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株式会社日立総合計画研究所

インタビュー

研究活動などを通じ構築したネットワークを基に、各分野のリーダーや専門家の方々と対談

長期的なオペレーショナル・エクセレンスの実現に向けた企業変革
~「選ばれる投資対象、選ばれるパートナー、そして選ばれる雇用者」となるための取り組み~

2007年から2013年まで最高経営責任者(CEO)を務めたシンシア・キャロル氏の指揮の下、世界的な鉱業会社アングロ・アメリカン社は組織体制の戦略的見直しや再構築を行い、オペレーショナル・エクセレンスと高い収益性を安定的に実現する企業へと転換しました。2013年6月、日立製作所の社外取締役に就任されたシンシア・キャロル氏に、これらの課題にどのように取り組み、企業文化を革新させたのかについて伺いました。

シンシア・キャロル 氏  Cynthia Carroll

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スキッドモア大学で地質学学士、カンザス大学大学院で地質学修士、ハーバード大学経営大学院で経営学修士を取得。
1982年、コロラド州デンバーのアモコ社に入社、石油地質学者として勤務。1989年、アルキャン社に入社。
ケンタッキー州の梱包(こんぽう)会社のマネージャー、ボーキサイト、アルミナ、スペシャルティケミカル事業のプレジデントやプライマリーメタルグループのプレジデント兼CEOを歴任。その後2007年1月、アングロ・アメリカン社に入社、2013年4月までCEOとして在任。
FTSE 20社に名を連ねる世界有数の鉱業会社であるアングロ・アメリカン社は、約150,000名の従業員を擁し、
アフリカ、南米、オーストラリア、北米、およびアジアの45カ国で事業展開。2013年6月、日立製作所の取締役に就任。

日立の印象

川村:2013年6月に日立の取締役に就任いただいてから3カ月が経ちました。まず、日立の第一印象についてお話しいただけますか?

シンシア・キャロル:日立は世界的に有名で、尊敬されている企業です。また、モノづくりにおいて最高峰の品質を持ち、極めて洗練された技術と革新性を備えています。川村会長と中西社長は変化に対し柔軟かつオープンで、企業経営において積極的に新たな視点を追求しておられます。事業のあらゆる面で世界レベルを目指しており、真のグローバル企業になるためには、思考や経験の多様性が鍵になると考えておられます。私は取締役会での活発な議論や、役員の方々が積極的で意思疎通のレベルが高いことにも感銘を受けました。このような組織に関わることができて光栄に思います。今後の日立の発展、戦略、価値創出に貢献できることが楽しみです。

川村:キャロルさんは、アモコ社(米国の石油会社)、アルキャン社(カナダのアルミニウム企業)、アングロ・アメリカン社(英国の鉱業会社)など、世界的な企業で長年経験を積んでいらっしゃいました。グローバル企業では、意思決定のスピードが重要であると思いますが、時にわれわれは遅れてしまうこともあります。欧米の企業が日本企業より意思決定が迅速である要因は何だと思いますか?また日本企業は現状を変えるためにどのような対応が必要でしょうか?

