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イギリス住民の多国籍化とIDカード導入に向けた動き
日立総研 客員研究員(在ロンドン)
城野 敬子

ロンドンに引っ越して半年になるが、生活していて感じるのは、渡英以前に予想していたよりもはるかに、ロンドンの住民が多国籍だということだ。病院に行って出会うのはインド人医師。歯科医は中国人。娘が通う私立小学校の担任教師はニュージーランド人。家の修理を依頼してやってくるのはポーランド人の大工、クリーニング店もポーランド人一家の経営。最寄りの食料品店の店番はいつも東南アジア系の家族、その向かいの雑貨店の店員も中東系。その隣の薬局の店員はイギリス人だが、薬剤師はインド人。「人種のるつぼ」、「サラダボール」、米国の国民の人種的多様性を指すこれらの古典的な表現は、現在では、ロンドンについて使ってもまったく違和感はないだろう。

インディペンデント紙(The Independent)によれば、なんとロンドンでは、住民の3人に1人がイギリス以外の生まれ(non-British-Born)となったそうである。ロンドンにいる外国生まれの住民の中で最大勢力はインド。そして、バングラデシュ、アイルランドが続くそうだ。そう言われれば、近くの食料品店の店主、東南アジア系の人だとは思ったが、バングラデシュ人かもしれないという気がしてくる。

このような住民の多国籍化は、もちろん首都ロンドンにおいて著しい現象なのだが、イギリス全体としても、多国籍化への流れは加速している。極めて大ざっぱに言ってしまえば、イギリス生まれの人間の2倍以上の勢いで外国人が増えている。イギリスの人口は約6,000万人であるが、2004年から2005年にかけて1年間で375,000人増加した。ちなみに、これは1962年以来最大の増加だそうである。この増加分のうちの3分の1は、出生数が死亡数を上回ったことによる自然増であるが、残り3分の2は国外からの流入(居住地を1年以上にわたって変更した者)によるものなのだ。そして、現在流入している外国人の多くは、2004年5月にEUに加盟したチェコ、スロバキア、ハンガリー、ポーランドなど旧東欧諸国からの移民であるとされている。

こうした移民の流入は、イギリス経済に恩恵をもたらしているとして、産業界は移民に対しておおむね好意的である。通信社であるロイター、大手スーパーのセンズベリーなど有力企業の産業界リーダーが組織する「ビジネス・フォー・ニュー・ヨーロッパ(Business for New Europe)」も2006年9月に「2004年5月にEUに加盟した旧東欧諸国に対し、イギリスが即時に労働市場を開放したのは賢明であった。これらの国々からの移民は、病院、学校、輸送、農業など多くの分野で活躍し、イギリス経済の牽引(けんいん)力となっている。」との見解を発表している。また、一説には、2005年、2006年のGDP成長率の0.5〜1.0%が移民の貢献によるものであるとも言われている。

一方、多様な外国人が流入する中で、不法移民による不法就労、不法移民の家族が法の網をくぐり公的サービス(医療、教育など)を受けることによる費用の増大などの問題が生じている。テロや犯罪に対する不安感も根強い。そこで、イギリス政府は、不法移民・不法就労の取り締まり、テロ・犯罪対策の切り札として、住民のIDカードの導入に向けて準備を進めている。2006年3月に成立したIDカード法(Identity Cards Act)に基づき、16歳以上のイギリス人と3カ月以上イギリスに滞在する外国人はすべて、登録を行いIDカードの交付を受けることが義務付けられることになっている。

しかし、2006年10月以降10年間で、初期費用とランニングコスト合わせて54億ポンドが必要となることや、指紋と目の虹彩(こうさい)などの情報をデータベースに蓄積し本人認証に利用するバイオメトリックスを活用することから、費用や個人情報保護の観点から反対意見も多い。例えば、インターネットを利用した調査を行うYouGovのアンケート(2006年11月末に実施)によれば、IDカード導入賛成が50%、反対が39%、わからないとする人が11%。5人に1人が「罰金があったとしても情報の登録を拒否する」と回答している。また、近年、イギリスでは公共の場所に警備カメラが数多く設置されていることもあり、79%が「イギリスは『監視社会』になった」と回答している。

2009年に始まるイギリス人へのIDカードの交付に先立って、まず、2008年に外国人へのIDカードの導入が始まる予定であるが、外国人居住者のうちのどれだけの人がこの計画を知っているだろうか。そう思いながら、娘の小学校のイギリス人以外の同級生のお母さんたちの顔を思い浮かべてみるが、あまりぴんと来ない。日本では2003年に交付が始まった住民基本台帳カードがさまざまな議論を呼んだが、住民の多国籍化に直面し先端技術を利用したIDカードの導入を試みるイギリスの取り組みは、監視されることによる安心感と圧迫感とのせめぎあいの中で、まだこれから波紋を呼びそうである。

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