ページの本文へ

寺澤 達也 氏,鈴木 教洋氏

No.61 寺澤 達也 氏

エネルギー転換期に問われる日本のレジリエンスと成長戦略

    世界は今、地政学リスクの高まりと脱炭素化、さらにはAI利用の進展に伴うデータセンター増設による電力需要の急増といった、かつてない複合的な課題に直面している。こうした情勢の中で日本はいかにエネルギー安全保障を確保し、産業競争力を高めていくのか。今回は、一般財団法人 日本エネルギー経済研究所(IEEJ:The Institute of Energy Economics, Japan)理事長の寺澤達也氏をお迎えし、オイルショックや福島第一原子力発電所で発生した事故などでの経験を踏まえながら、エネルギー政策の本質と日本企業に求められる役割を議論した。危機をチャンスへと転換するための視点と、その実現を支えるGX・DXの可能性を探る。

    (聞き手は、日立総合計画研究所取締役会長の鈴木教洋が担当)

    寺澤 達也 氏

    寺澤 達也(てらざわ たつや)氏

    一般財団法人 日本エネルギー経済研究所 理事長

    1961年生まれ。1984年、東京大学法学部を卒業し、通商産業省(現・経済産業省)に入省。内閣総理大臣秘書官(2011年)をはじめ、貿易経済協力局長、商務情報政策局長などを歴任。2018年から2019年にかけては経済産業審議官を務め、通商政策や産業政策を主導した。退官後は内閣府参与などを経て、2021年7月に一般財団法人日本エネルギー経済研究所(IEEJ)の理事長に就任(現任)。東京理科大学上席特任教授。現在は、政府の総合資源エネルギー調査会基本政策分科会の委員も務め、日本の第7次エネルギー基本計画の策定にも深く関与している。1990年にハーバード大学ビジネススクールでMBAを取得。

    エネルギー、環境問題、地政学――世界の課題と向き合うIEEJ

    鈴木寺澤理事長は長らく経済産業省で通商・産業政策をけん引してこられました。現在は日本エネルギー経済研究所(IEEJ)のトップとして、世界のエネルギー情勢の最前線に立たれています。

    寺澤私が理事長を務めるIEEJは1966年に設立され、2026年で60周年を迎えます。この組織は、日立製作所をはじめとする日本の産業界および関係省庁・機関の皆さまなど、多くの方々のご支援で続いてきた組織です。最初に心からお礼を申し上げます。

    振り返ってみれば、IEEJの歴史は日本のエネルギーの歩みそのものと言えます。設立当初は石油関連の研究が主でしたが、第1次オイルショック(1973年)以降、日本がエネルギーの多角化を強力に推進する中で、研究・調査の範囲は液化天然ガス(LNG)、石炭、原子力へと拡大し、省エネルギーも含まれるようになりました。現在では、再生可能エネルギーなどの新エネルギーも含めて調査対象を拡大しています。

    大きな転換点となったのは、1997年の「気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)」における京都議定書の採択です。これを契機に地球環境問題への取り組みを強化してきました。以降、国境を越えたカーボンクレジット取引の国際交渉や排出量取引市場の設計支援、ライフサイクルベースのカーボンフットプリントの分析など、多岐にわたる取り組みを行っています。こうした地球環境問題の調査研究は、第一の柱であるエネルギー分野の調査に加えて、今やIEEJの第二の柱となっています。

    IEEJにおける三つ目の重要な柱は地政学分野の調査研究です。この分野の調査対象を拡大するために、財団法人 中東経済研究所と2005年に統合しました。これは、エネルギーと中東が密接に関係しているという理由によるものです。現在では中東に加えて、米国、欧州、ロシア、中国、インド、ASEANなど、日本と関係が深い国・地域の調査も行っています。

    このようにIEEJはエネルギーの全ての側面と地球環境問題、地政学をカバーする、世界でも数少ないシンクタンクです。この三つの柱は全てが関連し合っており、日本と世界の課題そのものであることから、その解決に応えるべく活動を続けています。

