2008年も収まる気配のないイギリスの物価高
日立総研 客員研究員(在ロンドン)
城野 敬子
城野 敬子
物価高のロンドン
2008年1月、日本の友人からもらった年賀状には「日本も物価が上がっていて、デパートやスーパーに買い物に行くとため息が出ます」とあったが、物価の高さなら、イギリス、とりわけ、ここロンドンは負けてはいない。約1年半前に東京からロンドンへ引っ越して、当初何より驚いた事のひとつは、ロンドンの物価の高さである。そして、1年半暮らす間にもロンドンの物価はどんどん上がり続けている。東京と同じと思ったスターバックスのカプチーノは、1年半前は確か1ポンド70ペンス(約400円。1ポンド=235.71円*1で換算、以下同じ)前後であったが、今では2ポンド(約470円)以上する。12ポンド(2,800円)であった自動車の洗車代は、今では15ポンド(約3,500円)。子供が通う現地の幼稚園の園長先生は「授業料は、そうねぇ、今年は昨年よりも確か5%値上げしたのよね」とこともなげにおっしゃる。ガソリンはとうとう1リッター1ポンド(約236円)を超えた。
公表数値を超えるインフレ実感
イギリスでの滞在歴が長い人を除いて、大抵の日本人はポンドの価格表示を見て、反射的に円換算してしまうようだ。ポンド安に向かっているとはいえ、2008年1月平均で1ポンド 212.16円*2。これが日本人にとっては何もかも高く感じる一因のようであるが、イギリスの物価上昇の激しさはイギリス人にとっても切実な問題になっている。今日も、ショッピングセンターの駐車場で、「駐車料金は、また上がったの?ショッピングセンターの駐車場に1時間少し駐車して、その料金が3.8ポンド(約800円)なんて、一体どうなっているの?」と係員にぼやく老婦人を見かけた。新聞を見ても、値上げのニュースには事欠かない*3。
国家統計局(Office of National Statistics)の発表では2007年の消費者物価指数上昇率は2.3%ということだが*4、生活実感としてのインフレ率は政府公表の数値よりも高いと言われている。2007年11月に発表された、イギリス中央銀行の「インフレ態度調査(Inflation Attitudes Survey)」*5でも、イギリス人2,054人に過去12ヶ月の店頭での価格の上がり方を尋ねたところ、解答の中央値が3.2%である。2%以上3%未満と回答した人が20%であったが、5%以上との回答も20%を占めた。テレグラフ紙の報道では、ミドルクラスの生活コストの上がり方がとりわけ激しく、6.8%もの上昇である言う*6。
公表数値は生活実感より低すぎるとの苦情が少なくないのか、国家統計局は、「個人用インフレ計算機(Personal Inflation Calculator)」なるものをホームページ上で提供している*7。これは、個人の消費パターンに基づいてインフレ率を計算できるツールだそうで、インフレが自分の生活にどう影響するのかについての理解を深め、インフレの計測についての議論を深めることを目的にしていると言う。個人的には、このツールが個人の生活に役立つともあまり思えないのだが、急激な物価上昇に直面し、公表数値は実態を表していないと不満を感じる国民に対して、何とか説明責任を果たそうとする政府の苦肉の策なのであろう。
止まらない物価上昇
2008年もイギリスの消費者物価の上昇は止まりそうにない。第一に、企業の段階での物価、すなわち生産者物価の上昇が著しく、企業がそれを吸収しきれそうにない。石油や食品価格の上昇により、企業が購入する原材料・燃料の価格(指数)は2007年12月に11.3%上昇した *8,*9。製品の工場出荷時の価格(指数)は2007年12月に5.0%を記録し*10、これはほぼ17年ぶりの高水準だそうだ*11。イギリス商工会議所(British Chamber of Commerce)の調査によると、住宅価格の下落などを背景に需要が軟化していると言われているにもかかわらず、「製品価格を上げざるを得ない」という企業がかつてないほど増えており*12、物価の上昇は企業で吸収しきれず、今後も消費者に転嫁されていく可能性が高い。
