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株式会社日立総合計画研究所

社長コラム

社長 溝口健一郎のコラム

第1回:デジタルとテロワール

 先日おいしい手打ちそばを食べた。冷たく締まったそばは甘みが控えめで、色が黒く、香りが高かった。そして、少し甘めのあご(飛び魚)だしのつゆとの相性が抜群であった。そばの産地を聞いてみると、場所は宮崎県で、品種はみやざきおおつぶだという。温暖な気候で育つ秋まきそばのみやざきおおつぶは、成熟するまでの時間が長く、湿害対策が必要であるなど、育成に手間がかかるとのこと。県内で他の品種の栽培が広がるなか、こだわりをもって長年みやざきおおつぶの栽培を続けている農家と縁ができ、風味にほれ込んで直接買い付けをしているという話だった。そばは産地によって風味が大きく変わる。栽培地の土に含まれるミネラルの成分や土地の気候にそばの生育が大きく影響を受けるからであろう。

 デジタル技術が規制改革を先取りする形で企業と個人を直接つなぎ、サプライチェーン、ビジネスモデルを変革する動きが加速している。各国、地域はこのデジタルの力を革新的なサービスや社会システムの開発につなげ、新たな競争力の源泉にしようとしている。デジタルによる革新というと、米国シリコン・バレーが思い浮かぶ。しかし、その活動の重心は現在米国からアジアに、徐々に移りつつある。2010年頃まで米国シリコン・バレーなどに集中していた世界のベンチャー投資は中国・インドを中心に新興国の都市・地域に分散を始めている。2016年のベンチャーキャピタルファンドの投資先上位30都市をみると、2000年代には圏外であった、中国6都市(北京、上海、天津、杭州、広州、深圳)、インド2都市(デリー、ムンバイ)がランクインしている。これらの都市には、自国出身の米国留学生の還流も含めて、最先端のデジタル人材が集まっている。デジタル技術や事業コンセプトは積極的に外から取り込む。そして、大きな国内市場をこれら技術、事業コンセプト検証の場として開放することで、短期間で現実のサービスに仕立てて行く。日立総研では、このような市場主導でクロスボーダー・クロスインダストリーでの革新を起こして行く地域をイノベーションホットスポットと呼び、研究を進めている。

 今後、このようなイノベーションホットスポットでトライアルが進み、新しいデジタル応用技術やサービスがグローバル市場に登場してくるだろう。これらの動きについて、デジタル覇権をめぐる地域間競争と捉えることは可能である。しかし、例えば中国で急速にユーザーを拡大させた自転車シェアリングをみると、元々はライドシェアという米国発の事業コンセプトが、国内の交通事情や、ユーザーの生活習慣など、地域の環境に対応する形で改変され、サービスとして普及・拡大してきたことが分かる。

 有望なデジタル技術やコンセプトを市場の力で事業に結びつけるためには、市場を構成するユーザーに受け入れられることがまず重要である。テロワールという言葉は、作物に「固有の個性を与える土壌、地勢、気候などの自然環境上の特徴」(広辞苑第7版)を指す。種となる技術、事業コンセプトを国内市場という土壌で育成して、「出荷」する。これまでデジタルによるイノベーションの産地は米国であったが、これからは、さまざまなテロワールを持ったイノベーションが各地で育ち、併存する時代が到来するのではないか。企業としては、どこのイノベーションホットスポットにアプローチするのか、そして、その場合の関わり方として、種を提供するのか、育成を担うのか、出荷に力を貸すのか、の戦略を見極めて行く必要がでてくる。その場合に、各地の土壌に相当する財政、社会制度、事業・生活環境の冷静な分析が重要であることはいうまでもない。