シンシア・キャロル:私は、アングロ・アメリカン社に6年以上勤め、それ以前はアルキャン社で全社の売上の約75%を占めるアルミニウム事業を率いていました。アルキャン社では、アルミニウム業界における同社の位置付けを大幅に見直し、コスト削減も進めました。その結果、同社のプライマリーメタルグループは、利益額、利益率、成長率で史上最高の記録を達成することができました。さまざまな国で生活し、事業を率いることができたことは幸運でした。今日の株主は、企業や役員に対し、事業計画の変化に対して迅速かつ柔軟に対応することを求めています。しかし、そうした要求にはメリットとデメリットがあります。特に50~100年という長期間で事業を行う資源関連企業の場合、株主が短期的な収益ばかりを求めるとデメリットも生じます。一部の株主が求める短期的な収益と、CEOや役員の長期的意思決定や投資判断が矛盾する場合があることは想像に難くないでしょう。日立は、長い歴史と長期間勤める従業員を擁する非常に安定した組織で、組織内に誇りと責任感も確立されています。一方、グローバル化を進めるためには、グローバルスタンダードに対する理解や迅速な対応力が求められます。アングロ・アメリカン社において、私はリーダーとして、意思決定を組織の最深部まで浸透させ、業績を重視しつつ、共通の基準と目的によって結ばれた文化を持つフラットな組織を構築することを試みました。従業員との定期的なコミュニケーションも図りました。CEOに就いた当時、私はまず世界中の拠点を訪ね、経営陣や従業員、政府首脳や労働組合の幹部などステークホルダーの方々と会いました。その結果、当時のアングロ・アメリカン社は明確なビジョンや意思に基づく共通目的によって結ばれた組織ではないことが分かりました。例えばオーストラリアの鉱山の現場では、前後の工程を担当するマネージャーたちが、ミーティングをして議論することもほとんどなかったのです。そこで、私は「資産最適化」(Asset Optimization)と呼ばれる活動をグローバルに導入しました。従業員が自らの意思決定の価値を高め、各事業のバリューチェーンのアウトプットを伸ばすよう日々努めるようにしました。私は、このスキームを、改善の余地が大きかったオーストラリアへ最初に導入したわけです。すると、2 0 0 7 年時点ではオーストラリアの原料炭事業は約700万ドルの赤字でしたが、2011年には約12億ドルの黒字に転じました。2012年には、露天掘りと坑内掘り(地下掘削)で過去最高の生産性を実現しましたが、それは数年前にはとても実現不可能と考えられたことでした。従業員が業績や達成すべき目標を常に共有できるシステムを開発したことで、われわれは結果を出すことができたのです。アングロ・アメリカン社の従業員には、会社の一翼を担うメンバーとして、相乗効果の発揮に努め、業務プロセスや社内制度を合理化すること、担当業務のベストプラクティスについて学ぶこと、そして競合他社の業績とのギャップを認識することを常に求めました。そして、重要な点として、意思決定の前に社内のコンセンサス獲得を図る一方、重要な決定は役員に、また最終的にはCEOに委ねられることが明確にされていました。欧米企業と日本企業との差は、意思決定のスピードの差に起因するものだと思います。これは、国際経験を積んだリーダーが各地に配置されている水平な組織であるかどうかによるところが大きいのです。アングロ・アメリカン社の場合、共通言語は英語で、役員には8カ国の出身者がいます。キャリアの大半が国際ビジネスであり、多くの役員が自国以外の複数の国で暮らし、働いた経験がありました。私もさまざまな事業を率い、 さまざまな職務に就きました。異なる視点と経験を持つ人の意見に耳を傾けることで、より良い問題解決策を得ることができるというのが私の信念です。

川村:コーポレートガバナンスについてですが、われわれは米国式のコーポレートガバナンスを採用しています。グローバル企業におけるステークホルダーとのミーティングや取締役会、役員会議の役割についてどのようにお考えでしょうか?

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シンシア・キャロル:取締役会の主な役割は、株主の利益を守ることです。企業や事業部門の戦略について話し合い、内容を確認して、予算や事業計画の執行を支援する役割を担います。時には経営リスクに対処すると共に、会社の財産を守るために適切な措置を講じ、資源の最適配分を確保しなければなりません。取締役会は、株主の利益を一定期間にわたって実現し、組織の専門家でありリーダーでもあるCEOや役員の意思決定の支援を両立させる必要があります。執行役員会(執行委員会)の役割は、事業遂行と結果に責任を持つことです。執行役員会のメンバーは、事業推進上の選択肢を検討し、定期的に取締役会に提案を行います。組織運営やリーダーの選定方法が適切かどうかを見ながら、将来の後継者も含め、優秀な人材の輩出に努めます。オープンで透明性の高いアプローチを通じて、さまざまなステークホルダーとの対話に関わるのも執行役員会の役割です。2013年6月の日立の年次株主総会に出席した際、株主の質問にしっかり答えようとする役員の方々の姿勢には、大変感銘を受けました。

川村:以前の日立の年次株主総会は、比較的堅苦しい雰囲気を持っていましたが、最近では、株主は率直に質問し、われわれもできるだけその質問に答えようと努めています。アングロ・アメリカン社におけるステークホルダーとのコミュニケーション方法について、お話しいただけますか?

