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製造業のバリューチェーン変容と新たな価値創造

    2026年3月2日

    従来、製造業はバリューチェーンをグローバルに分散し効率化や生産性の向上を図っていた。ところが近年の自然災害や地政学的な緊張によりバリューチェーンが停滞・分断、モノの供給不足が度々生じるようになっている。このように、グローバルな拠点分散に起因する脆弱(ぜいじゃく)性が顕在化している中、各国・地域の政府・企業は製造業の域内・国内回帰に向けて取り組みを進めている。注目すべきは、こうした取り組みの一環で、モノづくり自体の価値が再認識され、これに重点を置いた設備投資やデジタル技術投資が拡大、上流下流と連動しながら価値の創り方を変革させようとしている点である。日立総研では、このように製造業が新たな価値創造を実現する「シン製造業」の姿について研究を進めている。

    1. 製造業を巡るグローバル環境の変化とスマイルカーブのフラット化

    近年、地政学情勢の急激な変化や自然災害の発生頻度の高まりなど、グローバルな環境が不安定化している。地政学情勢に起因する変化についてみると、各国・地域政府がレアアースや半導体材料、鉄鋼・アルミニウムなどの戦略物資の確保を重要な政策課題と位置付け、これらの物資を囲い込むために輸出規制などを強化した結果、これらの価格が高騰している(図1)。

    注) 図中の「→(矢印)」は、各事象の前後での価格変化を示す
    資料:各種資料より日立総研作成
    図1 地政学リスクに伴う重要資源の価格変化

    製造業は、これまでバリューチェーンをグローバルに分散し効率化を進めてきた。しかし、グローバル環境が不安定になったことで資源や部品の入手が難しくなるなど、バリューチェーンの脆弱性が顕在化している。この対策の一環として製造業企業は、国内や域内への回帰をめざす動きを活発化している。図2に示すように、米国や欧州では、製造業において輸入高と比べて国内生産高が顕著な伸びを示しており、国内・域内回帰の傾向を示唆している。これに伴い、各国・地域では製造業への設備投資も増加している。図3に示す通り、米国は安全保障や国力強化の観点から医薬、電気機器(エネルギー)、先端IT機器および自動車産業に注力し、欧州でも医薬を中心に投資を増やしている。一方で、製造強国をめざす中国は、先端IT機器だけでなく、電気機器(エネルギー)や化学など、基幹産業分野への投資に力を入れている。

    資料:各種資料より日立総研作成
    図2 米国と欧州製造業の生産高推移

    資料:各種資料より日立総研作成
    図3 米国・欧州・中国における産業別の製造設備投資の増加

    製造業における変化がみられるのは、国内回帰に伴う設備投資だけではない。AI・デジタル技術やロボティクス・自動化技術の進展で、生産性も向上している点にも注目すべきである。その結果、製造業バリューチェーンの価値構造が変化しつつある。図4(左)に、バリューチェーンの上流(開発)・製造・下流(サービス)における付加価値成長率について、2020年までと2025年までの5年間の比較を示す。価値構造を示すスマイルカーブが図4(右)のように近年フラット化している傾向が示されている。

    2章では、このような価値構造を変化させる、新たな製造業の姿を展望する。

    資料:各種資料より日立総研作成
    図4 製造業バリューチェーンの付加価値成長率変化 (左) とシン製造業によるバリューチェーン価値創出の変革 (右)

    2. データ・AI集約型産業として価値創造を変容する「シン製造業」

    製造業は、グローバル環境の変化に伴い価値の創り方を変え、バリューチェーンのスマイルカーブをフラット化させている。具体的には、以下の3種類の方法で、バリューチェーン上の価値を製造業が取り込んでいる(図4(右)、図5)。

    1. 製造価値の上流への拡張:

      品質関連の製造条件をAIでデータ化し、設計にフィードバックすることで、製品の品質や歩留まりを向上する。製造現場データが上流の設計開発に不可欠となる。
      例) 半導体製造の分野では、品質に影響する半導体チップの製造・環境条件をAIで抽出し設計を支援する、MFD (Manufacturing for Design) 手法を取り入れている。製造プロセスに関する情報をIP (Intellectual Property) 化し、設計パートナーに共有している。

    2. 製造価値の再構築:

      ダークファクトリーのように、製造工程をフィジカルAIで自動化・無人化し、製造フローを並列処理・統廃合することで、無駄を排除する。
      例) IT機器製造の分野では、フィジカルAIを活用し完全無人工場を実現している。労働者の存在を排除し、ヒトの存在を考慮せずに空間や製造ラインを構築して、生産性を大幅に改善する。

    3. 製造価値の下流への拡張:

      製品の稼働状況やユーザーの利用環境・効果をトレースし、ニーズに適した製造を実施するためにAI予測に基づくフィードバックを行うことで、不良品回収など手戻りを減らす。同様に、品質不良をAI予測し改善する製造プロセスで設計から検査へのリードタイムを短縮する。ユーザーニーズを製品に反映することで、製造がサービスを取り込む。
      例) バイオ医薬の分野では、臨床データなどRWD (Real World Data) から患者に適した製薬条件を分析し、服薬時の反応や効果を予測することで、患者個別に最適な投薬を行う。

