研究活動などを通じ構築したネットワークを基に、各分野のリーダーや専門家の方々と対談
2015年に、国連サミットにおいて採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」は、この地球が抱える社会、環境、経済問題の解決に向けた行動をすべての人に呼びかけるものです。そこで今回は国連開発計画(UNDP)イスタンブール:開発のための民間セクター国際センター(IICPSD)所長のマルコス・アティアス・ネトー氏をお迎えし、 SDGsがどのように世界を変えることができるのか、またSDGsがどうして重要なのかについて伺います。
国連開発計画(UNDP)イスタンブール:開発のための民間セクター国際センター(IICPSD)所長
国連開発計画(UNDP)イスタンブール:開発のための民間セクター国際センター(IICPSD)の所長を務め、UNDPの民間セクター・基金チームを率いる。現在は、開発における民間セクターと基金に対するUNDPの世界的な働きかけを主導している。UNDP以前は、IDAC(Innovations & Development Alliances Cluster)にてクラスターリーダーを、チャイルドファンド・インターナショナル(ChildFund International)にて防災・減災対策部門のグローバル・アドバイザーや米国北東部の地域開発オフィサーをそれぞれ務めた。それ以前にはCAREインターナショナルに17年間在籍し、本部と現場でさまざまなポストを歴任。最後に就いたパートナーシップ・特別イニシアチブ・気候変動・持続可能生活部門でディレクターとして、気候変動に関する、特に環境団体とのパートナーシップの構築に努めた。CAREでの任務は、英国CAREにおけるアジアおよび南米の地域マネージャー(6年間)から、米国CAREのブラジル進出の陣頭指揮に至るまで、多岐にわたった。2001年には、ブラジルCAREの初代ナショナルディレクター、2006年から2008年までは、CAREの中央アメリカにおけるプログラムディレクターを務めた。このほか、南米の地域ディレクター補佐を3年間務め、リソースの動員、ナレッジ・マネジメント、支持者集めを中心に活動した。
白井:2015年に「持続可能な開発目標(SDGs)」が採択されてから3年がたちました。SDGsは、民間部門も含め、全てのステークホルダーの参加を求める画期的な提言でした。2030年の目標達成に向けて、活動の進捗状況をどのように評価されますか。
マルコス・ネトー:SDGsの最初の3年間で大きな前進があったと思います。これは主に、SDGsの目標が世界各国で採択されたためです。SDGsは、社会のさまざまなセクター間の共通言語にもなりました。企業と政府が共通の言語で話し合うことは、どの時代でも難しいことでした。ところが、今では「わが社は目標5、6、7に取り組んでいる」と言えば、それがどのようなことを意味しているのか、誰でも理解できるようになりました。
国単位でみても、SDGsは大きく前進しました。これまでに102カ国の政府が、SDGsの実現に向けた国内の進捗状況を独自に調査しており、グローバル目標の達成のために政策アジェンダを調整するとしています。経済界も、SDGsの採用に向けて動き始めています。これはミレニアム開発目標(MDGs)の時代にはなかったことです。
とはいえ、こうした目標を達成するための資金のめどはいまだに立っていないというのが現状です。持続可能な開発のための2030アジェンダ*1を実行に移すには多額の資金が必要ですが、十分な財源を見いだせずにいます。
私たちが直面する問題は大きく、対策の実行よりも速いスピードで拡大しています。気候変動によって多くの人々が避難をしていますが、これは世界が直面する前例のない問題のうちの二つにしかすぎません。2018年10月に、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が気候変動に関する新たな科学的根拠に基づく報告書を出し、地球温暖化による気温上昇はごく近い将来に1.5℃を超えると警告しました。しかし、世界各国の反応はごく限定されたものにとどまりました。