    鈴木日本だけでなくグローバルな課題の最前線を研究対象としておられるわけですね。極めて重要な役割であることが理解できました。

    対談の様子

    電力需給ひっ迫や福島第一原子力発電所の事故など、危機の現場から学んだこと

    鈴木寺澤理事長は通商産業省および経済産業省時代に、通商政策や産業政策をけん引され、手腕を発揮してこられました。こうしたご経験が現在の視座にどのようにつながっているのか、お聞かせください。

    寺澤私は1990年、資源エネルギー庁の公益事業部開発課(当時)において初めて課長補佐に着任しました。この課は、電力分野の短期および長期の需給、燃料の調達、設備計画を全てつかさどります。加えて発電所の立地選定のサポートにも当たるという、非常に幅広い職務を担います。このとき私はちょうどハーバード大学ビジネススクールでの留学を終えて帰国したばかりでしたが、いきなり難しい課題が待ち受けていました。

    実は1990年というのは、特に東京電力のエリアにおいて、夏の電力需給がひっ迫して停電の危機にさらされた年だったのです。当時はバブル経済のあおりを受けてエネルギー需要は大きく伸びていました。一方で供給面は、第2次オイルショック後の経済低迷もあり、設備投資が十分ではなかった。そうした中で需給ひっ迫にどう対応するのかという、極めて重大な問題に直面しました。そうこうしているうちに、今度は湾岸戦争が始まりました。需給ひっ迫に加えてエネルギー安全保障の問題にも対処しなければならなかったのです。

    そこでまずは供給力を増やすべく、原子力発電所の増強について検討を進めました。当時、1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故によって原子力に対しては大きな逆風が吹いていました。そうした中で地域の皆さまのご理解を得ながら原子力政策を進めるべく腐心しました。

    次に検討したのが送電網の強化です。このとき、東京エリア以外では相対的には電力需給は逼迫(ひっぱく)していなかったことから、需給逼迫エリアへほかのエリアから電力を融通できるよう送電網の強化を図りました。

    また1992年6月にブラジルのリオデジャネイロで「環境と開発に関する国連会議」(UNCED/地球サミット)が開催されると発表されていたこともあり、社会全体で地球環境問題への関心が高まっていました。これを受けて、太陽光発電の余剰電力を電力会社が販売価格で買い取る「余剰電力の買電制度」を整備しました。2012年に導入されたFIT制度(Feed-in Tariff:固定価格買取制度)より20年も前に、自主的な取り組みとして再生可能エネルギーの買電を進めたのです。現在では一般的になっていますが、当時は電力会社の送電網に再生可能エネルギーによる電気を流す「逆潮流」は、系統の安定性を損なうとして認められていませんでしたので、それを可能にすべく奔走しました。

    課長補佐を務めたのは2年という短い期間ではありましたが、今から思えば、この期間に直面した難問は現在、日本が直面している課題とそのまま重なります。「原子力利用をどのように進めるのか」「再生可能エネルギーをどのように増やすのか」「電力需給をいかに安定させるのか」「どのように送電網を整備していくのか」。さらにこうした中で「いかに地球環境問題に対応していくのか」「地政学の問題にどのように対応するのか」――。この2年間での経験こそが、現在の私の職責につながっているのだろうと思います。

    その後、2011年9月に野田佳彦内閣総理大臣の秘書官に就任しました。福島第一原子力発電所の事故から半年というタイミングで、その収束と安定、さらには東北全体の復興に尽力しました。また、大飯発電所(福井県大飯郡おおい町)の原子炉2基の再稼働にも取り組みました。福島の事故から約1年、初の原発再稼働ということもあり、社会的に賛否が大きく分かれる難しい局面でした。そうした中で当時の内閣は、日本の経済生活において原子力発電所の再稼働は必要不可欠であるとして決意を持って臨んだのです。それを傍らで見ながら、エネルギー需給安定がいかに重要であるかを改めて認識するとともに、原子力利用については特に国民の理解を得ることの困難さを実感することになりました。

