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株式会社日立総合計画研究所

社長コラム

社長 嶋田惠一のコラム

第9回:デジタルとサステナブル

私は学生時代、休みになると自転車で旅に出掛けていた。たくさん荷物を自転車に積み、野宿をしながら数週間、ペダルをこいで旅をする。自転車で国内のさまざまな場所を旅行したが、覚えているのは、どこかの名所というよりも、海岸で野宿をした時の波の音であったり、林道を経てたどり着いた山の中のキャンプ場で見上げた満天の星であったり、厳しい峠道を上り切った後に感じた、すがすがしい風であったりする。

数十年たった今、その思い出がよみがえるのか、たまに私はキャンプに出掛けたくなる。そして、家族を巻き込んで、車にキャンプ道具を積んで、町から離れた場所にテントを張って過ごしてみる。この衝動はなぜ起こるのだろうか。町の喧騒(けんそう)から離れた静かな世界に身を置きたいということなのか、外に出て自然に触れ合うことで新鮮な空気や安らぎを感じたいのか、火をおこしたり、寝袋で寝たりといったイベントを楽しみたいということなのか。

しかし、現実にはキャンプであっても、長い間、町の喧騒から離れる、非日常に身を置くというのは難しいことに気づかされる。最近はアウトドアブームということもあるのか、高規格なキャンプ場が多い。場内は夜でも明るく、電源も使える。温水洗浄便座付きトイレや場内に風呂場があるキャンプ場さえある。近くのコンビニやスーパーは食料の買い出しを楽にしてくれるし、スマホを使って、気になるスポーツの結果やニュースも確認できる。そして何カ月か前にインターネットで予約をしておけば、安心してきれいで人気のあるキャンプ場を利用することができる。

自転車で旅をしていた時は、旅の行程全てではないが、林道を走っていた時はめったに人に遭うことはなかった。キャンプ場で過ごしていた時は、町の喧騒を感じることはなかった。私にとって昔のキャンプ場のイメージは、夜何かが出てきそうなくらい暗くて、設備も質素なものであった。利用者はハイカーや私のようなサイクリストが中心であり、会話を交わしたとしても、その内容は、どこからどのルートで来たのかとか、明日の天気はどうなりそうだとか、だったように記憶している。そうして、数週間過ごして東京に戻り、新聞やテレビを見て、旅の間に起きていたニュースに驚くこともあった。

今やキャンプは手軽で快適になり、多くの人が楽しむレジャーになった。オートキャンプが普及し、キャンプ場では、懐中電灯が照明に変わり、トイレがくみ取り式から温水洗浄便座付きに変わり、湧水・井戸水が温水に変わった。24時間開いている近くのコンビニやスマホも登場した。この数十年でキャンプの1人当たりエネルギー消費量は大きく拡大しただろう。

今、多くの国、地域がネットゼロを宣言している。社会インフラ、産業サプライチェーンの脱炭素化を進め、持続的な社会形成と経済成長の両立を実現する取り組みが進む。まずは、再生可能エネルギーを拡大し、化石資源の利用を減少させる。社会のエネルギー消費の約6割を占める熱エネルギーの電化を進めると同時に電力システムを強化し、エネルギー利用効率を改善させる。

しかし、その一方で、人口の拡大や、「手軽で快適」の進化は人々のエネルギー消費量を今後も増大させる。そう考えると、持続可能な社会形成には、供給側の対策とともに需要側の対策も重要になる。例えば現在、人々の年間の経済活動に必要な再生可能資源(森林、耕作地、牧草、漁場などの面積)は地球の1.7倍分と言われている。少なくとも、1人当たりのエネルギー、資源消費量を減らすための取り組みが必要だろう。

例えば、これまで、再生可能資源はそのほとんどが1次利用の後廃棄されているが、これを再利用・循環させてはどうだろうか。シェアリングによって、無駄なモノを増やさない取り組みも期待できる。また、レジ袋をマイバッグに替えるように、日々の多少の不便利の積み重ねの重要性も拡大するだろう。その実現のためには、資源の需要と供給を見える化、マッチングする仕組みや、ユーザーにとっては生活習慣を変えることによる社会的、経済的メリットの提示が重要になるだろう。地域ポイントとのサービス連携や楽しいイベントへの招待など、不便をがまんでなく楽しみに変えるような工夫があったら良いと思う。

自転車で旅をしていた時、なぜそんなに苦労して峠道を上るのか、なぜ宿に泊まらず野宿をするのか、と人によく聞かれた。それに対する私の答えは、峠のすがすがしい風や、満天の星というご褒美が厳しい上り坂や不便な野宿の後に待っていることを知っているから、である。少々の不便利を許容するためには、その先にたくさんのご褒美がある、ということの実感、理解が重要になるということだろう。