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株式会社日立総合計画研究所

社長コラム

社長 溝口健一郎のコラム

第12回:デジタルとライン(行間)

メールでの情報のやりとりは難しい。特に相手の感情を読むのは難しい。 メールのぶっきらぼうな文面から、相手が怒っているのかと思って恐る恐る会って話をしてみると、意外とそうでなかったり、了承をしてもらったと思って、話を進めていると「そんなつもりはなかった」と言われたり。「行間を読む」のは難しいと感じる。

メールでの情報のやりとりの難しさは、会ったことのない相手の場合はなおさらである。仕事の場合は、相手の所属部署、肩書や文章のスタイルから、プライベートの場合は、友人関係や、知り合いの誰と同じ年代か、などから姿を勝手に想像してやりとりをする。とにかく、相手が何者か分からないので、行間を読むことは困難である。

会ったことのある人であれば、過去の様子を脳内で再生させながらメールのやりとりをするが、これも長い間会っていないと、情報が古すぎて、間違いを犯すことがある。メールのやりとりをして、その後、実際に会って話をしていると、実は送ったメッセージの中で「地雷を踏んでいた」ということに気が付くこともある。

こうして考えてみると、人はさまざまな情報で、行間を読み、やりとりをしていることが分かる。米国の心理学者メラビアンがまとめた論文「Silent Message」(1971年)では、2人の会話でやりとりされる情報を、①口から発せられる言葉(verbal)、②声色(vocal)、③顔の表情(facial)の三つの要素に分解し、人間はそれらのどの要素から多く影響を受けているかを分析している。

例えば、「あなたのことが好き(嫌い)」という言葉と異なる(inconsistent)、声のトーン(低(高))や顔の表情(怒り(笑顔))をした場合、相手はどこから言葉の真意を読み取るか、といった実験を繰り返し実施して、三つの要素のインパクトの大きさを定量化している。実験の結果は①言葉:7%、②声:38%、③顔の表情:55%、つまり話している内容と態度が異なるような、特に不穏な雰囲気の会話の場合、人間は必死になって、言語の周辺情報を探り、行間を読む作業を行っているということになる。

ショートメッセージやメールが登場する前の時代、リモートでの会話の手段は主に、電話やファクス、手紙だった。電話をかける時の余計な緊張感や、ファクスや手紙の書面を作成して送る手間などがあるが、情報のやりとりという点では、声の調子や文字が大きくなったり、乱れたり、で気持ちを伝えることができた。しかし、メールになると、これらの周辺情報がそぎ落とされ、とにかく用件を伝える言葉だけが相手に伝わることになる。

現在はスマホや、パソコンで、面と向かって言い出しにくいことも、ショートメッセージやメールなら、切り出しやすい部分があるが、本当に自分の気持ちや、悩みを話したいと思った時、会話で間違いがないようにしたいという時は、フェーストゥーフェースで話をするのがお勧めということかもしれない。絵文字がEmojiとなって各国で普及するのは、メール文化で失われた情報を取り戻す手段といえる。テキスト情報に感情を載せて相手に伝えたいという欲求は世界共通ということだろう。

新型コロナの感染が拡大し、ホワイトカラーを中心に、リモートワークが定着してきている。ネットミーティングも便利で使いやすい。しかし、この2年半の間に、職場の人たちの入れ替わりが発生していて、ネットミーティングで顔出しにしても、実際にオフィスで見かけると、顔と名前の一致が怪しいと感じることがある。

「百聞は一見に如(し)かず」。百聞とは、聞いた話が本当かどうかの確認も含めて、いろいろな人の話を聞いて、周辺情報を補足しながら実際に起こったことを想像する作業だと理解している。伝達情報は百聞、リアルは一見。デジタル技術は百聞をどのくらい少なくしてリアルに近づけてくれるだろうか。感情や周辺情報をやりとりすることで、離れていながら、リアルに近い意思疎通を図ることができるだろうか。時間、空間を超えたコラボレーションの世界はまだ始まったばかりである。