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Matthew P. Goodman 氏,溝口 健一郎

No.60 Matthew P. Goodman(マシュー・P・グッドマン)氏

転換点に立つ世界秩序:新しい時代をいかに進むか

    はじめに

    第2次世界大戦後に形成され、約80年にわたり国際社会を律してきた世界秩序は、いま多方面から揺さぶられています。その背景には台頭する大国、揺らぐ民主主義への信頼、そして変革を促す技術革新があります。グローバル企業はこの状況下でいかなる役割を果たし得るのでしょうか。本対談では、これらの問いへの答えを探るべく、外交問題評議会(CFR)地経学研究特別研究員(対談当時)であり、ホワイトハウスおよび米財務省で要職を歴任し、経済政策と国際問題が交わる領域で30年以上にわたり活動されてきたマシュー・P・グッドマン氏にお話を伺いました。

    (聞き手は、日立総合計画研究所取締役社長の溝口健一郎が担当)

    Matthew P. Goodman 氏

    Matthew P. Goodman(マシュー・P・グッドマン)氏

    地経学政策の専門家。外交問題評議会(CFR)地経学研究特別研究員として、米国の経済的リーダーシップの再構想をめざすプロジェクト「RealEcon」を主導した。国家安全保障会議(NSC)スタッフとして国際経済担当ディレクター、在日米国大使館財務アタッシェなど、政府要職を務めた。
    CFR着任前は、戦略国際問題研究所(CSIS)、ゴールドマン・サックス、オルブライト・ストーンブリッジ・グループで上級職を歴任。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で経済学の学士号、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)で国際関係学の修士号を取得。

    制度疲労か再設計か:戦後80年体制の岐路

    溝口この80年間、世界はかつてない規模の成長を実現してきました。第2次世界大戦以降、大国間の直接的な軍事衝突は回避されてきました。民主主義、法の支配、国際協調、比較優位といった原理が相互に補完しながら機能してきました。乳児死亡率が低下し、平均寿命が延び、世界人口が大きく増加し、世界経済は持続的な拡大を遂げました。しかし、こうした状況は変わりつつあります。何がその変化をもたらしているのでしょうか。

    グッドマンこれほど長期にわたり世界規模で平和と繁栄が持続した例は、歴史上極めてまれです。この秩序は、20世紀前半の壊滅的な戦禍を背景に形成されました。同様の対立を繰り返さないために、従来とは異なる制度設計が必要であるとの認識が広く共有されたのです。

    当時、その制度構築を主導し得たのは、主に米国でした。米国は国際秩序のルールを定め、それを担保する制度的枠組みを構築しました。その成果が、国際通貨基金(IMF)や世界銀行を中核とするブレトンウッズ体制です。

    いかなる制度も時間の経過とともに疲労が生じます。約80年前に作られたルールは見直しが必要で、その実現には国際的な合意が不可欠です。ところが、米国が単独で特定のルールを主導できる状況ではなくなり、主要国はルールの内容そのものへの異議というより、自らの発言権と役割の承認を求めています。

    さらに、米国内では、制度に対する米国民の信頼が揺らいでいます。1950年代には多くの米国民が生活水準の向上を実感し、国際秩序の運営はエリート層に委ね、連邦政治に強い関心を向ける必要もありませんでした。しかし1970年代に入り、ウォーターゲート事件やベトナム戦争、格差の拡大を背景に、その状況が大きく変化しました。

    こうして、現在の秩序は多方面から圧力を受けるようになりました。制度そのものの老朽化、米国の相対的な影響力と関与の低下、新興国の台頭、さらに気候変動やパンデミックといった当初想定されていなかった課題への対応、そして制度そのものに対する信頼の低下です。

    英語には「throw the baby out with the bathwater(湯水と一緒に赤子を流す)」という言い回しがあります。問題があるからといって、適切に機能している部分まで一緒に捨ててはならないという意味です。現状の体制には課題があるものの、考えられる他の選択肢と比べれば依然として優位性があります。したがって、全面的に放棄するのではなく、改善を重ねていく姿勢が求められます。

    ウィンストン・チャーチルが「民主主義は最悪の政治形態である。ただし、これまで試みられてきた他のすべての形態を除けば」と述べたことはよく知られています。私は、この国際秩序についても同じように考えています。欠陥はあるものの、他の選択肢と比べれば根本的に優れているためです。だからこそ、この秩序は修復し、改善する価値があるのです。