現在、避難生活を送っている人々の数は、歴史上で最大といわれています。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の統計*2によれば、家を追われた人々の数は、世界で約6,850万人にのぼります。そのうち2,500万人ほどが難民で、半数以上が18歳未満の子どもたちです。残念ながら、多国間主義や国際協調に抵抗を示す人がたくさんいます。2030アジェンダは、すべての人々が力を合わせ、「誰一人取り残さない」ことを求めています。今、自国の利益を最優先する傾向が高まっていますが、自国の利益を実現する最善の策は、他国と協力して進むことなのです。
白井:SDGsの目標の中でも、特に目標7の「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」、目標11の「住み続けられるまちづくりを」などは世界共通の課題ですが、開発途上国では、取り組む優先順位が低い場合もあります。SDGsの課題に対処する上で、どのような活動を優先する必要があるのでしょうか。
マルコス・ネトー:SDGs採択以前の開発アジェンダは、開発途上国のためだけのもので、日本のような先進国の役割は財政面などで支援を行うことだけでした。2030アジェンダは、このような分断された状況を打破する初めての普遍的なアジェンダとなり、全ての国に適用されています。コロンビア大学のジェフリー・サックス教授は、「SDGsの目から見れば、全ての国が開発途上国です。SDGsのアジェンダを全て実現している国は世界のどこにも存在しないからです」と発言しています。
ただ、基本的なインフラや福祉制度が整備されていない開発途上国では、アジェンダは複雑なものになるというのはそのとおりです。日本のような先進国では、途上国とは異なるプロセスと、政府の積極的な取り組みが必要になります。私は、二つの観点からSDGsをみています。一つは、国内でSDGsの実現を支援するために必要となる観点、もう一つは、対外援助、外交政策、投資などを通して、開発途上国を支援する国際的な観点です。
従来の開発に対するアプローチとSDGsの間には、緊張関係があるともいえるでしょう。従来のアプローチは、17の目標と169のターゲットの中で優先順位を付ける必要がありました。しかし、SDGsのアジェンダは、ガバナンス、海洋、気候、不平等、健康、教育、仕事などの領域に優先順位を付けません。全ての課題に同時に取り組む必要があるのです。各国政府が自国のニーズに従って政策の優先順位を決める必要がある場合もありますが、アジェンダ自体が、ある目標を別の目標よりも優先させるということはありません。
白井:UNDPやIICPSDが行うイニシアチブにはどのようなものがありますか。
マルコス・ネトー:UNDPが立ち上げたMAPS(Mainstreaming, Acceleration and Policy Support)というプログラムは、2018年4月時点ですでに31カ国で導入されています。MAPSプログラムでは、各国政府の協力の下、各国の環境政策について機械学習を使って総合的に分析します。
IBM Watson®とのパートナーシップにより、AIが情報処理を行いますので、通常3カ月かかる処理が3日で終わります。その国の政策をSDGsに照らして分析し、現在の政策ですでに対応しているものは何か、目標とのギャップがどこにあるかを特定します。その後、私たちが開発したRIA(Rapid Integrated Assessment)と呼ばれるツールなどを使って、SDGsの達成に向けて有効な政策の策定、実施に作用するアクセラレータを見つけ出します。
アクセラレータを見つけ出すといっても、目標どうしの優先順位を付けるためのものではありません。むしろ、目標の一つ下にある階層にすでにあるアクセラレータを見つけ、SDGsの実現を加速させるためのものです。そうした複数のアクセラレータに社会が投資すれば、17の目標が同時に動き出すのです。
白井:興味深い取り組みですが、アクセラレータとはどのようなものですか。
マルコス・ネトー:よく使われるアクセラレータは、ジェンダー(性別)です。これは目標5 *3に該当します。マッキンゼーによれば、労働市場における女性と男性の割合が同じになれば、約28兆ドルの経済成長が実現できるといわれています。
また、女性は男性よりも家族の健康を気遣うことも分かっており、女性が高等教育を受け、自身と子どもたちのためにヘルスケアの知識を手にすれば、目標3 *4と4 *5に一歩近づくのです。