    鈴木日本のエネルギー問題の非常に厳しい局面を度々ご経験され、それを乗り越えてこられたからこそ今があるわけですね。

    寺澤その後の私の大きな仕事をもう一つ紹介するとしたら、2015年に貿易経済協力局長に着任したことです。このときに問題となっていたのは、米国のオバマ政権による石炭火力への規制でした。地球環境問題に熱心に取り組むオバマ政権は、2013年に「気候変動計画」を策定、海外の石炭火力発電所新設への米政府公的金融支援を原則停止するなど石炭火力離れを強力に推進していました。そうしたこともありオバマ大統領と安倍晋三内閣総理大臣との会談で石炭火力が話題に及ぶと、毎回、意見がかみ合わない状況が続いていたのです。地球環境問題において石炭火力は一概に悪ではなく、日本の技術を生かして高効率な石炭火力利用を新興国などで推進することは、むしろ地球環境問題解決(CO2の排出量削減)にとってプラスになると安倍内閣は考えていたためです。

    このような状況下ではありましたが、この年の11月にCOP21の開催が迫っており、米国およびEUを含めたOECDメンバーとの交渉を成し遂げる必要がありました。結果的に、効率の悪い石炭火力への支援は打ち切るけれど、高効率の石炭火力への支援は認められました。再生可能エネルギーのコストが当時はまだ高いということもあり、現実的な選択として高効率の石炭火力を認めるというもので、4年後に見直すことで合意しました。

    この出来事に象徴されるように、地球環境問題とエネルギー問題の現実的な解決において、コストとのバランスは重要な観点の一つになります。このときの経験もまた、現在の私の職責につながっていると感じています。

    対談の様子

    史上最大級のエネルギークライシスをどう見るか

    鈴木昨今の国際情勢の急激な変化について、どのように感じておられますか。

    寺澤2026年2月に米国とイスラエルがイランを攻撃したことから始まった中東情勢の緊迫化は、エネルギーに関して史上もっとも大きな混乱を引き起こしていると感じています。最大級のエネルギークライシスと言ってよいでしょう。私は1973年の第1次オイルショックを12歳で経験しており、当時の危機感が心に焼き付いています。今回はそれを上回る規模のクライシスだと思います。

    この状況について本日(2026年6月5日)の時点で申し上げるなら、他のアジアの国々がエネルギー供給に苦しむ中、日本は相対的に危機に対処できているのではないかと思います。これは政府およびエネルギーに関連する企業、産業界の皆さまの大変なご努力のたまものです。同時に、これまで取り組んできたエネルギー安全保障政策の成果によるものと言えるでしょう。第1次オイルショックを経てエネルギーの多様化を進め、供給源の多角化および省エネルギーに取り組んできたことが今に結実している。史上最大級のエネルギークライシスにおいても、日本が一定程度のレジリエンスを保つことができているのを見ると、私自身は危機感を持ちつつも、同時にチャンスも見いだしている部分があります。

    第1次オイルショックのときに、子どもながらに心配したのは、当時の安い中東原油に依存した日本の産業はこれでおしまいになるのではないかということでした。それを強烈に覚えています。ただ振り返ってみれば、日本の産業はオイルショックを契機に省エネルギーに邁進(まいしん)し、省エネ技術を武器に世界に大きく飛翔しました。同様に今回の危機もチャンスに変えて、再び日本の産業が世界に飛躍する契機になるのではないかと期待しているのです。

    鈴木おっしゃるように、危機こそチャンスと捉えるべきですね。
    実は日立総研の設立背景には、1972年にローマ・クラブが提唱した「成長の限界」がありました。この警告を受けて、当時、ローマ・クラブのメンバーであった日立製作所の駒井健一郎会長が、経済、社会、経営、技術を統合した「ソフト・サイエンス」の確立と、中長期的な視点での未来予測や社会課題解決をめざして1973年に設立されたのです。このような背景から、エネルギー問題は日立総研において大きな柱となってきました。