    溝口この80年を人類全体の繁栄の時代と捉えるべきでしょうか。それとも、ローマ帝国や大英帝国の終焉(しゅうえん)になぞらえ、米国の覇権の終わりと見るべきなのでしょうか。

    グッドマンそのような見方には一理ありますが、看過できない相違点があります。ローマ帝国は、中枢の権力者と一体でした。統治を担う指導層が体制を維持できなくなったとき、帝国そのものが崩壊したのです。しかし、戦後の国際秩序はそれとは異なります。米国の指導力に依存してきた側面はあるものの、その基盤はより広く共有された原則の上に築かれていました。この体制は、多くの国にとって実際に機能してきました。最も大きな恩恵を受けた国は中国かもしれません。何億もの人々が貧困から脱し、中間層へと移行しました。この体制は、特定の指導者に依存しない独自の持続性を備えているのです。

    対談の様子

    民主主義が直面する課題:信頼、情報環境、社会変動

    溝口私たちは民主主義社会に暮らすことで享受できる自由の価値を認識しています。たとえ指導者に賛同できなくても、基本的な自由は保障されています。そのような社会の在り方は望ましいものだと多くの人が考えてきました。第2次世界大戦後、民主主義国の数が増加し、専制的な体制をとる国は減少してきました。ところが、その流れがいま逆転しつつあるように見えます。なぜこのような変化が生じているのでしょうか。

    グッドマン要因は二つあると考えています。一つは、民主主義の強みである柔軟性や自己修正能力には、効率性に欠け、安定的な成果を出し続けるのが難しいといった負の側面があるということです。もう一つは、情報環境の変化です。今日では、指導者の発言が瞬時に何百万人へ届き、批判もまた即座に拡散されます。その結果、政策を提案し実行に移すことは格段に難しくなっています。

    エイブラハム・リンカーンの例を考えてみましょう。リンカーンは多くの点で激しい批判にさらされました。南北戦争中に一部の民主的権利を制限したことに対する批判も、その一つです。しかし当時の批判者たちは、プラカードを掲げて街頭に立つことはできても、今日のように何百万もの人へ瞬時に情報を届ける手段を持っていたわけではありません。リンカーンも、現在の情報環境に置かれていたら、同じように指導力を発揮できたかどうかは分かりません。民主主義が本来持つ非効率性と、現代の情報環境が重なり合うことで、民主的なリーダーシップを持続させることは一層難しくなっています。

    溝口経済的な側面もあります。経済成長が進めば、政治体制も自然に開放的な方向へ向かうと考えられてきました。しかし、その期待が実現しなかった主要経済国が複数あります。経済は、この構図の中でどのような役割を担っているのでしょうか。

    グッドマン政治的な自由化を伴わずに経済的な繁栄を実現してきた国もあります。その成果が持続する限り、国民は経済的進展と引き換えに一定の自由を制限されるというトレードオフを受け入れる可能性があります。問題はそれが持続可能かどうかです。成長が鈍化し期待に応えられなくなったとき、その均衡は維持できなくなる可能性があります。

    溝口米国においても、民主主義による繁栄は必ずしも円滑に実現しているとは言えません。かつて米国は世界中の憧れでした。懸命に働けば成功でき、子どもたちにはもっと良い暮らしが待っている――そうした中間層の夢を誰もが信じていました。経済は依然として力強い一方で、今では社会の分断が拡大しているようにも見えます。その背景にはどのような要因があるとお考えでしょうか。

    グッドマン米国モデルのどこかにひずみが生じていることは確かですが、全体像を見失うべきではありません。米国は依然として世界最大の経済大国であり、予想を上回る成長を続けています。1950年代はしばしば「黄金時代」と回顧されますが、恩恵から多くの人が取り残されるなど、問題を抱えていた時代でもありました。平均的な生活水準で見れば、現在は当時を上回っています。

    しかし、グローバリゼーションや技術革新、貿易構造の変化によって、深刻な影響を受けた地域や産業があるのも事実です。とりわけ教育分野では政策上の明らかな失敗がありました。そうした地域では経済的基盤が弱体化しました。かつては雇用に必要な技能をもった労働力を十分に供給できていましたが、現在では産業界が求める能力と人々が教育や訓練で身につけている能力との間にずれが生じています。

    もっとも、幸福は経済指標だけで測れるものではありません。以前より経済的に豊かになっても、取り残されたと感じる人々はいます。移民の増加も、経済面と社会面の双方で新たな緊張を生み出しています。自らも移民の子孫である人々が、今度は新たな移民を経済的・文化的な脅威と見なす――そうした構図が生まれています。

