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株式会社日立総合計画研究所

社長コラム

社長 嶋田惠一のコラム

[バックナンバー]白井社長コラム 第17回:怪物伝説

 IoTの時代が到来し、センサーなどを使ってさまざまなデータをリアルタイムで計測し、分析することが可能になりつつあります。データがあればさまざまな事象を比較することができます。逆にデータがなかった時代には空想が広がり、さまざまな「伝説」が生まれました。

 日立総研は、米国東海岸の学術、芸術の中心都市ボストンにあって、米国の政治、行政、外交分野の研究をリードしてきたタフツ大学フレッチャースクールと長年にわたり研究交流を続けています。2007年の春先、日立総研を訪問したフレッチャースクールのある教授と食事をする機会がありました。ボストンはMLB(メジャーリーグベースボール)の名門ボストン・レッドソックスの本拠地でもあります。レッドソックスの熱烈なファンである彼は、顔を合わせるなり興奮気味に語り始めました。「今年は日本からすごい投手がやって来るんだ。彼の本名はよく覚えていないが、ボストンではみんなもうDice-Kと呼んでいる。彼はジャイロ・ボールという魔球を投げるらしいんだ」。Dice-Kとは、横浜高校時代の夏の甲子園(全国高等学校野球選手権大会)優勝に始まり、プロ野球西武ライオンズでの数々の実績をひっさげ、この年6年総額5,200万ドル(約60億円、当時)の契約でレッドソックスへ入団した「平成の怪物」松坂大輔です。Dice-Kは、Daisukeの発音にかけた愛称ですが、Kは野球のスコアブックに記録するときの三振の記号ですから、彼が三振をとってくれることへの期待を、Diceは松坂との独占交渉権を得るために投じた資金を含めると、総額1億ドル以上を松坂獲得に投じた球団の賭けを意味していたのでしょう。

 時代はさかのぼり、1973年(昭和48年)春の選抜高校野球大会では開幕前から日本中の関心を集めていた投手がいました。彼は県予選等で8度のノーヒットノーラン(うち2試合は完全試合)を達成し、それ以外の試合でも、打たれるヒットは1試合にせいぜい1〜2本という、とんでもない記録を残し、高校生にして既に「昭和の怪物」でした。「怪物」の名は、栃木県にある作新学院のエースとしてこの大会で甲子園デビューした江川卓でした。開会式直後の第1試合で、江川の作新学院は出場30チーム中最高のチーム打率を誇る地元大阪の北陽高校と対戦します。当時のラジオの実況中継では、本来冷静に伝えるべきアナウンサーまで明らかに興奮しているのがわかります。それも当然で、初回はわずか15球で3者三振、それも1球もバットに当たることのないまま終わってしまいます。2回に5人目の打者が23球目にしてやっとバットに当てるのですがファウル。ところが、バットに当たったというだけにもかかわらず、甲子園球場全体のどよめく音がラジオからも伝わってきました。ちなみに彼が「怪物」と呼ばれた理由はもうひとつあって、もともと耳が大きくて外見が藤子不二雄Ⓐの漫画「怪物くん」に似ていたから、とも言われています。

 日本のプロ野球の歴史を振り返れば、古くは戦前から多くの剛球投手の「怪物伝説」が存在します。日本のプロ野球史上最高の「怪物」投手は、江川か、松坂か、それとも現在北海道日本ハムファイターズで活躍中の大谷翔平か。「怪物伝説」が形成される背景には、データがなく時代を超えた比較が難しかったという現実があります。日本で初めてスピードガンが導入されたのは1976年、現在のようなテレビのプロ野球中継で球速表示が行われるようになったのは1979年です。高校野球の中心地、甲子園球場でスピードガンによる球速表示が始まったのは、さらに後の1980年でした。また、投手の力はスピードだけでは測れない、むしろ球の重さ、球の回転だ、という意見もよく聞かれます。そうなると、異なる時代の「怪物」の比較はますます難しくなります。

 計測し、データを集積することができればそれを分析し、対策することができます。対策にどれだけ時間とコストがかかるかも推定できるようになります。「怪物伝説」のようなロマンはなくなるかもしれませんが、こうしたプロセスの確立はこれからの経済社会にとって大変重要な課題です。中国では、最近になって中央政府の国務院傘下にある環境保護部主導で、各地方政府に対して、川、湖沼、土壌などの汚染状況の計測に本格的に取り組み始めました。汚染状況がデータで明らかになってくれば、どれだけお金をかけることによって、どこまできれいにできるかを、検討することができます。

 日立総研では、現在社会システムのMRV革命を提唱しています。MRVとはMeasure(計測)、Report(報告)、Verify(検証)の頭文字をつなぎ合わせたものです。現代社会においては環境だけでなく、金融、コンプライアンスなどの分野ではいまだデータの計測や収集が十分でないため、時に大きな問題が生じる場合があります。技術を生かして制度整備を進めれば、リスクを低下させ、効率を高めることができる分野は、まだ数多く残されています。


(参考文献)
松井優史「真実の一球」竹書房、2009年

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