    また私自身は研究開発グループ長を務めていたときに、「日立東大ラボ」の設立(2016年)に携わりました。当時、東大の五神真総長と日立の中西宏明会長の議論を受けて、「Society5.0を支える電力システムの実現に向けて」をテーマにスタートしたという経緯があります。やはり、日本の未来においてエネルギー問題はもっとも重要な課題であり、かつ成長への活路でもあると感じています。現在、日立東大ラボではエネルギーシステムの公共性と競争性、そして地域のトランジションの加速を研究テーマにしています。エネルギーは国力の根幹であり、日立グループとしてもエネルギークライシスをチャンスに変えるべく貢献してまいりたいと思います。

    「エネルギー・トリレンマ」に挑む日本の戦略

    鈴木マクロ情勢とエネルギー安全保障についてお聞かせください。現在、ウクライナ情勢、中東情勢といった地政学リスクに加えて、AI利用の拡大やデータセンターの増設による電力需要の急増など、エネルギーを取り巻く環境はかつてないほど複雑な局面を迎えています。このような社会の大きな変化の本質をどう捉えられておられますか。

    寺澤第1次、第2次オイルショックを経て、日本ではエネルギー安全保障を強く意識する時期がありました。ところが、やはり人間の記憶というのは時とともに薄れていくものです。1990年代後半くらいから2000年代前半にかけて、エネルギーはコモディティ化してしまいました。つまり空気や水のように当たり前にあるもの、という認識になってしまったのです。当時はエネルギー需要もそれほど伸びていなかったし、エネルギー安全保障の問題もなく、ただ安ければいいという風潮があったと記憶しています。

    その認識が覆されたのが、福島第一原子力発電所の事故であり、計画停電の経験でした。先ほど申し上げた大飯原子力発電所の再稼働も電力需給の問題から避けては通れなかったわけです。やはり電力需給を安定的に保つことは当たり前ではないし、電気であれば何でもよいというわけでもない。そのように世間の風潮が変わり始めたのが、2011年でした。

    さらに、2020年10月に菅義偉内閣総理大臣が、2050年にカーボンニュートラルを実現すると宣言しました。これを機に、エネルギーを安定的に供給するだけでなくCO2排出抑制の必要性が指摘されるようになり、エネルギーの質が強く問われ始めました。

    また、2022年2月にロシアによるウクライナ侵攻が始まり、加えて2026年2月の米国とイスラエルのイラン攻撃により、エネルギーは量も十分に確保しておかなければならないものであるということを突きつけられました。

    一方、2007年以降減り続けていた電力需要ですが、ここへ来て一転、再び増え始めています。その理由は、AI利用の拡大に伴うデータセンターの増設や半導体をはじめとする産業の国内回帰、さらには製鉄の高炉から電炉への転換など、産業を中心に電力化が進んでいるためです。つまり、CO2排出量の削減といった電力供給の制約がさまざまにある中で、電力需要に応えるべく供給量を確保しなければならない。コモディティ化して、当たり前にあると思っていたエネルギーは、今や非常に複雑かつ矛盾を内包する大きな課題にさらされています。エネルギーがあってこそ、日本の産業も国民の生活も成り立つものであり、エネルギー情勢は国際競争力にも直結します。そうした非常に複雑な状況にわれわれは置かれているのです。

    鈴木難しい局面の中、エネルギーの安定供給には燃料も一つの重要な要素ですが、発電設備や送配電網などのインフラ機器、ならびにこれらの製造に必要なレアメタルなどの重要鉱物を安定的に調達・供給するための総合的なサプライチェーンの構築も課題です。「コスト」偏重から「レジリエンス」重視へと転換する中で、日本が直面するボトルネックと取るべき戦略についてはどのようにお考えですか。