    ただし、こうした軋轢(あつれき)は今に始まったことではありません。私の先祖もドイツ系移民ですが、1850年代にはドイツ系やアイルランド系の移民が歓迎されたとは言えず、ユダヤ系や南欧系の移民も同様の経験をしました。それでも、時間の経過とともに、それらの移民は米国社会に溶け込んでいきました。今日、移民の孫の世代は概して流ちょうな英語を話し、米国の文化になじんでいます。移民に伴う移行期の摩擦はあっても、時間の経過で摩擦が解消するパターンは今後も続くと考えています。

    対談の様子

    2040年の世界秩序:分断から柔軟な多極化まで

    溝口政治、経済、価値観など、社会の基盤そのものが大きく変化しています。こうした変化を踏まえ、世界秩序の将来についてどのようなシナリオを想定されますか。今後10年のうちに、根本的な変化が生じると見るべきでしょうか。

    グッドマンその可能性は十分に考えられます。各国の政府関係者と交わした最近の対話を踏まえると、2040年ごろの秩序には三つの可能性が想定されます。

    第一のシナリオは「弱肉強食」の世界です。明確なルールも主導者も存在せず、各国が経済・政治の両面で自国の利益を守ろうと競い合います。

    第二のシナリオは、米国主導と中国主導の二つの陣営に世界が分断される「二極構造」です。

    第三のシナリオは「柔軟な多極化」です。私はこれを「バリアブル・ジオメトリー(可変的枠組み)」と呼んでいます。課題ごとに連携の枠組みが形成され、参加国の組み合わせが変動する体制です。技術開発、貿易ルール形成、気候変動対策など、課題によって枠組みに参加する国が入れ替わるのです。

    三つのうち、最も現実的で機能する可能性が高いシナリオは、バリアブル・ジオメトリーだと思います。「弱肉強食」の世界では誰も安定した恩恵を得られません。「二極構造」も、常に緊張をはらんでいて持続可能ではありません。

    バリアブル・ジオメトリーは、すでに一定程度、現実の制度として機能しています。その一例がTPPです。過去10年にわたり複数の国が共同で貿易ルールを策定しており、さらに参加を希望する国も出てきています。このモデルでは、安定を維持しつつ、共通の繁栄を促すことができます。世界が一つのリーダーシップの下にまとまる体制と比べれば、次善の策にとどまるかもしれません。しかし、課題に応じて各国が柔軟に連携できるのであれば、現実的で持続可能な枠組みとなり得ます。

    グローバリゼーションの再設計:効率性からレジリエンスへ

    溝口マクロ経済の観点から見れば、グローバリゼーションは世界経済の効率的な成長に寄与してきました。しかし、その弊害を被っている人がいるのも事実です。生産拠点が海外へ移転し、地元の工場が姿を消したという指摘など、人々が取り残されたのはグローバリゼーションのせいだとする批判もあります。こうした状況を踏まえ、グローバリゼーションの進展は抑えるべきだとお考えでしょうか。

    グッドマン私たちがグローバリゼーションによって追求したのは、効率性です。具体的には、世界規模で最も効率的なバリューチェーンを構築し、質の高い製品やサービスを低コストで提供することです。こうした効率性の追求はおおむね機能してきましたが、常に負の側面も伴っていました。格差を助長した可能性があり、同時に新たな脆弱(ぜいじゃく)性も生み出しました。サプライチェーンを世界規模で拡張すれば、リスクも高まります。新型コロナウイルスのパンデミックはその脆弱性を浮き彫りにしました。

    こうした要因を背景に、政策や企業戦略における重心は、効率性からレジリエンスへと転換しつつあります。この転換にはコストが伴いますが、供給の途絶や混乱に対する備えにもなります。

    レジリエンスとは何かを、二つの例で説明します。一つ目は保険です。私自身、住宅保険や自動車保険、生命保険に加入しています。保険料というコストがかかるため、その分他のことに使える資金は減ります。しかし、それによって安心が得られ、不測の事態が生じた場合には家族を守ることができます。レジリエンスが得られるのであれば、そのコストを受け入れる価値があると考えています。

