します。この隕石磁石は地球上に普通に存在する元素のみで構成され、しかもネオジム磁石と同レベルの性能を持ちます。しかしながらこれまで地球上で隕石磁石相当の合金を生成することができませんでした。近年、隕石磁石の構造を解明することが可能となり、結晶化プロセスを高度に制御することで、研究レベルではありますが隕石磁石のナノ構造を人工的に生成することに成功しました。
 この他にもさまざまな分野において、ナノテクノロジーによるレアアースフリー実現に向けた研究が進められており、一部では実用化が始まっています。

3.レアアースフリーは、日本の産業競争力や貿易交渉・取引での交渉力を高める可能性

 コスト対策や安定供給確保の観点から、今後もさまざまな分野において、レアアースフリーの取り組みは加速していくとみられます。レアアース需要のほぼ100%を輸入により賄っている日本においては、レアアースフリーの取り組みを加速させることで、レアアース依存から脱却し、モノづくりの国際競争力を高めることが可能です。また、レアアースフリーの拡大は、レアアースが持つ価値の低下、およびレアアース産出国と購入国の関係変化につながります。レアアースフリーが実現した場合には、レアアースの需要が減少し、価値は低下しますが、実用化に時間がかかる場合でも、将来の代替可能性が考慮されるようになると、レアアースの価値は現状より低下します。産出国が購入国に対して持つ貿易交渉・取引での影響力も低下するでしょう。グローバルな鉱物資源取引のフローも大きく変わる可能性があります。
 このように、レアアースフリーはモノづくりのみならず、国の産業競争力や貿易交渉・取引での交渉力を変えうる可能性を秘めています。

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