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第10回:とうもろこし畑

アイオワ州は、米国中西部の農業州であり、日本のメデイアに登場することはまれである。米国での注目度も同じようなものであろう。ただし、四年に一回全世界のメデイアがアイオワ州に集中する。大統領選である。2008年米国大統領選挙は、年明け1月3日のアイオワ州党員集会の予備選挙をもって長い戦いが始まる。全米で、最初に党員集会を開くのがアイオワ州であり、ここでの勝利は、知名度の定着を意味し、大統領選初盤を制するのである。大統領選の帰趨は、世界の行く末にも影響があるのであるから、アイオワでの結果の意味するところは、極めて大きい。


しかし、選挙の展望は、本コラムの目指すところではない。アイオワ州と私の縁は、 二十歳台の後半、そこに学生として生活をした一年半にある。私の奥深くに、消えることのないコアが残った一年半であったので、アイオワには恩義を感じている。これからひと月余りの短い期間がアイオワへの注目期なので、少しPRをして、アイオワへの恩返しをしたい。


Nothing except for corn in Iowa. アイオワ州は一面とうもろこしの畑である。とうもろこし畑のほかには、アイオワ州を代表する風景は存在しない。ただ、ただ、地平線の果てまで続くのは、とうもろこしの畑である。とうもろこし畑と交わった地平線から、日が昇り、日が沈む。夏には、とうもろこしが、あやしいほどの緑一色になる。農家では、この時期、ほとんどすべき作業がない。昼食には、山盛りのとうもろこしが食卓に登場し、バターをつけて、ミルクとともにいただく。昼食が終わると、ポーチの揺りかごで、レモネードを飲みながら本を読む。とうもろこしの葉のすれる音が高くなり、風を感じる。風が強くなると、雷雨が来る兆候である。日照と日没の地平線のかなたに、雷が小さく見える。風が強くなると雷鳴が近くなり、雨を降らせて過ぎていく。夏を三ヶ月ほど過ぎた感謝祭のころが、黄色くなったとうもろこしの収穫の時期である。とうもろこしは、すっかりその葉が枯れて黄金色になっている。華氏20度の寒さの中で一ヶ月をかけて収穫をする。大きなコンバインには、猟銃が備えてある。黄色いとうもろこしの茂みから、飛び立つキジを撃つのである。コンバインが畑を往復すると約40分。一日、数往復しかできない寒さである。雪が舞うこともある。取り入れの一日が終わる夕刻、皆で祈りをささげて帰宅する。収穫が終わると、とうもろこし畑を静謐が春まで支配する。このとうもろこし中心の生活を、ロマンをこめてドボルザークが作曲した「新世界」はアイオワで創造された。アイオワでは、とうもろこしが、生活のすべてである。


日本にいてアイオワを感じていただくには、アイオワ州で撮影された次の三本の名作をお薦めしたい:

  • 「Country:カントリー(1984年制作)」は、農業政策の失敗をまともに食らった農家が、何代もかけて開拓したとうもろこし畑を手放す苦難の物語。借金に加えて、不作が続く。とうもろこし畑を守らんと若い夫婦は戦い、挫折する。畑は緑ではあるが、雨が多く暗い。
  • 「Field of Dreams:フィールド・オブ・ドリームス(1989年制作)」は、神の声を啓示として忠実に聞き、とうもろこし畑をつぶして球場を造ると、かつて野球界を追われた1930年代の選手が野球をしにくる夢のようなお話。往年の名選手は、華麗な野球を終えて、球場を取り巻くとうもろこしの中にざわざわと消えていく。
  • そして、「The Bridge of Madison County:マディソン郡の橋(1995年制作)」は、見捨てられた屋根の付いた橋の写真を撮りに来たカメラマンと、GIの故郷であるアイオワの農家に嫁いだイタリア人女性との、四日間の短い恋を写している。百年も前に建造された屋根の付いた橋のたもとで、メリル・ストリープがたたずむ場面の背景は、暮れようとする夕日を浴びたとうもろこしの畑である。

この三本に共通する主人公は、実はとうもろこしの畑である。


最後に、「フィールド・オブ・ドリームス」での、とうもろこし畑の真ん中にある球場で野球をできた往年の名選手シューレス・ジョーと、球場を造った若い農場主ケビン・コスナーの会話を・・・


“Is this heaven?”  “No. It’s Iowa.”    「ここは天国かい?」 「いや、アイオワさ」


大統領選の帰結にかかわらず、アイオワ州ととうもろこしの畑の美しさは、天国のそれに匹敵し続けることであろう。

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