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運転免許証の全国標準化に反対する州政府
執筆:Samuels International Associates, Inc.

米国に住んでいると、ビールを買う時、連邦政府の施設に入る時、空港でのセキュリティチェックなど さまざまな場面で身分証明書(ID)の提示を求められる場面に出くわす。特に日本人は実年齢より若く見られ、店でアルコールを買う際にID提示を求められる人は多い。 米国には全国共通の国民身分証明書(National ID)は存在しない。その代わり実質的な身分証明書(ID)として広く受け入れられているのが、名前と生年月日が記載された運転免許証である。運転しない人のためには、全50州で非運転者用IDが発行されている。

免許交付は連邦政府ではなく州政府の管轄下に置かれており、発行に必要な提出書類も試験内容も州ごとに異なっている。例えば、免許を申請する際、米国に合法的に滞在していることを証明する文書の提出を要求する州もあれば、合法的な滞在証明がなくても 免許が取得できる州もある。全米でも免許取得要件が厳しいことで知られるバージニア州では、合法的な滞在証明を含め5種類の書類を提出しなければならない。一方、中西部のネブラスカ州では名前と生年月日が入った書類たった1通で免許が交付される(表1)。そして、こうした違いにも かかわらず、発行州によって免許のIDとしての信頼性が差別されることはない。

表1 免許取得に必要な書類

ネブラスカ州 バージニア州
  • 名前と生年月日が入った書類1通
  • 政府発行の写真付きID2通
  • 合法的滞在を証明する書類1通
  • バージニア州在住を証明する書類1通
  • 社会保障番号を証明する書類1通

リアルID法成立の背景

国民IDを作るべきだという議論は、この国でも過去に何度か浮上している。しかし「民主主義・平等・自由」を標ぼうするこの国では、この三つに対する政府の介入を排除しようという国民の意識が強い。実際、国土安全保障省が設立された際にも、わざわざ「国土安全保障省には国家IDを作る権限が無い」という条項が付け加えられたくらい、個々人のプライバシー侵害に対する抵抗は強い。そのため、国民IDを作るべきだという議論、プライバシー侵害にあたるという反対の声にあってこれまで実現していなかった。

しかし、911テロ後、国土安全保障の観点から国民IDを作るべきだという議論が再浮上した。州によっては合法的な滞在証明がなくても 免許取得が可能な上、 いったん取得した免許を他州のものに書き換えることは比較的簡単である。また、免許申請者のデータが州ごとに管理されているため、犯罪者が他州で新たに免許を取得することも比較的簡単である。加えて、9 11テロ犯人が偽名で取得した免許で飛行機に乗り込んでおり、中には 八つの州から免許を取得していた者もいたことから、実質上IDとして使われている免許証の安全性を高める必要があるのではないかという議論が出てきたのだ。実際、911委員会の報告書も、こうした状況がテロ犯の免許取得を可能にしたと述べ、全国的なID管理の必要性を指摘している。これを受けて連邦議会では運転免許証のIDとしての信頼性を高めるため、2005年11月「リアルID法」を可決した。

リアルID法施行後も免許交付主体が州政府であることには変わりないが、州政府は全国共通の標準に従って免許を交付し、連邦政府や州の間で免許取得者情報を共有できるようなシステムを構築しなければならない。州政府にはリアルIDを導入しないという選択肢がある。しかし、そうするとその州の免許証はIDとして認められず、飛行機に乗ったり、銀行口座を開設したり、連邦政府の提供するサービスにアクセスできなくなる。従って実質的には従わざるを得ない。

広がるリアルID法反発の動き

「リアルID法」の成立によって、米国で初めて実質的な国民IDが導入されるかに思われたが、実施の段階に入って各地の州政府から反対の声が上がりはじめた。既にメイン州、アイダホ州、アーカンソー州、ワシントン州では州議会でリアルID法に従わない決議が可決されている。米国陸運局職員協会(American Association of Motor Vehicle Administrators)によると2007年4月現在、25州が同様の法案や決議を審議中である(図1)。

図1 反リアルID法決議または法律を可決済・審議中の州

図1 反リアルID法決議または法律を可決済・審議中の州

リアルID法は免許交付権限を州政府から奪うものではない。しかし、連邦議会でいったん決まった法律にもかかわらず、法律を採用しないと決定した州(青)、採用しない事を審議中の州(赤)が全米の半分以上を占めているのはなぜだろうか。

最大の理由はリアルID遵守で州の負担が大幅に増えることである。まず取り扱う書類の数が増える。生年月日の入った写真付きID、社会保険番号証明書、合法滞在証明書が最低限必要とされ、これらすべての書類が本物かどうか発行母体への確認が義務付けられている。これだけを取ってみても、州職員の処理作業が増えるのは明らかである。連邦政府指定のリーダーで読み取れるフォーマットで免許を発行しなければならず、そのための設備投資を行うのも州政府である。さらに、免許取得者のデータは他州や連邦政府と共有できるデータベースを構築して保管。データベースを管理する州職員は、FBIに手数料を払ってバックグラウンドチェックを行わなければならない。こうした目に見える作業に加えて、手続きが変わったことによる職員の教育、州民への普及活動などを含め目に見えない部分で増える作業量はその何倍にもなるだろう。国土安全保障省の見積もりによると、さまざまなシステム構築などを含めたリアルID準拠にかかる州政府の負担コストは10年間で110億ドル。しかし、これに対する連邦政府からの支援はたった4,000万ドルに過ぎない。

リアルIDの効果に対する疑問も州政府が反対する要因の一つとなっている。911テロ犯人の中にはパスポートで飛行機に乗り込んだ者もおり、パスポートも有効なIDであることを考えると、大金を投じて大変な思いをしてリアルIDを導入しても、それがテロ犯罪防止にどれだけ効果があるのかは疑問である。また、個人情報の安全性に対する懸念も反対理由の一つとなっている。免許取得者の全国データベースを作ることで、個人情報流出の危険性が増える懸念がある。保守派シンクタンク、ケイトー研究所のジム・ハーパーは、免許取得者データベースを中央集中管理することで、逆にデータが盗まれた場合の被害が大きくなる危険性を指摘している。実際この指摘は的を射ている。というのも連邦政府の不手際で個人情報が流出するケースが後を立たないからだ。最近の報告書では国税庁が過去3年間に500のノートPCを紛失しており、昨年は退役軍人省が管理する260万人の情報が入ったデータベースが盗まれている。

リアルID法の将来

米国初の全国共通IDを作る試みリアルID法の将来は不透明である。すべての州が順法しなければ国民IDとしての意味を成さないにもかかわらず、リアルIDに反対する州は半数を超えている。加えて、2007年2月には連邦議会にもリアルID法の廃棄を求める法案が二本、準拠期限を延長するよう求める法案が一本提出されている。リアルID法の実行ガイドラインを発行した国土安全保障省は、リアルID法への理解を得るための公聴会を5月に計画している。計画されている公聴会は今のところ一回のみで、会場となるのは免許発行数が多い上プライバシー侵害に最も敏感なカリフォルニア州のカリフォルニア大学デイビス校である。ここに各地の州政府職員がやってきて国土安全保障省担当官と意見交換するわけだが、予算、安全性への懸念が払拭されない限り、州政府の態度を変えることは難しいのではないだろうか。

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