    資料:日立総研作成
    図5 製造業の新たな価値創造

    これら製造業による新たな価値創造で共通するのは、現場データをAIを活用して抽出・分析している点である。データ・AI集約型の産業への転換を進めているわけであり、いわばこれを「シン製造業」と呼ぶことができよう。

    製造業の歴史を振り返ると、製造業が近代化を始めた当初は労働集約型であり、労働者の熟練度が生産性を決定していたため、生産性向上に限界があった。続く資本集約型では、機械の導入による大量生産を実現したが、需要や環境の変化に対して柔軟性が低かった。その後、知識集約型に発展してバリューチェーンを分散し柔軟化を図ってきた。しかしながら、近年のデジタル時代において、データが組織内でサイロ化するなど知識・情報の蓄積や共有に時間がかかっており、デジタルの利点を活用しきれてはいない。今後データ・AI集約型に進化するシン製造業は、ノウハウや知見といったドメインナレッジをAIとデータ解析により短時間で生成、共有できるようになり、環境変化に強く、国内回帰を後押しする(図6)。

    資料:日立総研作成
    図6 データ・AI集約型に進化する製造業

    3. 製造企業の進化を支援するソリューション

    製造業がデータ・AI集約型に進化し産業構造を転換しつつある状況を新たな成長機会と捉え、シン製造業の価値創出を支援するソリューション企業が登場している。スマイルカーブをフラット化させる三つの変化を強化するために、以下のようなソリューションを提供している。

    1. 製造価値の上流拡張を支援するソリューション(設計〜製造のプロセス連携強化):

      深化したデジタルツインで、設計から製造までの行程をリアルタイムに可視化・最適化する。製造起点の設計最適化ソリューションにより、製造データを設計モデルにフィードバックすることで、設計手戻りの削減に貢献する。

    2. 製造価値の再構築を支援するソリューション(製造工程エンドツーエンドの連携によりプロセス最適化):

      ヒト共創ロボットを制御し協働オペレーションを実現するフィジカルAIを活用したソリューションで、ヒトとロボットが協働する新たな生産プロセス・ワークフローを構築、非定型業務やマルチタスクの自動化を実現し、業務の高度化・最適化を支援する。

    3. 製造価値の下流拡張を支援するソリューション(製造〜サービスをつなぎ製品ライフサイクル管理):

      リアルタイム・インライン品質検査で、製造データとアフターサービスを連携させ、データ解析ソリューションで歩留まりと品質をリアルタイムに可視化する。リファービッシュ判定などのソリューションで、製造時の詳細な内部状態データをトレーサビリティ管理することにより、劣化予測の精度を高め、廃棄率の大幅な削減と効率的な資源循環を実現する。

    これらのソリューションは、バリューチェーンの各プロセスにおけるデータ・AI活用を支援するだけでなく、上下流工程と製造との効果的な連携・統合を行うことで、シン製造業への進化を加速させる。

    4. むすび

    本研究では、グローバルな環境変化に伴う製造業の進化と価値構造の変化、シン製造業が実現する新たな価値創生について検討した。シン製造業は、製造価値を上流や下流に拡張して価値を向上することで、価値構造を示すスマイルカーブをフラット化させている。その結果、価値創出の機会はさらにバリューチェーン上に分散し増加していく。今後は、この分散した価値を製造業がどのように捉え、価値を取り込んでいくかという観点で研究を継続していく。

    日立総研では、今後もグローバルな環境変化を捉えた製造業の変容を分析しつつ、将来の製造業の在り方と日立の貢献について検討していく。

    執筆者紹介

    福田 和幸

    福田 和幸(ふくだ かずゆき)

    日立総合計画研究所 研究第二部 主任研究員

    株式会社日立システムズフィールドサービスより出向し、2024年より現職。最近の研究テーマは、製造業GX、デジタル、保守運用サービスに関する技術動向や企業動向など。

    安田 大輔

    安田 大輔(やすだ だいすけ)

    日立総合計画研究所 研究第二部 グローバル事業戦略グループ グループリーダ主任研究員

    デジタル政策・産業動向の調査・事業戦略の策定支援に従事。産業技術総合研究所、経済産業省、フラウンホーファー研究機構を経て現職。最近の研究テーマはAI、データを巡るルール形成の動向や企業動向。

    宮ア 祐行

    宮ア 祐行(みやざき まさゆき)

    日立総合計画研究所 研究第三部 主管研究員

    日立製作所に入社し、半導体、通信ネットワーク、IoTの研究開発に従事。研究開発グループを経て現職。現在の研究テーマは、製造業の事業戦略の他、デジタル、バイオ、セキュリティ、イノベーションに関する技術動向・技術戦略など。

    執筆者紹介

    福田 和幸

    福田 和幸(ふくだ かずゆき)

    研究第二部
    主任研究員

    安田 大輔

    安田 大輔(やすだ だいすけ)

    研究第二部
    グローバル事業戦略グループ
    グループリーダ主任研究員

    宮ア 祐行

    宮ア 祐行(みやざき まさゆき)

    研究第三部
    主管研究員

    機関誌「日立総研」、経済予測などの定期刊行物をはじめ、研究活動に基づくレポート、インタビュー、コラムなどの最新情報をお届けします。

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