例えばアフリカ大陸の農村部では、女性が農作業のほとんどを行っています。女性の労働環境改善に投資すれば、農業の生産高を上げ、目標2 *6にも対応できます。地方の道路整備に投資すれば、製品を市場に届けやすくなります。そうすれば目標8 *7と9*8が動き出します。このように女性の労働参加への投資により、いくつものSDGsの目標実現に向けての動きが加速するのです。
持続可能なインフラの構築、市街地化は目標9と11につながります。持続可能なインフラ、農村部のインフラ、農村部と都市部を結ぶ交通、再生可能エネルギーに投資すれば、働きがいのある人間らしい仕事、平等といったSDGsが目標の実現に向けて同時に動き始めます。
重要なことは、SDGsの17の目標に別々に取り組むのではなく、目標の下の階層にある、複数のSDGsを同時に前進させるアクセラレータを見つけ出すことです。このやり方は、政府だけでなく、企業が優先順位を決める手法としても最善の方法です。企業は、比較優位のある分野から始めたいと考えるはずです。自社の得意分野は何か。コアビジネスは何か。それを理解した上で、互いに結びついている全てのSDGsに対して、自社のビジネスがどのようなインパクトを与えるかを考え、複数のSDGsに波及することを意識して優先順位を決定します。
UNDPでツールを作成する際に重視したポイントは、「How(どのように)」の質問に答えることです。A地点からB地点に行くにはどうすればよいか。ビジネスでSDGs達成をめざすオープンイノベーション・プラットフォームであるSHIP(SDGs Holistic Innovation Platform)がその一例です。
白井:近年、世界各地で気候変動の影響による自然災害などのリスクが広がっています。災害は開発途上国にも影響を及ぼしています。開発途上国が自然災害によって直面する課題を乗り越えていくためには、どのような戦略が必要でしょうか。
マルコス・ネトー:開発途上国では、防災に投資できる予算が限られています。新たなインフラは、今後直面する災害を考慮して整備する必要があります。空港、道路、橋を建設する際は、従来よりも精巧な建設工程が必要になります。そこでは官民のパートナーシップが重要です。今後さらに多くの地震、ハリケーン、台風、洪水、干ばつなどの自然災害が起きても、耐え得るインフラを構築することが重要です。
もう一つの課題は人口移動です。気候変動や自然災害の防止に何も手を打たなければ、近い将来、人口の大移動、特に途上国からの移動が避けられません。
気候変動による海面上昇の最悪のケースを例にみると、マンハッタンでも、満潮時に海水が街に入ってこないよう、マンハッタン島の周囲に高いゲートを張り巡らせなければなりません。そうなるとインフラにかつてないほど多額の予算を費やすことになります。直ちに行動を起こさなければ、そのような時代がやってくるのです。
危機感を持つことはもちろんですが、経済界、特に大企業には切迫感が必要です。水やエネルギーのシステムを提供する日立のような企業にはチャンスがあります。より優れた技術、効率性の高いシステムが今後必要になります。さまざまな問題を軽減するサービスを社会に提供し、世界各地の自然災害リスクに対処するビジネスチャンスが目の前にあるのです。
白井:IICPSDは、民間部門を減災、防災、災害対応、災害復旧に戦略的に巻き込み、自然災害に対するレジリエンスを高める活動をしています。これまでどのような活動に携わってこられましたか。
マルコス・ネトー:2015年に、宮城県仙台市で開催された「第3回国連防災世界会議」で採択された「仙台防災枠組2015-2030」に、グローバルな基準が示されています。日本が防災に多大な努力を払ってきたからこそできた枠組みです。UNDPは過去数十年にわたって各国政府と協力して災害に備える活動を進めてきました。
防災に投資する1ドルは、災害対応と復旧に支出する7ドルに相当するにもかかわらず、防災に十分な投資が行われているとはいえません。防災に投資することの価値が理解されにくい現状があります。それは、下水管より橋への投資が優先される状況に似ています。一般の人々は、道路の下にある下水管には注目しませんが、目に見える橋には注目します。これと同様に防災も見えないのですが、フロリダで猛威をふるったハリケーンのような災害が発生すれば、誰もが避難しなければなりません。