第二に、景気が減速する中で、金融政策面でのインフレ対策は期待できない。イギリスの金融政策には、望ましい物価上昇率をあらかじめ決めて示す「インフレ目標」が導入されている*13。このインフレ目標は政府が毎年決定して発表するが、現在は、「消費者物価指数上昇率2%」とされている。2007年12月の消費者物価指数上昇率は2.1%となっており*14、3ヶ月連続でインフレ目標を上回っているが、インフレ沈静化のために金融引き締めを行える環境にはない。世界的に景気が減速し、米国連邦準備制度理事会が緊急利下げを実施する中で、イギリス中央銀行にも金融緩和が期待されている。イギリス中央銀行は、2007年12月に0.25%の政策金利引き下げを行った後、2008年1月の金融政策委員会では利下げを見送り、5.5%を維持した*15。しかし、2008年2月には政策金利引き下げは不可避であり、残る問題は下げ幅や引き下げのペースであるとの声が多勢である*16。
第三に、国民の間でのインフレ期待も強い。2007年11月にイギリス中央銀行が行った「インフレ態度調査」では、「今後12ヶ月の物価の上がり方に対する予想」の中央値が3.0%、現在の枠組みでの調査が始まった2001年2月以来の最高値となり、初めて3%台に突入した*17。
こうした中で、イギリス中央銀行総裁のキング(King)氏も、2008年1月23日に行ったスピーチの中で「エネルギー価格の高騰、食品価格の高騰、ポンド安による輸入価格の上昇により、2008年のインフレ率は2%を超える。私が財務相に説明のための公開書面を書かなければならない(すなわち、インフレ率が3%を超える)ことも一度ならずあるだろう*18。」と発言した*19。景気減速の中で続く物価上昇に、「スタグフレーション」や「スローフレーション(slowflation)*20」などの言葉も飛び交っており、2008年は、イギリス中央銀行にとっても国民にとっても悩ましい1年になりそうである。
参考文献、注釈
- イギリス中央銀行統計より2007年の平均為替レート
- イギリス中央銀行統計より2008年1月の平均為替レート
- テレグラフ紙記事(2008年1月16日)
- 消費者物価指数推移
- イギリス中央銀行「インフレ態度調査(Inflation Attitudes Survey)」(2007年11月)
- テレグラフ紙記事(2008年1月17日)
- 国家統計局が提供する個人用インフレ計算機
- 以下、物価指数の伸び率は、すべて年率
- 生産者物価指数上昇率推移
- 生産者物価指数上昇率推移
- テレグラフ紙記事(2008年1月16日)
- イギリス商工会議所(British Chamber of Commerce)「四半期経済調査2007年第四四半期(Quarterly Economic Survey Q4 2007)」(PDF)
- イギリスの金融政策の概要
- イギリスの小売物価指数上昇率推移
- イギリス中央銀行金融政策委員会決議に関するニュースリリース(2008年1月10日)
-
インディペンデント紙記事(2008年1月23日)
テレグラフ紙記事(2008年1月23日) - イギリス中央銀行「インフレ態度調査(Inflation Attitudes Survey)」(2007年11月)
- 金融政策の目的は物価の安定(低インフレ)と成長と雇用を含めた政府の経済目的をサポートすることであり、物価の安定とは政府が決定した「インフレ目標」を達成することであると定義されている。インフレ率が目標よりも1%以上高すぎたり低すぎたりした場合(すなわち、3%超、または1%未満となった場合)、中央銀行総裁は財務相に公開書面を書いて(1)なぜインフレが目標を上回ったり下回ったりしたのか、(2)目標達成のために中央銀行はどのような政策を提案するのかを明らかにしなければならない。
- イギリス中央銀行総裁キング氏スピーチP.7(2008年1月22日)(PDF)
- インディペンデント紙記事(2008年1月18日)
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