第13回:雑学の反省
農業を職業としていた父は、読書とはおよそ縁のない人生を送った。私は、生来本が大好きであったので、父は、少し心配したのであろう、こう言っていた「本を読むなら教科書を読め。教科書には人生で勉強しなくてはならないことが何でも書いてある。本屋に置いてある本は選んで読め。特に、雑誌とか週刊誌は「雑なこと」が書いてある本だからそのつもりで、読め」。このアドバイスは、逆効果を私に与えたようで、少年のころから雑誌は大好きである。教科書には書かれていないが雑誌にはのっている「雑なこと」とは、10代後半まで東京にあこがれていた私に、同時代を感じさせてくれる事件や、意見、思想、流行、のすべてであった。
1970年代後半に、念願としていた雑誌の定期購読が実現した。同時代の風にひたらせてくれる雑誌が登場し、社会人としてそれを買う金が少しではあるが、自由になったからだ。また、そのころの会社には、割合開放的なシステムが残っていたからでもある。当時、新丸の内ビルヂングにあったオフィスは、セキュリティー管理が厳しくなく、近くの本屋さんが出入りしており、社用以外の本も配達してくれたのである。定期購読を始めた雑誌は、1976年6月創刊の「POPEYE」であった。「Magazine for City Boys」がサブタイトルであった。その1年前、会社の費用で留学していた米国で初めて経験していた現象、生活、生き方、などを日本に展開しようと編集方針が私の気分にぴったりであった。ベトナム戦争後の、健康志向、ジョギング、NIKE、西海岸ファッション、などが、「POPEYE」のシンボルであった。しかし、「POPEYE」がもっと私の気分に合ったのは、社会の隅々から探してきた面白い出来事を、ことの大小・軽重にかかわらず、すべて平等に数行で書き切るコラムマガジンであった点にある。しかも、コラムの視点が、必ずしも人間本位ではなかった。例えば、バードウォッチングの大流行を、「鳥にとっては癪(しゃく)の種だ」とひねってみたりする、皮肉をこめたコラムの立ち位置に、単なるファッション誌にはないフレッシュさを発見できた。創刊号から100号ほど継続したが、突然、ファッション誌になったので止めてしまった。誌面にバブルのにおいを感じ始めたことも大きな理由だ。加えて、時代は1980年代に入り、日本企業が世界の中心になり、毎日仕事をしている会社自体が時代の風の中心になった。仕事の情報をいち早くつかみ、日々の仕事にこれまでにない工夫を凝らすことそのものが、楽しくて仕方ない毎日となったのである。
1980年代初頭、仕事人間に大変身しつつある私の気分に合う雑誌がでた。1980年4月に創刊された「Sports Graphic Number(スポーツグラフィックナンバー)」がそれである。創刊号は、広島のリリーフエースであった江夏豊の読者を見据える顔が、表紙の大半を占めており意表をつかれた。後に、スポーツ評論の古典となった山際淳司の「江夏の21球」が冒頭を飾っていた。2号は青木功、3号は具志堅用高とこわもての顔が表紙だった。「ナンバー」には、硬派のスポーツ雑誌としての主張があって、優男ではない江夏、青木、具志堅の路線は、中畑清、野茂英雄に継承されていった。また、サッカーをはるかにしのぐ、人気と狂気、それに侠気(きょうき)の入り交じったラグビーを毎試合意欲的に取り上げたのも、荒っぽい時代の気分にあっていたように思う。私自身も、高度成長期の波に遅れることなく、いけるところまでいこうじゃないかとの時代の気分に乗っていた。「ナンバー」を、たしか、5年ほどとったが、プラザ合意のころから、仕事で世界に挑戦することのほうがはるかに面白くなり、止めた。「ナンバー」も、おしょうゆ顔が主流となり、スポーツエリートの栄養の取り方、人生訓、が増えてくるのにも釈然としなかったのである。
これ以外にも、無数の雑誌にはまってきた。しかし、雑誌から得た知識は、私の日記などに「記録」として残ってはいるが、「記憶」としては残っていない。50歳代後半から、突然よみがえってくる「記憶」は、英語のリーダにあったヒラリーのエベレスト登頂記、枕草子の「春はあけぼの」などのフレーズである。雑誌によって感じていた同時代の風に吹かれている感覚を楽しんではいたが、風はただ私の周りを吹きさるばかりであったように思う。父が予言したとおり、「雑なこと」ばかりに知恵が回り、教科書の説いたいつの時代にも不可欠な本質をいまひとつつかみきれぬまま、歳を重ねてしまったようだ。
こう思った私は、今一度、古典を読もうと決心した。父が亡くなってはや24年がたち、66歳で亡くなった父の年齢に、私もいつの間にか近づいたからでもある。決意するのに遅くはない。しかし、決意を持って本屋に入った私はこの1週間で、英文を含めて4冊も雑誌を買ってしまった。病膏肓(やまいこうこう)に入る、である。