シンシア・キャロル:ステークホルダーの鉱業会社への関心、期待の内容は年々変化しています。今日では、各国の政府は鉱業会社に対し、道路、電力、住居、港湾、鉄道といったインフラへの開発投資を増やすよう求めています。また地域社会は、鉱業会社が、現地の雇用創出やインフラ開発を推進し、どのような直接的な収入を地域にもたらしてくれるのかを、良く理解したいと考えています。例えばアングロ・アメリカン社は、私が退任した2013年4月の時点で30カ所を超える拠点を南アフリカに持っており、採鉱以外の雇用創出に注力し、地域社会に貢献してきました。その事業モデルをペルーやチリ、ブラジルにも導入しています。地域社会が持続可能な成長を実現するためには、地場産業が資源開発に過度に依存することは避けなければならないと考えます。今の鉱業会社は、開発投資をして、20~30年後に採掘を終えたらその場を立ち去るようなことはしません。アングロ・アメリカン社は、経済性と環境保全の両立を考えます。閉山後も地域社会が以前よりも豊かになる方法を考えます。持続的、経済的な成長を地域にもたらすことが現在の鉱業会社に強く求められていると思います。鉱業事業のステークホルダーとのコミュニケーションでは、開発事業に関して、適切な理解を地域から得ること、さまざまな利害関係者の間を調整することが重要です。地域とのあらゆる対話において、常にオープンで高い透明性を保つ必要があります。例えばペルーでは、数年前、ステークホルダーや地域社会が、われわれに資源開発プロジェクトの中止を求めたことがありました。水利用、環境保護、雇用創出、従業員教育といった多様な課題を含むプロジェクトを継続展開する上で、政府や地域社会の理解を得る必要がありました。私は当時のガルシア大統領、その次のウマラ大統領と開発プロジェクトに関して話し合いを行いました。さらには、28の異なるステークホルダーグループと「対話の場」を設定し、プロジェクトがどのような利益を地域にもたらすのかについて18カ月間にわたって対話を続けました。また、ステークホルダーによる開発可否に関する投票も実施しました。それも含めて先に進む判断を行いました。最終的には、ウマラ大統領から「アングロ・アメリカン社は、ステークホルダーの開発プロジェクトへの参画と資源開発の理想的なモデルを作り出した」とのお言葉を頂くに至りました。

川村:28もあるステークホルダーグループの見解はそれぞれ大いに異なり、全員を満足させることはできなかったでしょうね。

シンシア・キャロル:それは不可能です。しかし、資源開発によって何を実現しようとしているのか、どのようにしてそれを実現すべきか、容認できることとできないことは何か、どのようなルールを作るか、を明確にすることはできます。そして、企業と地域社会がどのように協力できるのか、長期的な目標達成のためにどのようなビジョンが必要であるのかを共有するのです。資源開発においては、企業は世界中の政府や地域と協力し、長期的に双方にとって有益な関係を築くことが極めて重要です。私は、開発事業を展開した、あるいは投資対象候補として検討した国の元首や政府官僚と多くの時間を過ごし、共にどう行動すべきかについて共通理解を得ようと、きめ細かな対話に努めました。

アングロ・アメリカン社における企業再構築と企業文化の変化の推進

川村:キャロルさんがアングロ・アメリカン社の最初の女性CEOとして務められた2007年から2013年4月までの期間、世界的な景気低迷により資源価格が急落する一方、世界の一部地域の鉱山では労働管理の問題が生じるなど、鉱業産業は需給両面で困難な局面を迎えました。改めて、鉱業会社のリーダーとして、これらの課題に対してどのような対応を取られたのかについて、お話しいただけますか?

シンシア・キャロル:私は、CEO就任と同時に、組織内の誰もが会社の利益創出を目指して、それぞれの役割を適切に担えるように、会社を代表するビジョンと目標を明確に定めました。そして従業員全員の足並みをそろえるため、ビジョンと目標に基づいた、全社レベル、事業レベルの戦略を定めました。加えて、組織構造を合理化し、各事業が最も注力すべき地域にそれぞれリーダーを置きました。110億ドルを超える資産を売却しました。就任後3年間で合計20億ドル相当のコスト削減効果を上げることをステークホルダーにコミットし、全従業員がそれを意識して取り組みました。その結果として、3年間でおよそ32億ドルのコストを削減することができました。加えて、安全面の取り組みにも重点を置きました。アングロ・アメリカン社では2002年から2006年の間に毎年平均46人が事故で死亡していたのです。命を守ることが全従業員共通の理念となりました。安全意識が高い企業では、従業員がチームの秩序を厳格に守って協力する土壌ができており、強い企業文化が醸成されていると私は信じています。最終的には、犠牲者は2012年に年間13人にまで減少しました。すでに述べましたように、従業員には、さまざまなステークホルダーと積極的に向き合い、誰もがアングロ・アメリカン社の代表選手であることを意識するよう、繰り返し話しました。われわれは「選ばれる投資対象、選ばれるパートナー、そして選ばれる雇用者」になることを目標にしました。2009年と2012年には2度の大きな景気後退を経験しましたが、2008年と2011年の2年は記録的な利益を上げることができました。2011年の営業利益は111億ドルです。景気が後退した2012年は、8事業部門中5部門で記録的な生産量を達成することができました。もちろん景気後退期には、投資案件の優先付けを行い、対策を講じる必要がありました。間接費を大幅に削減し、一方で短期的に多額のキャッシュを生むと判断した主力4製品への投資は継続しました。2012年にはそれらのプロジェクトが軌道に乗り、12億ドルの純利益を創出することができました。私の在任中に、アングロ・アメリカン社の企業文化は変革を遂げたと確信しています。従業員の足並みがそろい、事業目標の焦点が絞られるようになりました。中・長期的な戦略の方向性や短期的な業績目標が明確になりました。業績を重視すると同時に、地域社会やステークホルダーとの対話を尊重しようとする企業文化が育まれました。当然ですが、企業文化を一夜にして変えることはできません。絶えず変革を続け、異なる思考や目的意識を社内に培う必要があります。それには長い時間がかかります。そういう意味では、現在もなお道半ばと言えます。