仙台防災枠組では、政府や企業とも連携します。私たちは、自然災害に直面する準備ができていない企業が多いことを学びました。レジリエンスが高く、災害に対して優れたBCP(事業継続計画)がある企業は消え去ることはないので、復興の一翼を担うことができます。操業を続け、仕事を提供し、自然災害から復旧するために必要な物資を生産することができます。
白井:ESG(環境・社会・ガバナンス)投資が広まる今、企業には事業を通じて社会課題にアプローチするさまざまな方法があります。企業が利益を確保しつつ、社会課題を解決するビジネスを開発途上国で展開するためには、どのようなパラダイムが効果的でしょうか。
マルコス・ネトー:企業が自社のビジネスモデルにSDGsを組み込む際、二つの課題に直面します。
一つは、SDGsを組み込むことは慈善事業ではなく、市場開拓のチャンスであるとCEOを説得する、という課題です。私たちは、 SDGsに投資すべきだとCEOに説明するのが難しいと語る中間管理職の方々を見てきました。これらの内部的な課題は、企業が役員の報酬を決めてきた長年の歴史と関係します。世界的にCEOや経営幹部は短期的な業績に基づいて報酬が支払われる傾向がありますが、SDGsは長期的なアジェンダです。SDGsに取り組むことは、企業を長期にわたり持続可能な組織にすることにつながります。環境の持続可能性だけでなく、さまざまな角度でものを考える必要があります。企業も自らの存続期間を考えることが重要です。今日存在している企業が明日も存在するとは限らないことは歴史が教えてくれています。
1900年にダウ・ジョーンズ工業株価指数に含まれていた企業のうち、2000年まで事業を継続していたのは、わずか2社でした。それ以外の企業は全て消え去りました。SDGsは、企業が長期間存続するための戦略になる可能性がありますが、短期の利益を上げるという期待との折り合いをどうつけるかという課題が残っています。
二つ目の課題は資本市場からの圧力です。投資家は、米国企業の場合は四半期ごとに報告書を受け取ります。長期ではなく、短期の業績に注目します。企業は、「利益は四半期ごとに報告しません。それでも大丈夫です」と言い放つ勇気を持つ必要があります。必要な期間は、1年、2年、いや数年単位です。
法規制の枠組みが、SDGs実現の障害になる場合もあります。現在の法規制は、従来の化石燃料中心の経済を前提にしています。SDGsが求めるのは、経済モデルや経済システムを、長期的な視点で、財務的側面だけでなく、社会的側面、環境的側面にも着目する「トリプルインパクト」を考慮したものに変更することです。インパクト投資の父、ロナルド・コーエン氏は、「企業の成功を測る物差しは150年間、利益のみだった」と述べています。利益が企業を分析する唯一の枠組みでした。どれだけ投資して、どれだけ収益があったのか、という物差しです。その後、1960年代から1970年代の初めにかけて「リスク」という二つ目の物差しが導入されました。企業分析の枠組みが、利益とリスクという2要素となった結果生まれたのが、リスク調整後利益という概念です。今必要な三つ目の物差しが「インパクト」です。インパクトとは、企業が社会全体に与える影響です。今後は、投資家と社会全体が企業のインパクトを評価する分析的枠組みも必要になります。利益とリスクという2要素に社会全体へのインパクトという要素を追加し、3要素で企業を評価することが可能になるのです。ここにボストン・コンサルティング・グループが最近実施した調査があります。同社が社会全体のインパクトを重視する方向にシフトしつつある200社を分析した結果分かったのは、今なお企業の成功を測る主要な枠組みであり、株主にどれだけの利益があったかを示す指標である株主総利回り(Total Shareholder Return)が、こうした企業で上昇しているという事実でした。長期間にわたり社会全体のインパクトを念頭に戦略構築した企業は、短期的に株主利益だけを追求する企業よりも大きな利益を生み出しているのです。長期的なインパクトと短期的な株主利益のバランスを正しく保つことが決定的に重要です。
