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第1回:小僧に還る −コラムを始めるにあたって−

丸の内から秋葉原に勤務地が変わった。


日立総研のホームページに「エッセイ」コーナーがあり、新社長が前任社長から引き続き率先垂範して個人のコラムを持つべし、との指示があった。即座に受けて、直ちに後悔した。なんといっても、前任の藤原さんは当代随一のエッセイストである。私の本棚にある「李香蘭 私の半生」は、新潮文庫の初版が平成2年12月20日とある。その年の暮れの休みに一晩で読んだ。冷えた一夜であったので満州にいるような臨場感で読んだ。李香蘭をめぐって登場する人物が生々しく、当時のバブルには少なくなっていたぬくもりと冷酷さの両方を持っていた。大傑作であって、これを書かれた藤原さんの後任として「肩の凝らないエッセイの形で世の中に問題提起する」、これ以上の重荷はない。


藤原さんのタイトルに再びびっくり、「窓を開ければ」ではないか。私も窓は開けるべきものだと思っているが、総研があった御茶ノ水では開いた窓がここでは開かない。窓の外にある世間の変化の風を感じるにはここから出て行かねばならん。


私のできることをはっきりさせよう。「小僧」に「還る」こととしよう、そう決心した。小僧とはなにか?まず、小僧は門前にいる。会社生活をして37年、システムエンジニアから始まり、研究、企画、スタッフ、重電、情報、法律、広報、さらには調達の仕事まで担当した。それぞれを名刹(めいさつ)とするならば、道を究めた高僧のもとで小僧としての修行の時期があり、私はその時を過ごすことが好きだった。いつかは高僧にと思ったが、いくつも寺をかわったこともあり、私はついに悟ることもなく、相変わらず門前にいて経を聞いている。だから、もう一度、修行の小僧に還り、経を聞き直すのだ。いまさら小僧に還るのかといわれるだろうが、私には今年が還暦である。還暦とは、英語で“reborn”という。赤は赤子のシンボルであって、あらためて門前で習った経を学び直す機会としては悪くない。


志賀直哉の小説ではないが、小僧には神様がいる。仙吉の京橋の屋台すし屋ですしをご馳走してくれた「あの客」のように悲しい時、苦しい時、に思うだけで慰めになる神様がいる。無論、私にも神様たちがいたし、稲荷の祠(ほこら)に化けなかった本物の神様が、今でもいる。あの方々が神様たるゆえんを確かめることも、その神秘に迫ることも、私の暦を出発点に還すためには許されるだろう。 神田の秤屋に奉公する小僧だけでなく、グランドに汗と涙を流す小僧にも神様はいる。 昭和26年に灰田勝彦氏が歌ってヒットした「野球小僧」によれば、 野球の神様であってもたまには三振やエラーも見せながら、 野球小僧を温かく見守って励ましてくれているのだ。 小僧の汗と涙は、伸びるための人生の糧だ。小僧は、成長するために生きている。


窓は開かぬので外に出て、小僧の五感がとらえたままに、コラムを始めることにした。

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