川村:鉱業会社の場合は、好不況の波が激しいですね。

シンシア・キャロル:最近は、景気変動の周期がますます短くなっています。そのため、焦点を絞った戦略を立て、景気循環のどの段階においても収益を生む事業基盤を整備することが重要です。例えば、循環の初期では鉄鉱と原料炭、中期では銅とニッケル、終期では白金とダイヤモンドを生産するという具合に、です。このように景気変動の波に合わせて価値を生むような、幅広い商品を扱う鉱業会社は、アングロ・アメリカン社以外、世界にありません。

川村:今は中国の成長率が低下しつつあり、米国経済の回復も思うほど進んでいません。鉱業会社にとっては困難な時期かもしれません。

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シンシア・キャロル:中・長期的には、私は鉱業の先行きについて楽観視しています。今後数十年、十分な需要が見込めるでしょう。しかし、企業がアフリカや北極のような場所にまで新たな資源を求めるようになった今日、採掘資源の質は低下し、資源へのアクセスが一層困難になってきています。前に申し上げたように、政府、特に発展途上国の政府は、より多くのインフラ投資を鉱業会社に期待し、増税や直接出資など、さまざまな手段を通じて、より多くの利益を鉱業会社から引き出そうとしています。アングロ・アメリカン社は、採掘コストが低く、かつ将来的に拡張可能で、規模も大きい一次資産(鉱脈)を求めてきましたが、見付けることは今や難しくなっています。将来、この業界で成功する企業とは、低コストで、市場価値を高める商品を選別でき、政府やステークホルダーとの複雑な関係調整を主導できる企業でしょう。中国の成長率は低下していますが、都市化は少なくとも今後20年は続くでしょう。さらに、インドの中流層の規模は約3億人と大きく、2025年までに約5億8,500万人に拡大すると予測されています。その他の発展途上国でも、米国などの先進国と同様に、天然資源へのニーズは膨大です。現在の需要水準は今後も維持され、銅などの一部の主要資源の供給は安定的に推移するでしょう。この業界の先行きは明るいと思っています。

川村:現在の不安定な市況において、鉱業会社は採鉱の生産性向上に努めていると伺いました。一例として、ダンプカーのオペレーションの自動化など、技術的なイノベーションの創出 に努めていると聞きます。将来、資源開発の生産性向上に、どのようなイノベーションが期待されると思われますか?

シンシア・キャロル:鉱業分野のイノベーションは黎明(れいめい)期にあります。そのため機器メーカーには、画期的な応用技術の開発を通じて、鉱山業界の生産性向上に貢献できる機会がこれまでになく存在します。メーカーが鉱業会社のパートナーとして協力し、資源開発用車両や掘削ツールの性能およびエネルギー効率を高めると共に、ITによって生産制御・管理業務を改善する余地が大いにあります。これらは、生産性の向上のみならず、管理オペレーションコストの削減でも大きな成果を生み出す可能性があります。バーチャルマイニングや集中管理室から複数の施設を運用するという考え方は比較的新しく、これらを効果的に実践できる鉱業会社はまだ少ないです。遠隔操作できる無人ダンプカーも極めてユニークと言えますし、到達困難かつ危険な鉱体に接近するための坑内専用車両も現在開発中です。センサーを使って採鉱装置の障害を早期に把握するスマート検知システムは、車両の安全性向上や装置の維持管理に寄与するでしょう。オーストラリアの鉱山では、かつては生産量の約70%が露天掘りによるものでしたが、将来は約70%が坑内掘り(地下掘削)になると分かっていました。鉱体が、より薄い層や地下深くに存在し、アクセスが困難になるため、地下掘削技術を改善する必要がありました。われわれは米国のエンジニアリング企業と密接に連携し、遠隔操作システムを採用して、より安全かつ効率的に機械を操作できる長壁式採鉱装置を設計しました。これにより、作業中断時間などを減らし稼働率を向上することができました。水利用の効率化も大変重要です。南アフリカでは鉄鉱事業に乾式法を導入して、採掘に利用する水の量を減らしました。チリではより多くの水を再利用する方法を開発しました。最近のロスブロンセス鉱山の拡張では、この水再利用システムを導入し、水使用量を約40%削減しました。この分野は改善すべき余地が大きく、ほとんどの鉱業会社にとって優先対応課題となっています。