投資家ももっと企業に要求すべきであり、日本のような高齢化社会では、実際にそうした動きがみられます。例えば、年金基金には債務を負う期間をこれまでより長期で求めるようになり、企業には長期間利益を出し続けることを求めます。10年、20年では足りません。50年、60年にわたって年金を支払い続ける必要があるからです。長期的に利益を出す企業に投資すれば、長期的・短期的利益のバランスが変化するため、投資に当たっての考え方が変化します。
バランスを変えるもう一つの重要な誘因はミレニアル世代です。この世代が、力を持ち、豊かになり、消費者になれば、これまで以上に企業や製品に社会的価値を求め、それを基にどの企業から購入するかを選択するようになります。次の変化の波が来て、バランスや緊張関係が本格的に変化し始めるでしょう。
白井:人々の姿勢やアプローチに何らかの変化が生まれることは確かでしょう。これから私たちが目にする可能性がある変化はどこに現れるでしょうか。
マルコス・ネトー:消費財メーカーのユニリーバは、持続可能性を前面に押し出したブランドを生み出し、従来よりもはるかに良い業績を残しています。決断に当たって、同社は生産現場を見渡し、どうすればもっと環境に配慮した方法で生産できるか、どうすれば水の使用量を減らすことができるか、再生可能エネルギーを使用できるか、を考えました。そして持続可能性を特徴とするブランドで消費者に販売する方法、貧困層に商品を販売する方法にも着目しました。世界人口の半数の人々がその市場にいます。同社は、従来の流通ネットワークでは貧困層にまで到達できないことに気付き、新しい流通戦略の策定に乗り出しました。貧しい人々が、巨大な多国籍企業の製品を販売する代理店となり始め、貧困層に突如、新たな仕事が生まれ、新たな企業が誕生し、新たな起業家精神が育ちました。
全ては、そのような戦略を策定したことから始まりました。これが優先順位を付けることの一例ですが、同時に複数のSDGsを実現することの例でもあります。経済界にとって、SDGsはビジネスチャンスなのです。BSDC(Business & Sustainable Development Commission)は、SDGsを通して毎年12兆ドル規模のビジネスチャンスが生まれる可能性があると試算しています。企業が社会的責任を果たすだけでは、こうしたチャンスは生まれません。企業が SDGsを分析し、自社のビジネスモデルをSDGsに合わせることで、チャンスにできるのです。UNDPがJapan Innovation Networkとパートナーシップを結び、SHIPを創設したのも、そういう理由です。SHIPは、現在日本でのパイロット期間中ですが、いずれは世界的に導入していきます。
SHIPの目的は、実際のプロセスを企業に順を追って紹介することです。SDGsとは何か。ビジネスの枠組みとしてSDGsをどうみるか。ビジネスモデルをどのように変更するか。利益をもたらし、社会を進歩させ、環境に配慮したビジネスモデルをどう立ち上げるか。そうしたことを一つ一つみていきます。
白井:技術革新と新たなビジネスモデルで生まれる市場も存在します。そこには、大きなチャンスと、乗り越えるべき重要な課題があります。
マルコス・ネトー:経済界がSDGsに高い関心を抱いているのも、そのような理由です。SDGsは、収益性、商業性、新しい市場、イノベーションといった企業の中心的な目的に訴えかけた最初の開発アジェンダです。慈善や社会的責任を求めるだけのアジェンダではありません。企業の社会的責任は入り口としてはすばらしいのですが、それだけでは不十分です。世界各国の企業の方々と話した結果、企業は、どうすればよいのかという「How」の部分で悩んでいることが分かりました。「12兆ドル? それはすばらしい。その一部にあずかりたいが、どうすればよいのか。大きくて複雑な問題に照らして、自社のビジネスモデルを批判的にみるようにといわれるが、どうすればよいのか」ということです。
白井:十分な財源を確保して、さまざまなプレイヤーに参加してもらうために、官民のパートナーシップを推進することが重要です。そこには他国の企業との協働も必要になるでしょう。企業と政府の協力関係を推進するには、どのようなパートナーシップが望ましいのでしょうか。UNDPはどのようなサポートを提供してくれるのでしょうか。そこには官民の新しい連携が生まれるのでしょうか。