    寺澤現状を端的に表しているのが、「エネルギー・トリレンマ*1」という言葉です。環境適合(Environmental Sustainability)、経済性(Economic Efficiency)、エネルギー安全保障(Energy Security)の3Eを同時に実現するのは非常に難しい。

    エネルギー安全保障の観点からは、燃料の確保だけでなく、インフラ設備や機器、それらの機器の製造に欠かせない重要鉱物の確保など、幅広い視点を持ちながら多様な供給チャンネルを構築することが極めて重要になると思います。

    再び電力需要が増えていく中、カーボンニュートラルを進める上で必要なプロダクトや設備も欠かせませんが、これは日本のボトルネックになりかねない。エネルギートランジションや成長にとって、必要な設備や機器がきちんと供給されることは極めて重要な条件です。

    そうした局面で、日立は重要な役割を担うことになるでしょう。エネルギーに関連する技術の開発や重要鉱物に関する日本自身が参画する強靭(きょうじん)なサプライチェーンの構築は、国策として極めて重要です。その際に幅広い技術を持つ日立の貢献に大いに期待しています。

    鈴木ありがとうございます。カーボンニュートラル、さらには生物多様性についてはEUが進んでいることもあり、日立ではインペリアル・カレッジ・ロンドン(ICL)と共同研究を進めるなど、取り組みを強化しているところです。強靭なサプライチェーンの実現においても、引き続き強力に取り組んでまいります。

    *1
    トリレンマ(Trilemma)
    三つの選択肢や目標のうち、すべての両立が困難であり、どれか一つ(または複数)を犠牲にしなければならない状態のこと。

    送配電網の進化が支えるエネルギートランジション

    鈴木技術革新とエネルギートランジションについてお尋ねします。再生可能エネルギーの拡大と需要急増を支えるため、日立ではHVDC(High Voltage Direct Current:高圧直流送電)やデジタル技術を用いた次世代グリッド(送配電網)の構築を進めています。これらについては、どのような期待を寄せられていますか。

    寺澤再生可能エネルギーの生産には、太陽光や風力をふんだんに生み出すための広い土地が必要であり、現在、北海道のポテンシャルに大きな期待が寄せられています。一方で主な電力需要地は首都圏であるため、北海道と首都圏を結ぶ送電線が不可欠です。そうした中で、長距離・大容量送電時の電力損失が非常に小さいHVDCは、極めて重要な技術であることは間違いありません。

    再生可能エネルギーの発電地と需要地の距離が離れているという課題は日本に限ったものではありません。ASEANでも同様に、再生可能エネルギーを効率的に融通するための広域送電網の整備が求められており、「ASEANパワーグリッド構想」においてもHVDCは要の技術になると考えられます。例えばカンボジアやラオスなど、メコン川流域の国々で生産された再生可能エネルギーによる電力を、電力需要地であるシンガポールなどに送電する際、HVDCは強力なインフラになるでしょう。

    ただし、計画的に投資を進める必要があります。供給面でのサプライチェーンのボトルネックも考慮した上で、物理的な送配電網の強化だけでなく、それをよりスマート化して効率的に使っていく必要があります。さらに送配電網のその先で需要家が電力をバッテリーで貯蔵して使うといった場面においてもスマート化が必要であり、リアルタイムで分散電源をマネジメントしていく必要がある。このように送配電網などのハード面と、運用におけるソフト面の強化において、その両方に通じている日立の役割はますます大きくなっていくのではないでしょうか。

    鈴木身の引き締まる思いです。われわれは物理的なインフラ整備にとどまることなく、需給を最適化する電力取引市場とのデータ連携など、エネルギーシステムの再設計という大きな課題にも向かっていかなければなりません。

    AIはエネルギー問題の「負荷」ではなく「解決策」

    鈴木特に日立が注力すべきイノベーション領域はどこだと思われますか?

