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日立総研における経済分析の実践
―変化を捉え、意思決定につなげる―

    2026年8月27日

    本稿では、日立総研における経済分析の実践について紹介する。当総研は、経済予測をはじめとする調査分析活動を通じて、主要国・地域のマクロ経済動向や構造変化を継続的に把握・分析している。分析は、「政策・地政学に関する定性的情報」、「客観的な経済・市場データ」、「実業現場に近い情報」を組み合わせて構築される。分析プロセスの効率化と予測精度の向上に向け、さまざまな取り組みを進めている。

    1. はじめに

    近年、世界経済を取り巻く不確実性は一段と高まっている。世界的なパンデミック、米中覇権競争を軸とした地政学的対立の激化、ウクライナや中東における戦争、AIの急速な普及と技術進展の行方など、いずれも従来の理論や過去の経験則だけでは見通しにくい変化である。さらに、地政学リスクや政策変更、技術革新など、多様な要因が経済活動に影響を及ぼしており、その波及経路や相互作用を分析する重要性は一段と高まっている。こうした状況のもとで、マクロ経済分析には、変化の兆候を早期に察知し、その影響を論理的かつ定量的に検証する動的なアプローチが求められている。

    日立総合計画研究所(以下、「当総研」)は、日立グループのインハウス・シンクタンクとして1973年に設立され、経済、社会、産業、技術など、広範な領域で調査研究を実施してきた。グローバル情報調査室は、地政学・経済・技術・環境社会の構造変化といった時々の重要テーマについても機動的な分析を担っており、なかでも、四半期ごとに実施しているマクロ経済予測を中心とした定期的な経済分析は、当総研における調査分析の基盤として機能している。

    本稿の目的は、特定の経済予測や個別テーマの分析結果を示すことではない。当総研が、日々変化するグローバルな経済動向をどのような問題意識のもとに捉え、どのような手法とプロセスを用いて分析を行っているのか、その具体的なアプローチを紹介することにある。

    2. 経済分析の手法

    当総研は、経済予測をはじめとする調査分析活動を通じて、主要国・地域のマクロ経済動向や構造変化を継続的に把握・分析している。具体的な分析は、以下の三つのステップに沿って進めている。

    2.1 データに基づく現状認識とフォーカスポイントの絞り込み

    分析の第一段階における重要な課題は、膨大なマクロデータの中から構造的な変化をもたらす本質的なシグナル(フォーカスポイント)をいかに切り出すかである。

    当総研では、主要国・地域(米・欧・日・中・印・APAC)のGDP、物価、雇用、貿易といった経済統計に加え、為替レートや株価といった金融指標、主要中央銀行の金融政策などを継続的にモニタリングしている。その定点観測の中で、基調判断を大きく揺るがしかねない経済情勢の変化や、地政学リスクの高まり、政策変更の兆候を検知し、分析のスコープを絞り込んでいる。こうして抽出したフォーカスポイントについては、その背景や波及経路に関する仮説を設定するとともに、GDP成長率などの経済見通しを上振れ・下振れさせる要因や構造変化の可能性を整理することで、検証すべき論点を明確化している。

    2.2 内外ネットワークを活用した定性的知見と定量的分析の融合

    次に、設定したフォーカスポイントに対して、特定の理論や分析者の主観のみに依存することを避けるため、「外部の定性的な知見」を取り入れ、「内部の定量的な分析」と融合させるアプローチを採用している。

    具体的には、米CSIS(戦略国際問題研究所)や英チャタムハウス(王立国際問題研究所)をはじめとする海外の有力シンクタンクや、国内の専門家との定期的な意見交換を実施し、世界経済の大きな潮流や地政学リスクに関する見方やシナリオを整理している。一方で、こうした定性的な知見をそのまま受け入れるのではなく、公的統計や金融市場データなどのマクロデータによる分析を並行して実施するとともに、グループ内の事業関連情報も取り入れている。「政策・地政学に関する定性的情報」、「客観的な経済・市場データ」、「実業現場に近い情報」を組み合わせることで、経済実態に即した分析や予測を構築している。

    2.3 経営・事業戦略に向けた含意の抽出

    分析の最終目標は、GDP成長率や為替レートなど、マクロ経済の数字の変化を提示することにとどまらない。マクロ変数の変化が、経営や事業の意思決定にとって、どのようなリスクや機会をもたらすのかというインプリケーションとして整理・提示するように努めている。

    こうした含意を導くには、経済の全体像を捉えるマクロな視点と、個別企業の事業環境や投資環境を捉えるミクロな視点を、有機的に結び付けることが不可欠である。これは、企業のインハウス・シンクタンクである当総研にとって非常に重要なアプローチである。

    3. 経済分析手法の実践

    上述したアプローチの実践例として、中長期の構造変化を展望した分析「2025年の世界経済シナリオとリスク(2022年)」と、突発的な地政学ショックの影響分析「中東情勢緊迫化に伴う世界および日本経済への影響分析(2026年)」の概略を紹介する。

    3.1 事例1:「2025年の世界経済シナリオとリスク」

    2022年5月に公表した「2025年の世界経済シナリオとリスク」では、ロシアによるウクライナ侵攻や世界的なインフレ高進、中国のゼロコロナ政策などを背景に、2025年までの世界経済の姿を展望した。当時、世界経済はコロナ禍からの回復局面にあったものの、当総研では「一本調子の成長は続かず、インフレと金融引き締めを経て景気減速に向かう」との見通しを示した(図1:予測値)。