川村:われわれの経験では、異なる分野の人々による協働が技術革新をもたらします。同じ社会に属する人々だけでは、大きな技術革新を実現することはできません。

シンシア・キャロル:その通りだと思います。多くの場合、業務に近過ぎると、大局を見たり、異なる視点でものごとを考えたりすることができなくなります。そのため、われわれの研究部門では部門内外への人事異動を行います。現場での作業経験がある人を研究部門に勤務させたり、科学者や技術者を現場の作業に就かせたりすることは、開発者の発想を豊かにする上で極めて有用です。異なる方法で学習し、能力を発展させる機会を提供することで、従業員は新たな挑戦や幅広い業務経験を得ることができると同時に、企業組織の柔軟性を高め、人材の流動化を促すことができます。日立でも同様の方法が採られていると思います。技術革新に焦点を置き、幅広い製品の開発を行う企業でこのような手法が採用されることは、特に素晴らしいことだと思います。

シェール革命について

川村:次にシェールガスについて伺いたいと思います。いわゆるシェール革命によって米国を中心に燃料のガスへのシフトや石炭をはじめとした燃料資源の価格低下も予想されると思います。このようなコモディティ価格の推移がマイニング会社の経営戦略にどのような影響を与えると思われますか?

シンシア・キャロル:シェールガスが燃料資源開発やエネルギー供給分野での米国の位置付けに大きな変化を起こすのは明らかです。10年以内に米国はエネルギー自給国になると予測されています。米国経済には好影響を及ぼすでしょう。低価格でクリーンなエネルギーが利用できるようになるので、企業は米国への投資を拡大するでしょう。また、海外からの燃料輸入への依存度が低下するので、世界の政治・経済の力学も影響を受けるでしょう。環境に好影響を与えるのは明らかです。中国など、シェールガスが豊富な他の地域では、米国とは異なりパイプラインなどの流通網が確立されていないため、どのようにシェールガス開発が進むのかが不透明です。中国、インド、南アフリカなど、低価格の石炭やそれらの資源を利用するエネルギー供給システムを持つ多くの国々では、燃料炭が今後も主な燃料源であり続けると考えます。

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川村:米国が再び製造業の国になる可能性がありますね。

シンシア・キャロル:米国では、エネルギー依存度が高いため将来性がないとされていたアルミニウム生産などの事業を新たに、もしくは再び始めようとする取り組みが進んでいます。米国において、価格競争力の高いエネルギー供給源、税制優遇と優秀な労働者へのアクセスが今よりも容易になれば、より大規模な製造業拡大を実現することができるでしょう。米国はこの点を認識した上で、製造業を復活、支援するために、より多くの技術者、科学者の育成を続ける必要があります。

川村:2020年には中国のGDPが米国のGDPに追い付くと考える人もいますが、米国の発展を考えると難しいでしょう。

シンシア・キャロル:その通りです。米国は強い意志を持つ人々の国です。困難に妨げられることなく、一致団結して逆境を克服していきます。米国が将来においてもビジネスで重要な役割を担うことは疑いの余地がないと思います。

日立の人材のグローバル化

川村:日立は“Globally Competitive Company”になることを目指し、IBM、GE、Siemensといった競合企業と同水準のキャッシュフローと利益率を実現すべく、グローバル化を推進しています。実際に取締役会に出席されて、日立の喫緊の課題であるグローバル化やダイバーシティに関してどのような印象を持っていらっしゃいますか?また、日立のグローバル化に関して何かアドバイスを頂けますか?