    二つ目は自動車です。高速化を追求してバンパーやシートベルトなどの安全装置を取り払うこともできるでしょう。しかし、そうした装置がないと、事故から回復する力、つまりレジリエンスが失われます。そのため、私たちは速度制限や運転免許制度、バンパーやシートベルトといった制約・装置を受け入れているのです。速度は落ち、行動が制限されますが、車に乗れなくなるわけではありません。

    ここが本質的な論点です。広く恩恵をもたらすものに負の側面があるからといって、それ自体を全面的に放棄することは通常ありません。むしろ、負の側面に伴うリスクに直接対処し、それを緩和しつつ、便益を維持します。

    グローバリゼーションには問題があるのだから白紙に戻してやり直すべきだという主張もあります。しかし、それには極めて大きな代償が伴うと私は考えます。むしろ、リスクの緩和に注力し、効率性と並んでレジリエンスを重視する、新しい形のグローバリゼーションをめざすべきです。

    AIとテクノロジー:進歩がもたらす新たな問い

    溝口テクノロジーはいつの時代にも歴史を動かしてきました。戦車や潜水艦、ミサイル、核兵器は戦争の様相を変え、インターネットやスマートフォンは社会の姿を変えました。そして今、急速に台頭しているのがAIや関連技術です。AIの影響について、懸念されている点はありますか。

    グッドマン総じて言えば、私はテクノロジーに対して楽観的な立場です。テクノロジーは人類の進歩に不可欠であり、生活の質の向上にも大きく寄与してきました。AIは従来よりも大きな飛躍のように見えますが、テクノロジーの進歩の延長線上にあります。全体としては恩恵をもたらしつつ、一定の負の側面も伴います。恩恵をもたらす動きを止めるのではなく、負の側面をうまく制御していくべきだと考えます。

    ただ、AIには従来の技術と異なる側面があることも認めざるを得ません。第一に、AIが自律的に思考し、人間が選択しないような行動を取り得る段階に達した場合、それは従来の技術とは質の異なる懸念を生じさせます。

    第二に、AIが雇用にどのような影響を及ぼすのかという問題があります。その行方はまだ見通しがつきません。ロボットにとって認知的作業よりも物理的作業の方が難しい現状を踏まえると、AIは肉体労働よりも先に知的労働の領域で人間を置き換えていくかもしれません。とはいえ、それが必ずしも悲観すべき事態とは限りません。仕事を失った人が、私たちにはまだ想像できない形でAIを活用し、新たな機会を見いだす可能性もあります。

    人々が生計を立てることを可能にしてきた仕事の多くがAIに置き換えられるとすれば、新たな機会を速やかに創出するか、社会の仕組みそのものを再設計する必要があります。例えば、ベーシックインカムの導入や、従来の長時間労働に代えて、AIと協働しながら短時間勤務へと移行する仕組みなどが考えられます。

    したがって、AIが人類の進歩に貢献するという点を私は楽観的に見ています。ただし、AIが依然として十分に答えの出ていない重要な問いを提起していることは確かです。

    政府と企業:深まるパートナーシップ

    溝口私はかつてシリコンバレーに住んでいました。10〜15年前、シリコンバレーのベンチャー経営者やエンジニアがワシントンの政策当局を意識することはほとんどありませんでした。自分たちの仕事とは無関係だと考えていたのです。ところが今では、シリコンバレーの主要な経営者はほぼ毎月のようにワシントンを訪れています。同時に、各国政府もテクノロジー政策への関与を強めています。このような中で、政府と企業の役割はどのように変化しているのでしょうか。

    グッドマンもともと、政府と民間はまったく別々に動いていたわけではありません。これまでも規制産業や産業政策は存在してきました。しかし現在では、政府にとって企業の重要性がかつてなく高まる一方で、企業にとっても政府の存在感が増しています。

    その背景には、新たなリスクの存在があります。パンデミックや気候変動、新興技術、さらには戦略的競争への懸念などです。こうしたリスクは、市場の力だけでは解決できない状況を生み出しています。そこで政府が介入します。これは民間の意思決定への制約となる一方で、解決策の担い手となる企業には新たな機会が生まれます。

    同時に、政府もまた、かつてないほど民間の力を必要としています。サプライチェーンの強靱(きょうじん)化や重要技術の開発、インフラ投資といった取り組みでは、民間企業の関与が欠かせません。政府だけでこれらすべてを賄うことは不可能であり、民間の資本と専門知識を呼び込む必要があります。そうした官民連携の具体例の一つが、インフラ分野です。例えば米国と日本は新興国市場へのインフラ投資を進めており、これは日立にとって直接的な関心領域です。

