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国民をもっと健康に−政府横断戦略を開始したイギリス政府
日立総研 客員研究員(在ロンドン)
城野 敬子

調理実習を中学の必修科目に

2008年1月22日、政府から「調理実習をすべての若者に必修にする」という発表があった*1。2011年には11〜14歳の子供に調理実習が必修になるのだそうだ。2011年まで自分がイギリスにいるかどうかわからないが、もしそれまでいたとしたら、娘はこの実習に参加することになる。どのような料理を教えるべきかについては、現在、広く国民から意見を公募中であるが、政府は、シェパーズパイ(ひき肉にマッシュポテトをかぶせて焼いた料理)、カレー、トマトソース、ボロネーゼソース、焼きりんご、フルーツクランブルを例に挙げ「伝統的なイギリス料理の健康的なバージョン」を検討しているとしている。

イギリスの中等教育で調理実習が必修科目になるのは初めてのことだそうで、その目的は、新鮮な材料で健康的な料理を作る実用的な技術を身に付けさせることだという。対象となる学校の85%には既に調理設備があるが、未整備の学校には2011年までに設備を整備させるほか、政府は年間250万ポンドの費用を準備する。また、貧困家庭の子供には料理の材料費の補助も行う。さらに、約800人の教師やアシスタントを今後3年間で育成するなど、専門教員の育成も進めると、政府は熱意を示している。

深刻な国民の肥満傾向

なぜ突然調理実習が必修科目になるのか、と疑問に思ったが、実は、昨今イギリス政府は国民の食生活の改善に力を入れており、その一環として今回の決定がなされたらしい。政府は、上記の発表の1日後の2008年1月23日に「健康的な体重、健康的な生活 イングランドのための政府横断戦略(Healthy Weight, Healthy Lives A Cross Government Strategy for England)」(以下「戦略」と略す)を発表した*2,*3。これは、3億7,200万ポンドを投じて、国民がより健康な生活を送ることを推進する政府横断的な取り組みであり、調理実習必修化はこの「戦略」の一部と位置付けられている。

「戦略」の主眼は、肥満*4の削減・予防に取り組むことにある。現在、イングランドだけで成人の4分の1が肥満であるそうだ*3。テレグラフ紙によると、肥満対策の薬のために年間100万枚以上の処方せんが書かれ、4,700万ポンドもの費用がかかっているとも、NHS(National Health Service)が支払っている肥満対策の薬の費用だけで、2年ごとに新しい小児病院が建つほどの金額であるともいう*5

2〜15歳では、18%が肥満であり、14%が体重過剰であるという*3から、子供についてはさらに懸念すべき状況といえよう。このままでは、2050年までには人口の60%が肥満になると予測されている*3。調理実習の必修化については、学校側から「より柔軟なカリキュラムを可能にすると約束しておきながら必修を増やすとはどういうことか」という批判も出ているようだが*6、この状況では、調理実習を通じて健康的な食生活を身につけさせて、成人病の一大要因といわれる肥満傾向が国民にさらに広まることに歯止めをかけなければ、という政府の発想にもうなずける。

政府横断の取り組みを開始

今回の「戦略」は主に5つの分野から構成されている。

  • 子供達の健康な成長と発達  
       
    • 肥満リスクの高い家族を早期に特定、母乳育児を推進
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    • 体育への参加の増進や調理の必修科目化など、健康的な学校への投資
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    • 子供の食生活を変え、運動を増やすよう両親を支援するキャンペーンに7,500万ポンドを支出
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  • より健康的な食品選択の推進  
       
    • 健康的な食べ物のための規約を食品・飲料産業とのパートナーシップのもと最終決定
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    • 不健康な食品の子供向け広告に対して既に導入されている規制のレビューを実施
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    • 学校や公園の近くへのファーストフードの出店を規制するために地方当局の権限を強化
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  • 生活の中で運動を推進  
       
    • 「健康な町(Healthy Towns)」に3,000万ポンドの投資。インフラと町全体が取り組むアプローチで運動を推進
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    • 娯楽技術産業とワーキンググループを設置。子供がテレビの視聴や、ゲームやインターネットに費やす時間を両親がコントロールできるようなツールの開発を継続
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    • 運動を増やすための新しいプログラムを展開するために、運動に対するアプローチを全面的に見直し
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  • より健康になるためのインセンティブの創出  
       
    • 健康増進のための長期的な取り組みの優先順位を上げるよう、個人や雇用者、NHSのインセンティブを強化
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    • 雇用者や雇用者組織と協力し、企業がいかにして従業員の健康を増進できるか、健康的な職場を実現できるかについて検討
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    • 健康的な生活を奨励するために個人に対する金銭的インセンティブを活用するさまざまなアプローチを試行し評価
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  • 各個人にあわせた助言とサポート  
       
    • NHSチョイス(NHS Choices)というウェブサイトを開発し、健康的な体重を維持する方法についての明確で一貫性のある情報を提供。食生活などについても助言
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    • 体重管理サービスをさらに利用することを支援すべく今後3年間資金提供を増額。人々が体重を減らし、それを維持できるように各個人にあわせたサービス提供を実現
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健康的な生活を奨励するためには金銭的なインセンティブも

調理実習の必修科目化はともかくとして、ファーストフードの出店規制や不健康な食べ物の広告規制なども、個人的には随分思い切った施策のように感じたが、新聞などで最も話題になっているのは、金銭的なインセンティブを与えるという部分である*7,*8,*9。こうした方法は、米国や民間部門で既に実績を挙げているとのことだが、そういえば、ロンドンの地下鉄で「週に1回ジムに行けば保険料を安くします」という保険会社の広告を見たことがある。「戦略」には、体重を減らしたり、それを維持したり、健康的な生活をした個人には、金銭の支払いやバウチャーの配布も考えるとあり*2、イギリス政府は今後いくつかのパイロットプログラムを実施していくらしい。子供の調理実習から金銭の支払いまで、いずれも効果が出るまでにまだ時間がかかりそうだが、イギリスの切羽詰まった状況をうかがわせる今回の「戦略」発表であった。

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