マルコス・ネトー:官民のパートナーシップは今後、必要不可欠になっていくでしょう。各国の政府は、市場に、これまでとは異なる方向性を示す必要があります。投資家にも、SDGs中心の市場機能を望むことを知らせていく必要があります。
例えば、化石燃料に補助金を出している政府は依然としてたくさんあります。再生可能エネルギーに補助金を出すよう方向転換することは、先進国だけでなく、開発途上国でもすばらしいことですが、財政制約のなかでは、永久に補助金を出し続けることも、新しい補助金制度をたくさん設けることもできません。政府は、これからの補助金制度やインセンティブはどのようなものであるべきか、選択を迫られます。
国連事務総長も方向性を明確にしていますが、化石燃料への補助金をやめて、再生可能エネルギーに補助金を出す方向に転換し、持続可能な開発を推進する方向に舵を切るときが来ています。政策と法規制の重点をシフトし、市場が向かう方向を調整することが、政府の役割として重要になります。
UNDPでは、SDGsに沿った投資とビジネスモデルが普及する環境を政府がつくる際に助言するための研究を行っています。
白井:ESG投資が推進され始めてから、企業がビジネスを通してどのように社会的課題に取り組んでいるかに注目する投資家が増えてきました。今後、企業が社会や環境に与えるインパクトと企業の価値を正確に評価するために、投資家はどのようなアプローチを採用する必要がありますか。
マルコス・ネトー:UNDPでは、2018年9月、インパクト・マネジメント・プロジェクト(Impact Management Project)とのパートナーシップの下、SDGインパクトプラットフォーム(SDG Impact Platform)を立ち上げました。これは、投資家、銀行、プライベート・エクイティ・ファンド、ベンチャー・キャピタルを対象に、自らの投資が社会と環境に与えるインパクトを知る明確な基準を示したものです。UNDPは、SDGを推進する投資家や企業に認定マークを提供することも視野に、こうした基準を作成しています。将来は、投資家が自らの投資が社会に与えるインパクトを説明できる認定プロセスをつくりたいと考えています。企業にも同様の「ビジネス行動要請(Business Call to Action)」というプラットフォームを示し、現在、住友化学、味の素、良品計画など、日本企業を含む220社がメンバーになっています。このプラットフォームでは、社会の貧困層を製品の生産者、供給業者、販売代理店、消費者として組み込むビジネスモデルを推進しています。
企業が変わり始め、投資家の注目も集まりつつありますが、まだまだ長い道のりです。UNDPの重要な役割は、「How」の部分を企業に説明することであり、全力でこの課題に取り組んでいます。
白井:日本政府は、国際的にもSDGsに貢献したいと考えています。加えて、日本は自然災害に対応してきた経験から、防災に関する技術とノウハウを持っています。防災の分野で、またSDGsの課題に協調して対応する環境づくりの面で、日本にどのようなことを期待されますか。
マルコス・ネトー:最初に、UNDPと国連が日本から受けている支援に対して、日本政府に感謝の意を表します。日本政府と国民のみなさんは寛大で、世界で果たすべき役割、UNDPのような組織をサポートする意味をよく理解してくださっています。
日本のみなさんが政府を通して、世界中にある私たちの組織を資金的に支援してくださっていることに感謝し、最大限に生かせるよう、全力を尽くします。
リソース、財政的サポート、経験、技術など、日本はさまざまな面で貢献できるというお話はそのとおりです。日本が持つイノベーションのエコシステムは、世界の羨望の的です。どうすれば、それを開発途上国でも再現して、発展の諸段階を飛び越えていけるのでしょうか。例えば、ケニアは、大規模な固定電話回線がない国から、たいていの人が携帯電話を所有している国へと移行できました。日本には、このような一足飛びの発展を実現しようとする国を効率的にサポートするための経験、技術、ソフトスキルがあります。UNDPは、こうした日本の努力をお手伝いできることを大変うれしく思っています。
今回の日本訪問で、多くの政府高官や経済団体の方々とお会いしました。日本政府と経済界は、SDGsを評価し、積極的に取り入れようとしていることが分かりました。企業、政策、SDGsの3者を結びつけるエコシステムが出現しつつあり、短期間のうちに強固なものになる可能性があります。