    寺澤エネルギーの量も質も安定的に確保しなければならないとなると、旧来型のエネルギーの世界だけではなかなか解決策は見いだせません。エネルギー改革を伝統的なGX(グリーントランスフォーメーション)だけで実現しようとしても限界があります。このようなときにこそDX(デジタルトランスフォーメーション)の出番です。日立はDXにも精力的に取り組んでおられますが、GXにおいてもDXの活用が鍵を握ることになるでしょう。

    例えば省エネルギー。オイルショック以来、日本は省エネルギーに取り組んできたわけですが、もはや伝統的な省エネルギーのやり方では乾いた雑巾を絞るようなもので、もうこれ以上はできないところまできています。そこにAIを活用することで、これまでになかった別次元の省エネルギーが可能になると思います。

    AIの活用は電力需要をかえって増やすことになり、負荷でしかないという見方がありますが、私はそうは思いません。AIの活用による経済活動・社会活動の効率化、省エネルギーのさらなる推進をめざす取り組みは未開拓で、これから伸びる領域だと思います。ただし、これを実現するにはリアルな世界にデジタルの力を活用するノウハウが不可欠です。日立の言葉で言えば、ITとOTの両方を併せ持っていること。日立は、エネルギー、モビリティ、インダストリーという、まさに日本の産業の要となる分野全てに取り組んでいらっしゃいます。これらの働きは、AIを活用したリアルの世界の省力化に大きく貢献するでしょう。

    昨今新聞を読むと、AI技術の急速な進展によってデータセンターが必要不可欠であり、さらなる電力が必要になるといった記事ばかりが目につきますが、AIそのものの省エネルギーやデータセンターの効率化については、まだまだ検討の余地があります。現状は、データセンターの冷却に注目が集まっていますが、それだけではありません。電気設備や半導体、さらにはアルゴリズムの効率化などにも目を向けるべきです。省電力化に大きく貢献するといわれる光電融合*2への期待も大きい。つまり、AIによる省力化、AI自身の省エネルギー化、AIによるエネルギーシステム全体の効率化のように、AIの可能性は、あらゆるフェーズと領域で大きく広がっていくだろうと思います。

    そしてこれらの取り組みは、今後エネルギー需要が伸びていく東南アジアや南アジアなどのEMDEs*3(新興国・発展途上国)にも適用できる。地球全体でカーボンニュートラルをめざし、エネルギーへの投資を極力合理化しながら拡大させるとともに、生活水準を向上させていく。そのためには、まさしくEMDEsにおけるGXが鍵を握ります。これらの国々における地球環境保全と成長と福祉(ウェルビーイング)という、三つの目標において日立の貢献に期待しています。

    鈴木おっしゃるように、IT×OT×プロダクトにより、デジタルとリアルの世界をつなげ、最適化していくというのは日立の得意分野です。電力システムとデータセンターのシステマチックな省力化も極めて重要です。最近では、電力(ワット)を供給する発電所などのインフラと、情報(ビット)を扱うデータセンターなどの通信インフラを一体的に整備・運用し、最適化をめざす「ワット・ビット連携」にも注目が集まっていますが、そこにもわれわれ日立の総合力を持って貢献できると思っています。

    *2
    光信号を扱う回路と電気信号を扱う回路を融合すること。半導体デバイスでデータのやり取りをする際に、これまで使われてきた「電気信号」を「光信号」に置き換える技術。あるいは電気と光を組み合わせて伝送する技術。光を使うことで、通信を高速・大容量化しながら消費電力を大幅に抑えるとして期待されている。
    *3
    EMDEs : Emerging Markets and Developing Economies

    リアルな課題を解くAIが日本の強みになる

    鈴木最後の質問になりますが、日本企業の競争力強化についてお聞かせください。資源小国である日本が、現在のエネルギー制約をいかにして成長や産業競争力強化へと変えていくべきか、未来への展望をお聞かせください。

