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株式会社日立総合計画研究所

社長コラム

社長 溝口健一郎のコラム

第5回:デジタルとメタボリズム

 世界中に企業はどのくらいあるのだろうか。OECDの統計では、2016年の企業数は約3,630万社になっている。数値はOECDに加盟する欧米亜36カ国限定であり、中国などの新興国は含まない。そこで、参考までに、最新の中国統計年鑑で中国の状況を調べてみると、2017年の企業数(法人機関数)は約2,200万社であった。合計で5,830万社。インドなどその他新興国の企業数は不明であるが、少なくとも全世界で6,000万社以上存在していることは間違いないだろう。

 過去からの統計数値を眺めてみると、企業数は増加傾向にあるようにみえる。例えば、中国の2012年の企業数は1,060万社であったので、これまでの5年間で倍増、単純平均で毎年200万社増加ということになる。同期間のOECDの数値を見ると、残念ながら2012年は数値を公表していない国があるので、総数の推移は分からないが、中国ほどではないにしても、ほとんどの国で企業数が増加しているのが分かる。米国は412万社が424万社に、ドイツは218万社が246万社に、という具合である。

 企業数の増加を支えているのは中小企業である。OECD加盟国の企業3,630万社の内、中小企業は約3,620万社、つまり、企業の99.8%が中小企業になる。中小企業の定義は国によって異なる。OECDの中小企業の定義は従業員249人以下の法人であるのに対して、日本は製造業の場合、300人以下、かつ資本金もしくは出資金3億円以下を中小企業と定義している(OECDの統計は中小企業の定義が異なる国を単純合計)。各国の数値を見る限り、直近5年間で中小企業の構成比率は、99.6〜99.9%程度で大きな変化はなく、中小企業数も大企業数も増加している。新しい中小企業が生まれるとともに、そのうちのいくつかが、大企業へと成長している様子が数字からうかがえる。

 企業数が増加する要因はいくつかあるだろう。例えば、産業内での新陳代謝や、新しい事業の創生などが考えられる。新陳代謝という観点では、米国では、アマゾンやe-BayなどのEコマースの普及が進み、一部のデパート・スーパーが廃業に追い込まれた、というような記事を見るが、実態は国内の店舗数は増加傾向にあるという話を聞く。ウェアハウスクラブや、接客力を強化したスペシャリティストア、自社ECとの連携を想定して顧客へのラストワンマイル・デリバリーを強化したBOPIS(Buy-Online, Pickup-In-Store)など、流通サービスの新陳代謝が進んでいる。米国の流通業では、「ロビンソン・パットマン法」に代表されるような、公正な商取引環境を担保する法律や仕組みが存在する。事業者は、第三者から訴えがあった場合に、価格設定やリベートの算出根拠、契約状況について情報開示し、合法性を説明する義務を負う。優越的地位による、強圧的な価格調整やバックマージン要求などの不明瞭な商習慣を排除することで、参入障壁を無くし、業界としての新陳代謝を促す。副次的な効果として、品目ごとのコスト構造の可視化、EDI導入、IoTを活用した在庫管理・発注自動化などの企業間取引を効率化するIT・デジタルシステムの開発・導入にもつながっている。

 新しい事業創生のためのイノベーションは優秀な人材や投資を引き寄せ、スタートアップ企業の誕生や既存企業のさらなる成長を促す。ドイツのハーマン・サイモン教授は、ニッチな分野の市場で世界3位以内、もしくは大陸内1位シェアを獲得する中小企業を「Hidden Champions(隠れたチャンピオン)」と呼んでいる。2015年時点で、全世界にHidden Champions は2,746社存在し、その内約半数がドイツ企業であると言われている。ドイツでは産学官連携による中小企業の研究開発支援の環境整備が進んでいる。連邦・州政府が共同で管轄し、各地に研究拠点を擁するFraunhofer、Max-Planckなどの公的研究機関、共同研究支援機関Steinbeis、大学が中心となり、地域の中小企業との共同により、ヘルスケア、化学、自動車、材料、産業機械などの分野で新事業創生をめざした研究開発が進められている。そして、地域分散型の産学官連携の研究環境を基盤として、「Industrie 4.0」政策による製造業デジタル化の取り組みが進む。

 ちなみに日本はOECD加盟国では、イタリア、アイルランドと並んで企業数が減少傾向にある少数派のひとつである。中小企業白書などの日本国内の統計を見ると、2016年の大企業数は1.1万社で増加傾向にあるが、中小企業は358万社で2012年から27万社減少している。直近5年に限らず、日本は80年代後半から長期にわたって、企業数が減少傾向にある。開業率と廃業率を見ると、廃業率は常に5〜6%程度で推移するのに対して、開業率が1〜5%で低迷している。中小企業の事業継承が進まないという問題もあるが、数値の印象では根本的な課題は開業率にあるようにみえる。たとえ廃業率が高くても、それ以上に開業率が高ければ、企業は増える。要は、産業・事業・企業の新陳代謝の問題である。開業には、商材の開発・強化、提携・取引先の開拓、事業継続のための管理などさまざまな手続きが必要になる。現在のデジタルはこれらのトランザクションを効率的にこなしてくれる。公正な競争の担保や先端技術への簡便なアクセスなど、事業の新陳代謝を促進する環境整備が、企業のデジタル導入の強力なインセンティブになると考えられる。