白井:デジタルテクノロジーは、SDGsの目標達成を実現させる大きな可能性を秘めています。日立は技術を通して、またエネルギー、水、ヘルスケア、情報技術の各分野におけるソリューションを提供することで、社会に貢献しています。日立がSDGsの目標達成に向けて取るべき行動について、アドバイスをいただけますか。
マルコス・ネトー:日本のエコシステムは、日本がSDGsを実現する際に役立ちます。日本から提供されるものを全て吸収したい、またSDGsにかなう形で日本の企業に対して市場を開放したいという強い願いが世界にあることは間違いありません。
日本の中小企業や日立のような大企業が、アフリカや中南米に進出する際にSDGsに責任ある姿勢で取り組むことが、支援の一つの形です。企業の利益になり、事業を展開する国に、経済的、社会的、環境的にプラスとなるビジネスモデルを携えて行くことも支援になります。自社のビジネスモデルを分析してください。競争力のある市場を求めて海外に進出してください。その際は、今日の世界的な課題を解決するSDGsと同じ方向性のビジネスモデルやソリューションを世界に示してください。
国連の潘基文元事務総長はよく、「私たちは絶対的貧困を終わらせることができる歴史上で初めての世代であり、最悪の気候変動に対処できる最後の世代でもある」と言っていました。
私たちがチャンスを逃せば、子どもたちが代償を支払うことになります。日本企業も含めて、企業の前には、技術を人類のために使う方法を示す途方もなく大きな機会が広がっています。企業は、人類に奉仕しながら利益を上げることができるのです。政府と企業が手を携えて、人類の未来を守るために働くことが重要です。こうした課題に取り組み、災害防止や気候変動に投資して開発途上国を支援することは、世界のすべてのプレイヤーに有益です。こうした支援は、気候変動による最悪の事態がもたらす影響、例えば祖国を離れることを余儀なくされるような事態を緩和するでしょう。人々は自国にとどまり、人間らしい生活を送り、自分が住むと決めた環境で子どもたちを教育できるようになります。私たちは、SDGsの目標達成に向けて、行動を加速しなければなりません。SDGsのパートナーを増やし、もっと速く進むのです。解決すべき課題も、これまで以上に速く進行しているのですから。
白井:日立は、水、エネルギー、交通などの社会インフラシステムを提供する企業です。近年の自然災害を見ると、現在のインフラでは想定を超える災害に耐えられない可能性があります。一方で、今あるインフラを入れ替えるには、多額の資金が必要になります。このような課題をどのように解決すればよいのでしょうか。
マルコス・ネトー:技術が決定的に重要です。AIや、私たちがまだ見ていないイノベーションが求められるのです。世界の開発途上国が構築すべきインフラと、先進国がアップグレードすべきインフラを考えると、必要な資金は天文学的な数字になります。そのような資金はどこにもありません。インフラの構築と機能向上を効率的に行い、コストを削減するために技術を生かし、イノベーションを生み出す体系的なプロセスが求められます。現存するインフラの中で、アップグレードを早めるべき部分と時間的に余裕のあるものを、ビッグデータを活用して見分けることができれば、限られたリソースの使い道に優先順位を付けやすくなります。
「Society 5.0」の時代がすぐそこまで来ています。現在は不可能と思えるような課題を「Society 5.0」の時代ではどのように解決していくのでしょうか。
私が敬愛するネルソン・マンデラ氏は「何事も成し遂げるまでは不可能に思える」と発言されています。私たちは成し遂げなくてはならないのです。
白井:本日は貴重なお時間をいただきまして、ありがとうございました。
今回は、UNDP・IICPSD所長であるマルコス・アティアス・ネトー氏をお迎えし、SDGsにおける民間セクターの役割をはじめ、社会課題解決に向けた企業の持つべき視点や課題などについて幅広く話をお伺いしました。利益を上げることが求められる民間企業の立場から社会課題に向き合うことは、非常にチャレンジングです。社会課題への取り組みを市場開拓の契機と捉え、技術力を生かしたイノベーションの重要性を改めて感じました。