    寺澤先ほども申し上げたように、ぜひ現在のピンチをチャンスに変えてほしいと思います。その中で特に注力すべきは、やはりAIです。AIによる研究開発やサービス展開では米国や中国が先行していますが、日本の場合は、デジタルだけでなくリアルにも強い。つまり、日本は現実社会の課題解決にAIを生かすことにたけているはずです。ぜひ、リアルの課題解決に直結したAIを開発していただきたいと思います。開発と同時に現実社会の課題を解決することができれば、それは日本の大きな強みになるでしょう。

    そのようなAIをうまく活用できれば、エネルギー需要を抑えながら、経済成長と生活水準向上に貢献できるはずです。日本のみならず特にこれから成長が期待される東南アジアや南アジアの国々において、省エネルギーが大きな柱となるのは間違いありません。こうした国々において、省エネルギー先進国として高いブランドイメージを持つ日本企業の力を大いに発揮していただきたいと思います。

    今後、再生可能エネルギーがさらに増えていく中で、出力変動に応じてリアルタイムで電力システムを安定化させることも欠かせません。2025年4月にイベリア半島で発生した大停電がその好例です。その原因は、太陽光発電や風力発電などの出力変動の大きい発電設備が多く稼働する中で、電力系統の電圧を最適に制御する仕組みが十分に機能せず、急激な電圧変化への対応が間に合わなかったことだといわれています。こうした複雑な運用に対しては、予測も含めてAIの力が発揮できる領域だと思います。

    一方で、エネルギーミックスにおけるベース電源として、いま再び原子力が注目されています。日立が手がけている革新軽水炉は、さまざまな自然災害や事故への対策も視野に安全性を強化して設計されているということで、大いに期待しています。また、データセンター用として、あるいは新興国用として、小型原子炉のニーズも高まっています。日立は米GEベルノバとともに次世代型の小型モジュール炉(SMR:Small Modular Reactor)の共同開発を進められています。こちらも、カーボンニュートラルの実現において、重要な役割を果たすことになるでしょう。

    最後に、核融合への期待です。子どもの頃、いずれ核融合でエネルギー問題が解決されると思っていましたが、まだその道のりは遠い。しかし、ようやく水平線の向こうに実現可能性が見えてきました。日立は、プラズマ加熱装置や排気システムなどの主要機器の開発を手がけておられるそうですね。ぜひ、この分野でも日本の核融合産業をけん引していただきたいと思います。

    鈴木日立総研へのアドバイスもぜひお願いします。

    寺澤世界の流れや変革を、よりマクロかつグローバルな視点で捉える立場にあるのが日立総研の役目だと思います。日立はグローバルな売上高が10兆円という、素晴らしい成果を出しておられます。一方で、いまだにそのポテンシャルをグローバルに生かしきってはいないように感じます。事業部門はどうしてもミクロな視点に陥りがちなので、そのミクロな視点をマクロにつなげ、隠れたポテンシャルを見つけて、グローバルに具現化していく発信力に期待しています。

    鈴木ご指摘のとおり、マクロとミクロの間をしっかりつなぐのが日立総研の役割です。これからも取り組みを強化していきたいと思います。本日はお忙しい中、ありがとうございました。

    対談の様子

    対談後記

    1990年の電力需給ひっ迫、福島第一原子力発電所の事故、世界の脱炭素化の潮流、そして現在の地政学的危機――それぞれの現場で意思決定に携わってこられた経験から語られる寺澤理事長の言葉には、机上の議論では得られない重みがありました。一方で印象的だったのは、危機を悲観することなく、日本が培ってきた省エネルギー技術やDXの力を生かし、新たな成長につなげるべきだという前向きな視点です。マクロな世界の変化を捉えながら、社会課題の解決を通して新たな価値を生み出す――その重要性を改めて考えさせられる対談となりました。

    株式会社日立総合計画研究所
    取締役会長 鈴木教洋

    機関誌「日立総研」、経済予測などの定期刊行物をはじめ、研究活動に基づくレポート、インタビュー、コラムなどの最新情報をお届けします。

    お問い合わせフォームでは、ご質問・ご相談など24時間受け付けております。