第8回:じっと見る
6月28日に逝去された、元内閣総理大臣宮澤喜一氏は、その回顧録*1で、インタビューに応えこう述べている。「私の意識でかなりはっきりしているのは、1987年10月19日に「NYダウ平均、前日比508ドル安と大暴落(ブラックマンデー)」というのがございます。私はずっと前から手帳に為替の記録をしていますが、ブラックマンデーは87年10月19日から20日に起こっています。東京では3,836円株が下がりましたが、15%の下落です。ニューヨークは22.6%だったと思います。」
また、別の証言記録*2では、「そうですね、やっぱり宮澤さんが大蔵大臣になった時にはもう150円になったわけですね。そして、確か88年には120円台にまで円高になっているんですけど、当時の円高というのは様々な経済政策を考えるうえで非常に重要な要因でしたか。」との質問に対して、次のように述べている。「私は手帳にその時々の為替などの記録を書いているのですが・・・。88年は1月に120円ですね。」
ブラックマンデーも、円高も、共に、1985年9月22日のプラザ合意が世界と日本に与えた試練であり、私たちの世代の企業人にとっても記憶に新しい。私は、当時の記録をまとめた書物、映像を見るたびに、宮澤氏の手帳を見たいものだと思っていたのであるが、宮澤氏の追悼番組で、その手帳を拝見することとなった。私たちが、普通に用いる黒い表紙の手帳であった。そこに、宮澤氏は漏らすことなく毎日の円ドルレートを、ペンで記入されていた。日付、レート、前日比、ここまではかねて予想していたとおりであったが、加えて、市場介入の有無と額が記入されていた。政策担当者としての必須項目だったのであろう。
手帳に、為替の記録をつけ始めた理由として、宮澤氏は、為替レートが、経済をみるうえで重要な要素となったことに加えて、為替対策が継続性のある政策として展開されなければならないことをあげている。政策を担当する官僚の任期が通常は数年であるのに対し、為替レートの影響は長期にわたるので、担当者が交代しても、政治家は国政の最終責任者として長期に継続して為替レートを見ておかないと、国家としての判断を誤るのではないかと判断し記録を始めたと、述べておられた。最終意思決定者としての矜持(きょうじ)を、具体的な日常でどのように維持していくのかの一端をみせられたように思えた。また、宮澤氏が為替の記録を継続することは、自らに課した義務であるとしても、それを少なくとも知的には楽しんでおられることもよくわかった。為替をとおして、世界と日本を、また経済をじっと見ておられたのであろう。
同様の知恵は、自然観察の分野でも存在する。ギリシア語で「テオリア」という言葉は、「じっと見る」という意味を持つとのことだ。自然界の事象をじっと見ていると「何かが見えてきて」、そうだったのか、と納得する瞬間がある。これが、「わかる」ということで、「じっと見る」→「見えてくる」→「わかる」→「うれしい」と連続する体験が自然の観察であると、動物学者である青柳昌弘氏は「テオリア 自然を知る50のヒント」で述べている。例えば、身の回りの自然を観察するうち、花が開花し、鳥が鳴き始めるタイミングから種まきの時期を知ることがこれにあたる。また、桜前線、モンシロチョウの初見日、などの自然のサインを読み解くことは、連続してじっと見ている体験から可能となる。この一連の法則性が「theoriaテオリア」から、「theory法則」という言葉を生んだとのことである。
企業の経営にも、このテオリアがある。企業家の多くが、毎日つける手帳を持っているのではないだろうか。観察している対象は、為替レートを始めとして、いくらでもあるように思う。じっと見ていると、何かが見えてきて喜びに変わり、頭だけでなく、体がその法則を感じ適切に反応するようになる。そうなれば企業人としても本物であるとは、何度も聞いた教訓である。
nihil est in intellectu quod prius non fuerit in sensu
感じとったものでなければ知恵になりえない――ラテン語のことわざ
あなたの手帳には何が記録されていますか?
- *1:「聞き書 宮澤喜一回顧録」(2005年 岩波書店)
- *2:「90年代の証言 宮澤喜一 保守本流の軌跡」(2006年 朝日新聞社)



