ページの本文へ

Hitachi

メニュー

株式会社日立総合計画研究所

キーワード

「旬」なキーワードについての研究員解説

欧州中央銀行制度(European System of Central Banks)

所属部署:研究第一部経済グループ
氏名:勝又 求

欧州中央銀行制度とは

欧州中央銀行制度 (European System of Central Banks、以下ESCB)とは、EUの中央銀行機能を果たす枠組みで超国家的機関である欧州中央銀行 (European Central Bank、以下ECB)と、EU加盟全27カ国の中央銀行(National Central Banks、以下NCBs)で構成されます。ESCBは、1998年の発足当初、EU全加盟国が単一通貨ユーロに参加することを前提として設けられた枠組みでした。しかし実際には、英国などがユーロに参加しなかったため、ECBとユーロ参加17カ国のNCBsで構成されるユーロシステムが、ユーロ圏内の金融政策の決定と実施、外貨準備の保有と運用、外国為替操作の実施、決済システムの円滑な運営の促進を行っています*1。

ECBとユーロ参加17カ国NCBs間の権限分割

単一通貨ユーロに参加した17カ国における中央銀行機能は、ECB と17カ国のNCBsが担うことになりますが、ESCBの定款に従い、権限はECB とNCBs間で分割されています。 ECBの権限は、政策金利調整などユーロ圏の金融政策の決定、公開市場操作の決定・調整・モニタリング、ユーロ紙幣(中央銀行券)発行の計画・調整・モニタリング、(時には個々のNCBsと共同での)為替介入による外国為替操作、決済システムの運営、ユーロ圏内の銀行システムの監視などです。

ECBには政策理事会(Governing Council)、一般理事会(General Council)、役員会(Executive Board)の3機関があります。政策理事会は、総裁、副総裁、理事4名と、ユーロ参加17カ国のNCBs総裁の計23名で構成され、ECBの最高意思決定機関として、政策の決定を行います。一般理事会は、総裁、副総裁とEU加盟全27カ国のNCBs総裁の計29名で構成され、政策理事会へ助言します。役員会は、ユーロ参加国の全会一致を受けて指名された、総裁、副総裁、理事4名からなり、政策理事会で決定された政策をNCBsへ指示・監督します*2。

一方、NCBsの権限は、ECB決定事項の実行です。NCBsは、ECBが決定した政策を実行するため、公開市場操作を行ったり、ユーロ紙幣を印刷発注、管理、監督したり、独自にまたはECBのために外貨準備を管理したり、決済システムを運営したり、自国内の銀行を監督したりしています。

ユーロ参加国のNCBsは流動性危機に対抗できない

現在、ギリシャ、アイルランド、ポルトガルで債務不履行(国債のデフォルト)が懸念され、さらにはスペイン、イタリアでも国債金利が上昇しています。支払い能力に問題がないようにみえる国々にまで懸念が広がっている背景には、ユーロ参加国では流動性が枯渇する可能性があるためと思われます。流動性の枯渇とは、ユーロが他国に流出することで、決済などに使用するユーロが足りなくなってしまうことです。

国債のデフォルト懸念が生じた際、単一通貨制度の参加国か否かによって状況がどう異なるか、ユーロに参加していない英国と参加しているスペインとで比較してみましょう*3。

英国で英国債の債務不履行が懸念され、投資家が英国債を売ってドイツ国債を買う行動を取ったとします。ドイツ国債購入のためには、外国為替市場でポンドを売ってユーロを買う必要がありますが、取引の相手方が入手したポンドは英国の銀行システムにとどまります(bottle-up)。英国内の通貨供給量は、こうした投資家の行動によっては変化せず、中央銀行であるイングランド銀行のコントロール下にあります。ポンド建てで発行された英国債が、ポンドという流動性を政府が入手できないせいで、返済できなくなる事態はありえません。