シンシア・キャロル:日立のグローバル化は着実に進んでいると思います。私は日立の取り組みを評価しています。例えば、日本人以外の取締役の存在もその証拠の一つと言えるでしょう。取締役の方々もグローバルレベルでダイバーシティを進めことの重要性を強く感じられているようです。世界的なビジネス言語である英語でコミュニケーションすることも重要です。また、異なる背景、異なる国籍、異なる経験を持ち、異なる教育を受けた人々を雇用することも極めて重要です。マーケティングや販売活動ではこの点が特に重要になると思います。

川村:アングロ・アメリカン社では、新卒者と経験者を毎年募集していると思いますが、その割合はどの程度でしょうか?

シンシア・キャロル:新卒者と経験者の募集割合は、約40:60であったかと思います。

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川村:弊社の場合、約90%が新卒者で約10%が経験者です。90%を占める新卒者は、社内で長期の研修を受けます。十分な戦力となるまでに時間を要します。

シンシア・キャロル:真のグローバル化を目指し、異なる視点を求め、異なる考え方を企業内部に取り込むためには、事業を展開する、または展開しようとする世界中のさまざまな国から役員を迎えることが重要です。そして、市場を理解し、特定の顧客にアプローチをする必要があります。

川村:日本では新卒者が従業員の90%を占め、それらの従業員は英語を話すことに慣れていないため、大きなハンディキャップとなっています。

シンシア・キャロル:英語がビジネスの共通言語であることは、疑いの余地がありません。グローバルな企業で従業員の大半が英語を話さない場合、事業活動に制限がかかることになるでしょう。研修や日常のコミュニケーション、英語での会議により、間違いなく状況を変えることができます。アングロ・アメリカン社は多くの発展途上国で事業を展開し、英語が第1言語ではない国も多かったのですが、管理職や事業リーダーには英語で話すよう要請しました。今ではほとんどの人が少なくとも2カ国語を話します。3カ国語や4カ国語を話す人もいます。

川村:日立でも、最近では多くの社内イベントが英語で催されています。つまり、われわれは日々研修しているわけです。この方法は、モチベーションを高める上で極めて有効であり、重要だと思います。ビジネスのグローバル化が進み、市場での競争が加速する中、企業競争力を高める上での戦略的課題として、ダイバーシティが注目を集めており、日立でもこれを推進しています。女性や 外国人の登用などの人材多様化を推進する上で、何が重要でしょうか?また、経営におけるダイバーシティのメリットは何でしょうか?

シンシア・キャロル:ダイバーシティとは、結局のところ異なるバックグラウンドや考え方を持つ人々によって成立します。すでに申し上げた通り、多様な情報に基づいた議論や判断は、最終的に、より良い選択、より良い意思決定につながると考えます。私が2007年にアングロ・アメリカン社に入社した際、役員の大半は、英国や南アフリカの白人男性でした。2013年に同社を退社した時には、経営陣には8カ国の人々(南アフリカ人、ザンビア人、ジンバブエ人、ブラジル人、フランス人、アイルランド系オーストラリア人、英国人、米国人)がおり、女性も私以外にもう1人いました。2007年には女性はほとんどおらず、10年前には南アフリカの地下採鉱では女性が働くことさえ認められていませんでした。私は、企業文化を変えるためには女性の存在が重要と信じていましたが、同時に優秀な従業員を求める面でも女性の雇用が急務であると考えました。組織内のあらゆる職位、職務で、女性を雇用する必要があると思います。アングロ・アメリカン社の女性の雇用数は、世界の鉱業会社の中でも最大です。全従業員の約15%が女性です。管理職では22%を占めています。管理部門だけでなく、地下作業者、交代勤務監督者、作業管理者、事業部門のCFOとして働いている女性もいます。私の在任当時は、2014年末までに、管理職の30%、全従業員の21%を女性従業員にすることを企業目標とし、取り組みを進めました。しかし、いかなる組織であっても、女性を引き付け引き留めるためには、適切な勤務環境を確立する必要があり、それには経営陣のコミットが必要です。アングロ・アメリカン社の場合、地下の作業現場に女性のための設備を作り、新たな制服を供与し、労働時間を見直し、保育所を提供する必要がありました。加えて、あらゆるレベルの従業員が、ダイバーシティに関する研修を受けなければなりませんでした。大変な作業に思われるでしょうが、女性を労働力に加えることで、企業文化の変革を促すことができました。このような現象は自然に生じるわけではありません。経営陣の強いコミットメントを通じてのみ実現可能です。アングロ・アメリカン社のダイバーシティ実現の道のりは長いですが、間違いなく正しい道を歩んでいると思います。日立が、グローバルな人事データベースを構築したことは素晴らしいことだと思います。組織を発展させ、人材を育成していく上で極めて重要です。これらのデータベースでは、組織内の重要な職務とその要件、その職務に必要と定められたスキルが明確に定義されている必要があります。各従業員と毎年定期的に、業績評価や今後のキャリアプラン、転勤の可能性、能力開発などさまざまな領域について話し合う必要があります。