    だからこそ、政府は民間をパートナーとして理解する必要があり、民間も政府の目的や期待をより深く理解する必要があります。

    溝口企業の意思決定を取り巻く環境は、ますます複雑になっています。株主や顧客、従業員、地域社会に対する責任に加え、今や政府に対する責任も意識せざるを得ません。

    グッドマンそのとおりです。もはや税金を納め、法令を順守するだけでは十分ではありません。企業は、問題解決を政府と共に担うパートナーとして自らを位置づける必要があります。これらの問題が解決されず市場が機能不全に陥れば、企業活動そのものが成り立たなくなります。イノベーションや利益創出を可能にするハード、ソフト両面の基盤を整えるのは政府です。そして、その基盤を維持するために政府もまた企業の協力を必要とします。今や、政府と企業の関係はかつてなく統合的なものになっています。

    溝口日立のようなグローバル企業は、特定の一国のみに属する存在ではありません。各国政府との関係を継続的に構築・調整しています。

    グッドマンそのとおりです。それもまた一つの重要な課題です。日立がどのように位置づけるかにかかわらず、米国政府にとって日立はパートナーなのです。米国政府は自国内へのさらなる投資を求めています。日立はすでに相当な投資を行っていますが、米国の政策優先事項との整合性を示すことが期待される局面もあり得ます。米国政府から見れば、日立は経済政策の目標に関して、米国企業と同様の存在なのです。

    戦略的な先見力:グローバル企業の価値

    溝口日立総合計画研究所のような企業系シンクタンクの役割について、どのようにお考えですか。日立総研は日立グループを主な対象とするシンクタンク兼コンサルティング機関ですが、一方で産業界や広く社会全体への貢献も視野に入れています。私たちの強みは、ITやインフラといった分野に携わる日立の事業との密接な結びつきにあります。事業現場から得られる知見を踏まえ、経営陣に提言できることが特徴です。日立総研に対するアドバイスやご期待があれば、お聞かせください。

    グッドマン大手のグローバル企業にとって、日立総研のような分析機能は不可欠です。事業に直接影響を及ぼす地政学的動向を的確に把握するだけでなく、そうした変化が長期的な技術革新やリスク管理の前提条件をどのように形づくるのかを見通す力が求められるためです。

    50年以上前に、この機能を事業部門と一体で構想し、組織として位置づけた創設者の先見性は特筆すべきものです。現在の環境においては、この能力がこれまで以上に強く求められています。それをすでに備えていることの価値は計り知れません。

    対談の様子

    対談後記

    過去80年にわたり築かれてきた世界秩序は、いま大きな転換期に差しかかっています。グッドマン氏が指摘したように、平和と繁栄を支えてきた体制はいま揺らいでいます。しかし、それを放棄する代償は、改革に取り組む負担を上回る可能性があります。問われているのは、分析と実践の双方にわたる課題です。不確実性の高い時代において、いかにかじを取り、国際社会の安定に貢献していくのか――その答えが求められています。

    本対談からは、グローバル企業にとって特に重要な三つの論点が浮かび上がりました。第一に、効率性からレジリエンスへの転換です。効率のみを追求してきたサプライチェーンやビジネスモデルの脆弱性が明らかになる中、レジリエンスの確保には戦略的な投資が不可欠となっています。第二に、政府と企業との関係における質的変化です。国境を越えて活動する企業は、各国の政策が自社に与える影響を理解するだけでなく、自らの意思決定がより広い経済・社会環境を形づくることを自覚しなければなりません。第三に、戦略的先見力の重要性です。変化の速度が増す時代にあって、地政学・地経学の動向を構造的に分析する能力は、もはや選択肢ではなく、企業経営の前提条件となっています。

    大手グローバル企業にはこうした分析を担う自社機能が不可欠であるというグッドマン氏の指摘は、日立総研の使命と深く共鳴するものでした。日立総研は、精緻な分析が不確実性の高い時代に進むべき道を照らし得るという信念のもとに設立されました。世界の情勢が大きく変化する中、私たちはその使命をこれからも一貫して果たしていきます。日立グループはもとより、この転換期を歩む多様なステークホルダーに対し、確かな洞察を提供し続けていきます。

    株式会社日立総合計画研究所
    取締役社長 溝口 健一郎

    機関誌「日立総研」、経済予測などの定期刊行物をはじめ、研究活動に基づくレポート、インタビュー、コラムなどの最新情報をお届けします。

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