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新たな移民政策を模索するイギリス−急増する移民の経済・社会への影響
日立総研 客員研究員(在ロンドン)
城野 敬子

EU拡大とイギリスへの移民の増加

ロンドンに暮らすと、欧州大陸の主要都市は日本の国内旅行の感覚で気軽に訪れることができる。私も2007年9月にフランスを、10月にはドイツを訪れる機会を得た。町を歩いても、電車に乗っても、フランスもドイツも日本に比べれば多人種・多国籍であるように感じられる。しかし、ロンドンに戻ると、インド、バングラデシュなど南アジアの人々、ポーランドなど東欧の人々、ベールをかぶったアラブ系の女性などさまざまな国籍・民族の人たちがそこここに目につき、以前の本レポート*1でも触れたことだが、ロンドンこそ多人種・多国籍の「欧州の人種のるつぼ」ではないかという印象をあらためて強くした。とりわけ、ここ数年で東欧諸国からの移民が急増しているのだそうだ。

イギリスへの東欧からの移民が増えたのは、2004年5月1日にEUに新規に加盟した10カ国(チェコ、エストニア、キプロス、ラトビア、リトアニア、ハンガリー、マルタ、ポーランド、スロベニア、スロバキア)に対して、イギリスがいち早く労働市場を開放したためである。そもそもEU加盟国の国民はEU域内では国籍にかかわらず、自由に居住地を選択し働く権利を保有することになっている*2。しかし、2004年5月1日にEUに新規に加盟した10カ国と2007年1月1日に新規に加盟したブルガリアとルーマニアに関しては、加盟後7年間の移行期間が設けられ*3、この間、2004年5月以前からEUに加盟していた15カ国はこれらの新規加盟国からの労働者の流入に対して、各国の法律によって一定の制限を設けることができることとなっている。こうした中で、既加盟15カ国のうち、2004年5月1日に新規加盟した10カ国に対して労働市場を即座に開放したのは、イギリス、アイルランド、スウェーデンの3カ国のみであった*4

イギリスは、マルタ、キプロス以外の新規加盟8カ国からの労働者はイギリス国内での労働開始後30日以内に内務省に登録しなければならないという制度(Worker Registration Scheme: 労働者登録制度)を設けている*5。この制度で認定された労働者の数は、2004年に12万6,000人、2005年に20万5,000人、2006年に22万8,000人、2007年前半に9万8,000人にのぼる。これらを合計すると、東欧8カ国からだけでも2004年以降これまでに約65万7,000人もの労働者がイギリスに流入したことになる*6

イギリス政府は移民の経済的貢献を評価

ちまたでは、昨今のイギリスの経済成長の一因は、こうした政策によって多くの移民を受け入れたことにあると言われるが、2007年10月、イギリス内務省は、移民がイギリス経済にどのような影響を与えているかについて各方面の研究成果をまとめた報告書を発表した*7。この報告書では、移民の増加によって労働力人口が増加したことが、イギリスの経済成長率を押し上げているとしており、「2004年と2005年には経済成長の17%が移民によってもたらされた*8」「2001年から2006年にかけて移民は労働力人口を年平均0.5%増加させ、2006年には60億ポンド分の経済成長をもたらした*9」などの研究結果が紹介されている。2006年第4四半期には労働力人口の12.5%が外国生まれとなっており、10年前の7.4%から大幅に増加しているということだ。さらに、イギリス人と移民は労働市場で補完的な関係にあり、移民の増加によってイギリス人の職が奪われるという状況は起こっていないとしている。一般的に移民の技術水準は高く、賃金も多いため、移民は納税を通じて財政面でも貢献していると言う*10

また、移民の勤労態度について、多くの移民を雇用するイギリスの大手スーパー、センズベリー(Sainsbury’s)が、貴族院の委員会に「移民労働者の職業モラルは高く仕事に熱心である。イギリス人労働者にも良い影響を与えている」との意見を書面で提出するなど、雇用者からの評価も高い*11

社会的課題への対応を視野に、新たな移民政策を模索する政府

このように、イギリスでは政府や産業界を中心に、移民のイギリス経済への貢献を評価する声が高いが、イギリス政府は2007年1月にEUに加盟したブルガリアとルーマニアからの非熟練労働者に対しては、労働市場の開放を見送り、流入を規制する政策を採っている*12。その背景として、移民受け入れの経験の少ない地方都市にも移民が流入したことが社会に新たな課題をもたらしており、さらなる移民の流入がこうした課題を深刻化させる懸念があることが指摘できる。

こうした中、イギリス政府は、移民影響フォーラム(Migration Impacts Forum)を2007年6月に発足させた*13が、このフォーラムは、地方政府、健康、教育、警察、司法、非営利部門などの専門家によって構成され、移民の社会的な影響について政府に助言する役割を担うものである。移民影響フォーラムが2007年10月にイギリスの各地域の状況についてレビューを行ったところ、イギリスのほとんどすべての地域で、移民による社会的な圧力が高まっていることが明らかになった*14。犯罪、地域としてのまとまりの低下、健康、教育、家不足などが多くの地域に共通する課題として指摘された。経済的にはイギリスに利益をもたらす移民の流入も、社会的にはさまざまな課題を引き起こしており、地方政府はこうした変化に十分に対応できていないというのが現状らしい。

今後、イギリス政府は、2007年中に、ブルガリア、ルーマニアからの労働者流入に対する規制を見直す予定である*15。また、移民全体に関しては、移民制度の簡素化・透明化を目指したポイント制を、2008年から本格的に導入することが決まっている*16。イギリス政府は、移民の経済面への貢献と、社会面での負担の増加とのバランスをにらみつつ、新たな移民政策を模索中といったところである。

参考文献

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