川村:われわれの場合、海外の直接員を除き、個人をグローバルに評価するのは初の試みです。運用はこれからですが、今後はこのシステムを活用しようと思います。

シンシア・キャロル:日立の従業員数を考えると、このようなグローバルな評価システムを創設したことは、大変な成果です。組織全体で活用し、定期的に情報を更新していくことも重要だと思います。そうすることで全社的な人材管理や人材育成計画立案においても有用なツールになるでしょう。規格化した業績評価プロセスを導入することで、管理者が従業員に対して、共通のフォーマットによるフィードバックを行うことができます。

川村:キャロルさんは女性として仕事を持ちながら、同時に4人のお子様の母親でもあると伺いました。働きながら子育てをする上で、困難に直面したことはありますか?

シンシア・キャロル:私たちは仲の良い家族です。全面的に支援してくれる素晴らしい夫に恵まれて、私は幸運です。夫は公認会計士であり、財務の修士号を持っています。私はキャリアの大部分を企業経営に費やしてきました。ケンタッキー州で梱包会社のマネージャーをしていた時に、1番目と2番目の子供が生まれました。3番目の子供はアイルランドでアルミナ事業を率いていた時に生まれました。当時、夫は会計事務所に勤めていました。モントリオールに移り、グローバル事業の責任者としてアルキャン社に勤務していた時に、4 番目の子供が生まれました。夫が在宅勤務をすることに決めたので、私は出張をすることができました。これは、夫のキャリアにも関わるため容易な決断ではありませんでしたが、4人の子供との生活のバランスを図り、子供たちに必要な愛情を注ぐための唯一の選択肢でした。私は出張も多く、仕事の責務も重いのですが、常に子供たちと強いつながりを保ち、子供たちの人生に関与してきました。私は、女性は家庭を築くことと、働くことの両立ができると信じています。何もかもすべて自分でできるわけではありません。 生活と仕事のバランスを図り、仕事の優先順位を付け、支援してくれるパートナーを持ち、秩序立てて行動し、必要であれば仕事を他人に任せることも生活と仕事の両立の上では重要だと思います。今日では技術の進歩により、以前よりはるかに容易に家族間で連絡を取り合うことができるようになりました。

川村:ケンタッキー州で勤務されていた時は、保育所を利用しましたか?

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シンシア・キャロル:ケンタッキー州とアイルランドでは、私たち夫婦は共にフルタイムで働いていました。日中、子供たちの面倒を見てくれる女性を住み込みで雇っていました。

川村:アングロ・アメリカン社では、子供のいる女性の多くが同様のやり方をしているのですか?

シンシア・キャロル:住み込みで人を雇うことができる人は多くありません。運の良い女性は、日中子供の面倒を親に見てもらいますが、それはごくまれです。アルキャン社では、オフィスに保育施設が併設され、素晴らしい教師と設備が備わっていました。アングロ・アメリカン社では、社内保育所を増やす一方で、勤務時間の柔軟性を高め、他の女性とのジョブシェアリング制度を検討しました。南アフリカの鉱山では、女性は妊娠が判明すると、地下では働くことができません。担当の管理者には、勤務割り当てや配置転換の負担がかかります。妊娠中、地上勤務に異動した女性がやがて産休を取り、約2年のブランクの後に、競争が激しく、業績への要件が厳しい職場環境に戻るわけです。現場で働く女性に対する社内の風当たりに加え、職務上の肉体的負担など、鉱業には特に難しい課題があります。しかし、これらの現状を認識し、経営陣が正しい視点に基づいて課題に取り組んでいけば、やがては画期的な解決策を見付けることができると思います。先に申し上げた通り、女性が社内にいると、企業文化を大きく変える可能性があります。真に女性の労働力を企業に取り込もうとするのであれば、経営陣は、女性が成功するために、適切な労働条件や職場環境を整備しなければなりません。そうすることにより、企業はグローバルなビジネス環境において、広範な考え方や経営手法を有する組織を構築できると私は考えます。

川村:産休は何カ月間くらい取得できるのでしょうか?