一方、スペインでスペイン国債の債務不履行が懸念され、投資家がスペイン国債を売ってドイツ国債を買う行動を取ったとします。ドイツ国債購入の支払いの結果、ユーロがスペイン国内の銀行システムからドイツ国内の銀行システムへ流出し、通貨供給量はユーロ圏全体では不変なものの、スペイン国内では減少します。スペイン中央銀行にはECBの指示なく公開市場操作で準備預金を増やしたり、ユーロを印刷発注したりすることはできません。ユーロ建てで発行されたスペイン国債は、ユーロという流動性を政府が入手できないために返済できないという事態がありえるのです。この流動性への懸念から国債金利が上昇すると、当初は支払い能力に問題がなかったとしても、高金利によって支払い不能に追い込まれかねません。

流動性懸念への対応が試されるESCB

上のスペインの例では、流動性懸念に対抗できる権限を持つのはECBです。実際、ECBが2011年8月に市場から大量のスペイン国債、イタリア国債の購入を決定した際には、両国債の金利は低下しました。しかし、こうしたECBの行動への抗議として、9月9日、ECBのドイツ出身の役員会メンバーであるユルゲン・シュタルク理事が辞任するなど、一枚岩の行動が取れていません。ECBが国債を購入するのではなく、EFSF(European Financial Stability Facility)を銀行化してレバレッジをかけて購入するなど、さまざまな案が検討されています。

*1
外務省「EUの金融政策」
*2
ECB FACTS slides/Organisation
*3
De Grauwe, Paul. “The Governance of a Fragile Eurozone” Ceps working document, No.346, 2011.

バックナンバー

2022年12月21日
2022年11月14日
2022年05月24日
2022年04月15日
2022年02月15日
2021年11月01日
2021年10月27日
2021年08月24日
2021年04月12日
2020年12月23日
2020年11月25日
2020年10月05日
2020年05月18日
2020年04月02日
2020年01月10日
2019年03月14日
2018年12月13日
2018年11月06日
2018年07月27日
2018年05月25日
2018年04月02日
2018年02月09日
2017年08月31日
2017年07月07日
2017年06月19日
2017年05月29日
2017年05月23日
2017年04月05日
2017年02月24日
2016年11月25日
2016年09月01日
2016年03月07日
2016年03月01日
2015年04月22日
2015年03月12日
2015年01月28日
2014年09月03日
2014年09月03日
2014年05月21日
2014年02月19日
2013年11月14日
2013年10月03日
2013年09月19日
2013年08月21日
2013年07月09日
2013年07月09日
2013年02月26日
2013年02月25日
2013年02月25日
2013年02月07日
2012年11月19日
2012年10月10日
2012年10月10日
2012年10月03日
2012年10月03日
2012年10月03日
2012年08月23日
2012年08月02日
2012年07月10日
2012年05月31日
2012年03月30日
2012年03月29日
2012年02月24日
2012年02月03日
2011年12月14日
2011年11月30日
2011年10月27日
2011年10月11日
2011年09月30日
2011年09月02日
2011年08月03日
2011年05月20日
2011年03月31日
2011年02月21日
2011年01月07日
2010年09月29日
2010年09月27日
2010年08月24日
2010年03月29日
2010年03月05日
2010年03月04日
2009年12月01日
2009年10月23日
2009年08月20日
2009年08月06日
2009年06月23日
2009年06月23日
2009年06月22日
2009年06月01日
2009年05月28日
2009年05月27日
2009年02月13日
2009年02月05日
2009年01月23日
2008年11月07日
2008年10月28日
2008年10月28日
2008年10月21日
2008年10月09日
2008年09月09日
2008年08月05日
2008年06月25日
2008年05月14日
2008年05月13日
2008年03月18日
2008年03月03日
2008年02月27日
2007年12月17日
2007年12月03日
2007年11月27日
2007年10月29日
2007年08月01日
2007年07月17日
2007年07月02日
2007年06月15日
2007年06月01日
2007年05月16日
2007年05月07日
2007年04月18日
2007年04月04日
2007年03月19日
2007年03月01日
2007年02月21日
2007年02月05日
2007年01月18日
2007年01月04日
2006年12月12日
2006年12月01日
2006年11月14日
2006年11月01日
2006年10月18日
2006年10月02日
2006年09月15日
2006年09月01日
2006年08月24日
2006年08月01日
2006年07月04日
2006年06月27日
2006年06月05日
2006年05月23日
2006年04月10日