社長 嶋田惠一のコラム
日清食品の創業者で、チキンラーメンやカップヌードルの開発者として知られる安藤百福氏は、社長を退任した晩年、ユーラシア大陸へ麺のルーツを探る旅に出ました。
紀元前の時代から、シルクロードを経由して東西のさまざまな食文化が相互に伝わってきました。有名な麺の産地をめぐり、中国だけでも300種以上の麺を食べたという安藤氏は、それらの産地を「麺ロード」と呼びました。「麺ロード」は中国国内から西方のシルクロードへとつながっています。
今から6,000〜7,000年前に、小麦がメソポタミアからシルクロードを経由して中国に伝わり、中国で小麦を使って麺が作られ、その後13世紀の元の時代に、今度は西方に麺文化が広がったといわれています。現代においても、中国国内からシルクロードへと向かう各地には独自の麺文化が存在しています。かん水を使う手延べの著名な麺だけでも、東から順に、山東省煙台の西側に位置する福山の「福山大麺」、河南省の省都、鄭州の「魚焙麺」、かつての秦朝の都、陝西省の咸陽には「ビャンビャン麺」、甘粛省の蘭州には回族(イスラム教徒の少数民族)の「蘭州牛肉拉麺」、シルクロードに入り、新疆ウイグル自治区やその先の中央アジアのウズベキスタンなどイスラム文化圏には「ラグメン」があります。
中国を起源とする麺は、シルクロードの東西交流の歴史の中で、オアシス伝いにヒトからヒトへ、台所から台所へ、何百年もの時間をかけて伝えられていったのでしょう。イタリアのパスタの起源に関しては、いまだ解明されていないことが多々ありますが、中国の麺文化は中央アジアなどのイスラム世界を経て、最後はイタリアへたどり着き、スパゲティ、ラザニア、マカロニなど東洋とは異なる独自の「麺文化」を開花させたのかもしれません。
日本のラーメンも、中国から伝わった麺を日本人の好みに合わせて変化させていく中で、独自の麺文化として発展したものと考えられます。一方、安藤氏が日本で開発したカップ麺は、中国でも広く受け入れられ、今や新たな食文化として定着しています。
現代のシルクロード構想といわれる中国の「一帯一路」(One Belt, One Road)は、習近平国家主席が就任して間もない2013年に、「シルクロード経済ベルト」(陸のシルクロード)、「21世紀海上シルクロード」(海のシルクロード)として公表されました。背景にはインフラ建設による中国国内の経済格差是正、中央アジア、西アジア、欧州へ向けての経済権益の拡大、鉄鋼、セメント、建設など国内で過剰となったインフラ関連産業の新たな市場確保などの政治的意図があります。安全保障の観点でも、政治、経済、産業の中核機能が集積する沿岸地域が攻撃された場合を想定すれば、より脅威の少ない西方への開発を進めることは中国にとって重要でしょう。
一方で、中国は「一帯一路」を、現代の「シルクロード」として世界が受け入れるよう明確な大義を用意しました。古代ユーラシア大陸が多くの戦争によって苦難を経験した中においても、シルクロードは一貫して協力と友好、そして文化伝承の象徴でした。古代シルクロードの精神を継承して、現代の平和と経済発展につなげるという大義にはどの国も異を唱えることはありません。また、アジアインフラ投資銀行(AIIB)を創設し、資金面においても中国が大きな責任を果たすことを示したことは、戦後米国が西側諸国を対象に実施し、世界経済の復興に大きく寄与したマーシャル・プランを想起させました。
戦後の国際社会において、自由と民主主義、投資や貿易の自由化による経済発展を掲げ、覇権国としての立場を確立してきた米国ですが、自らが掲げてきた大義への自信が揺らいでいるかのように見えます。歴史上、覇権国が同盟国との関係を過度に緊張させれば、自らの覇権国としての立場を揺るがしかねません。近年、急拡大してきた中国の経済力、軍事力への懸念も聞かれますが、最も注目すべきは政治、外交において世界を動かす大義を示す中国の「構想力」かもしれません。
(注)
チキンラーメンとカップヌードルは、日清食品ホールディングスの登録商標です。
(参考文献)
石毛直道「麺の文化史」講談社、2006年
安藤百福「麵ロードを行く」講談社、1988年
坂本一敏「誰も知らない中国拉麺之路」小学館、2008年