シンシア・キャロル:国の制度により異なりますが、私自身は出産日まで働きました。アルキャン社の産休は6週間でしたが、当時は担当事業に関わり続ける必要があったため、私はその一部しか利用しませんでした。多くの欧州の国々では、女性はほぼ1年間、全額または一部支給の有給休暇を取ることができます。現在では父親も育児休業を利用できるようになっています。産休の取得が、職務や収入、経歴や家族との生活環境にどのような影響を与える可能性があるのか、その上でどの程度休むべきかを判断するのは、最終的には女性です。これらの要件を判断するのは、雇用側にとっても個人にとっても極めて難しいことですが、お互いが協力すれば課題を克服することができるでしょう。

川村:日立の社則では3年間の育児休業が認められていますが、ほぼすべての女性がキャリアを懸念し、1年以内に職場に復帰しています。

シンシア・キャロル:その状況は理解できます。女性が2~3年職場を離れると、大学などに復学してさらに学位でも取らない限り、復帰は困難だと思います。

川村:日本の働く女性に対して何か助言はありますか?

シンシア・キャロル:私のアドバイスは、現在の職務に集中して最善を尽くしなさいということです。5~10年先の仕事、プライベートのさまざまな可能性に気を取られないようにすることです。先入観を抱かず、新たな課題や不慣れな業務を回避しないこと、職場の女性たちとネットワークを作り、問題や懸念事項について話し合うこと、口頭と書面の両方のコミュニケーションスキルを高めるよう努めるのも良いでしょう。会社の幹部や上司に対しては、キャリア開発において自分は何を達成したいのかを考えた上で、どのような助言を求めているのかを伝えてください。女性の力を効果的に社内に取り込むためには、どのような懸念材料を排除すべきかなど、率直な意見を会社に言いましょう。働く女性にとって何よりも大切なことは、自分らしさを失わないことです。

私生活について

川村:余暇はどのように過ごされていますか?ご趣味は何ですか?

シンシア・キャロル:私は家族との時間の確保を最優先にしています。自由になる時間があればいつでも、子供たちや夫のデイビッドと共に過ごします。私は、ゴルフやテニス、スキー、水泳、乗馬を含め、スポーツが大好きです。次女のキャリンは大学でボートをやっていますし、息子のベンはサッカー三昧で、しばしば試合観戦に行きます。音楽は、聴くのも演奏するのも楽しんでいます。子供たちはさまざまな楽器を演奏します。末娘のカースティンは演劇に熱中しているので、定期的に観劇にも行きます。

interview26-07

川村:ご自身も楽器を演奏されますか?

シンシア・キャロル:随分前にピアノを少し弾きましたが、とても上手という感じではありませんでした。6歳からピアノを始めて現在20歳になる長女ブリッタも含め、子供たちには私がピアノを教えてきました。長女は、今では吹奏楽団でフレンチホルンを演奏しています。

川村:釣りはなさいますか?

シンシア・キャロル:カナダと米国の間を流れるセントローレンス川のサウザンド諸島に避暑に行きますが、そこでは釣りが盛んに行われています。子供のころは、釣りマニアであった父ともよく出かけました。子供たちも釣りが好きです。小さな島を所有しているのですが、そこでは泳いだり、ボートやカヤックを漕いだり、テニスやゴルフを楽しみます。小さなボートでどこへでもこぎ出します。

川村:大変な成功を収め、幅広い経験を積んでこられた今、将来の夢は何ですか?

シンシア・キャロル:仕事を続けたいと思っています。グローバルレベル、業界レベルで最高のパフォーマンスを発揮し続け、人々や地域社会、そして世界中の国々の政策に良い影響を与え、株主価値の最大化を実現するような企業組織の一翼を担いたいと思います。

川村:本日は貴重なお話をありがとうございました。

編集後記

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キャロルさんは2007年から2 0 1 3 年4月まで、世界有数の鉱業会社であるアングロ・アメリカン社でCEOを務められ、世界的な景気低迷という厳しい経営環境下で、同社の合理化と企業文化の改革を主導されました。今回の対論では、アングロ・アメリカン社における企業構造改革の推進、グローバル企業のコーポレートガバナンスのあり方、人材のグローバル化・多様化の重要性に加え、ご自身の経験に基づいた働く女性への助言など、さまざまなトピックスについてお話を伺いました。「異なる視点と経験を持つ人の意見に耳を傾けることで、より良い問題解決策を得ることができるというのが私の信念」と述べられたキャロルさんの対話重視の姿勢と変革を実行されたリーダーシップには感銘を受けました。

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