第5回:「分類」を超えて
どうも私には、物事を理解するにあたって、「分類」をしがちな習性があるようだ。「分類」によって、生物学をはじめとする多くの学問が発展したのだから、「分類」は必須の手法である。しかし、私は感覚的に分類し、理解したつもりになっていることがある。その一例が、アートとマネー(ビジネスといってもよい)の「分類」である。このふたつは、私の中では、遠く離れて「分類」されており、水と油のようにまじわらないものであった。ビジネスマンの芸術に対する興味は、個人的な趣味の域を超えることは少ないし、芸術家はマネーやビジネスのことなど見向きもせず、美を追求するものだと思っていた。この私の感覚的な思い込みを打ち砕く天才の話に、最近遭遇した。
3月20日から90日間、東京国立博物館において、特別展「レオナルド・ダ・ヴィンチ--天才の実像」が開催された。この特別展は、目標をはるかに上回る80万人の入場者を得た。初めて母国イタリアを離れた「受胎告知」に秘められた、アナモルフォーズといった絵画の手法、一点消失遠近法、空気遠近法など、画期的なレオナルドの科学的手法に目をうばわれた方も多いと思う。
この展示会を日立グループが特別協賛することとなり、私もそれに携わったので、レオナルドに関する資料に目を通すこととなった。資料を読み進むうちに、彼の友人としてルカ・パチョーリの名前を発見し、驚いた。美術の天才レオナルドの資料には,およそ想定しない名前だからだ。パチョーリといえば、商学部の必須科目である簿記論で記憶されるべき名前である。しかも、第一回講義「簿記の歴史」に登場する、会計の父とも称される人物だ。いったい、簿記の専門家が、なにゆえに芸術家のレオナルドと友情を結んでいたのか。レオナルドが芸術の世界だけでなく、科学の世界にまで活動範囲を広げていたことは知ってはいたが、簿記論の創始者パチョーリとも交流を持っていたとは、意外であった。レオナルドは芸術の達人、パチョーリは商業簿記の開拓者という、私の勝手な思い込みはみごとに覆された。
パチョーリは北イタリアに生まれ、15歳の時から、ヴェネチアの大商人の家に住み込み奉公に入り、簿記の考え方を学んだ。また、同郷の画家、フランチェスカの下で数学を究め、1494年「算術、幾何、比および比例全書」(略称「スムマ」)を書き上げる。ここに、現代複式簿記の原型である、「ヴェネチア式簿記」が著されている。商人の秘伝とされてきた簿記を、体系化し世に広めたのがパチョーリの数学専門書であったのだ。この時期に、ミラノにてレオナルドと知り合う。複式簿記は、大航海時代の通商のネットワークに乗り、世界中に広められ、明治6〜7年に福沢諭吉「帳合之法」によって、日本にも導入される。実に、380年後のことだ。
そして500年を経たいまなお、レオナルドの「受胎告知」は芸術の、パチョーリの「複式簿記」は企業経営の、どちらにおいても、なくてはならないグローバルスタンダードの位置にある。芸術と経営の原理を開拓したふたりの天才は、どのように交流し、どんな会話を交わしたのであろうか。ふたりの手稿集によれば、彼らに共有する学問は、数学であった。先の特別展での、レオナルドの手稿にもその片鱗がみられる。また、スムマの幾何の説明図にはレオナルドによって書かれたものもある。レオナルドもパチョーリも、自分の学問に深く邁進はするものの、その分野に枠をもうけず、好奇心のおもむくままに対象を広げ、知識を獲得し、作品に表現し、充実した時をすごしたにちがいない。
物事を分析する際には、「分類」は必要ではあるが、枠組みにこだわらず、興味や好奇心にまかせて世界を広げていく自由なスタンスが、新しい時代を切り拓くには必要だ。とかく、自分の尺度で思い込みがちであるが、これを超えれば、もっと新しい「次」がInspireできるのではないか。明日のレオナルド、パチョーリは、あなたのすぐ隣にいるのかもしれないし、あなた自身であるかもしれない。「分類」を超えることがInspire the Next!の本質であろう、と少し反省をこめながら思ったことだ。