    資料:IMFより日立総研作成
    図1 世界GDP成長率とインフレ率の予測値と実績値

    その後の世界経済を振り返ると、インフレ率は2023年以降低下に向かった一方、高金利環境は長期化し、中国経済も不動産問題などを背景に成長が鈍化した。また、ロシア・ウクライナ戦争の長期化を受けて経済安全保障やサプライチェーン強靱(きょうじん)化の重要性も一段と高まり、地政学リスクの高まりや経済圏の再編、供給網の見直しといった大きな方向性はおおむね想定どおりに推移した(図1:実績値)。一方、米欧中銀が2024年に利下げへ転じたことや、生成AI投資ブームを背景とした米国経済の予想以上の底堅さ、トランプ政権下での関税政策による世界経済の混乱など、当時の想定を超える変化も生じた。

    また、本レポートでは、パンデミックを契機とするデジタル化の進展やサプライチェーン強靱化について、「社会・産業構造変化は不可逆的なものである」と指摘した。その後は生成AIの急速な普及や企業の投資拡大、経済安全保障を背景とした供給網再構築などが進み、社会・産業構造の変化は景気循環を超えて継続している。不確実性の高い環境下においても、短期的な景気変動だけでなく、中長期的な構造変化の方向性に着目して分析を行うことの重要性を改めて示している。

    3.2 事例2:「中東情勢緊迫化に伴う世界および日本経済への影響分析」

    2026年2月に中東で発生した米・イスラエルとイランの紛争は、原油価格の急騰や海上交通網の混乱を引き起こし、グローバル・サプライチェーンに大きな影響を及ぼした。

    紛争発生後、当総研は海外提携シンクタンクや専門家からの定性的情報などに基づき、エネルギー価格やサプライチェーンへの影響度に応じて、三つのシナリオを設定した。

    次に、これらの定性シナリオを初期ショックとして、多変量ベクトル自己回帰(VAR)モデルにより定量化し、GDPへの影響に対するシミュレーションを実施した。具体的には、シナリオごとに原油価格の上昇幅などのパラメータを設定し、推計を実施した。ここでは、単にGDP成長率に与える影響度を測るだけでなく、サプライチェーンやグローバルなインフレおよび金融政策への影響なども含めて分析を進めた。

    VARモデルの活用により、例えばエネルギー価格の上昇が物価上昇を招き、それが中央銀行の利上げを誘発し、最終的に景気を抑制する、という一連の影響とその波及経路を、客観的なデータに基づいて検証することが可能となる。

    注:2026年7月時点のシナリオ。世界GDP成長率への影響は2026年(日立総研試算)。
    資料:日立総研
    表1 イラン情勢を巡るシナリオと各地域への影響

    4. 経済分析手法の将来展望

    経済環境の変化が加速する現況において、経済分析手法もまた、静的なものから動的かつ即時性の高いアプローチへと進化する必要がある。当総研では、分析プロセスの効率化と予測精度の向上に向け、現在以下の三つの取り組みを進めている。

    4.1 AIを活用した予測支援システムの開発

    経済分析における課題の一つは、日々発生する膨大な情報や経済統計を整理・分析し、いかに迅速に経営課題と結び付けるかという点にある。ここにかかる時間的なボトルネックを解決するため、当総研では過去の調査アセットや経済理論、地政学リスクの整理フレームワークをベースにした「AIエコノミスト」や「AIアナリスト」の開発と段階的な導入を進めている。定型的な情報収集・整理をAIが支援することで、エコノミスト自身はシナリオの精緻化や分析の深掘りに注力することが可能となる。

    4.2 日立総研のグローバル・ネットワークのさらなる活用

    マクロ経済分析では、世界各地の現場や政策決定の場で生じている微細な変化をとらえる必要がある。このため、当総研では、海外有力シンクタンクや国内外の有識者との連携をさらに強化していく方針である。統計データだけでは見えにくい現地の動向や政策の潮流を迅速に把握し、より確度の高い分析につなげることが可能になる。

    4.3 マクロ・ミクロ連携の深化

    企業のインハウス・シンクタンクとしての当総研の強みは、定期的な四半期予測などのマクロな研究基盤を持ちながら、産業の最前線にいる企業のミクロな課題を深く理解し、それらを独自のグローバル・ネットワークを通じて一つのストーリーとして統合できる点にある。今後も、こうしたマクロ・ミクロ連携のさらなる強化を行っていく。

    5. おわりに

    本稿では、当総研の経済分析手法について簡単に紹介した。経済予測や重要テーマの分析は、シンクタンクの主要な役割の一つであるが、不確実な未来を正確に言い当てることだけが目的ではない。予期せぬ外部ショックや構造変化に直面した際、客観的なデータと強固な論理に基づいて、組織が機動的かつ合理的に軌道修正できるよう、意思決定に資する判断軸を提示し続けることにある。

    当総研は、当総研の持つグローバル・ネットワークによる定性的洞察と内部の定量的分析を融合しつつ、分析アプローチを不断にアップデートし続ける。今後も、客観的かつ冷静な視点からグローバル経済の動向を見据え、企業ならびに社会が向かうべき方向性を示す確かな情報を提供できるよう、調査・研究活動に注力していく。

    執筆者紹介

    矢野 和彦

    矢野 和彦(やの かずひこ)

    日立総合計画研究所 グローバル情報調査室 チーフエコノミスト

    グローバル経済予測、地政学リスクなどの調査分析に従事。みずほ総合研究所などを経て、2019年日立総合計画研究所、2021年より現職。

    吉田 健一郎

    吉田 健一郎(よしだ けんいちろう)

    日立総合計画研究所 グローバル情報調査室 主管研究員

    米国および欧州の経済・金融情勢の調査分析に従事。一橋大学商学部卒業後、みずほ総合研究所、同ロンドン事務所長を経て、2021年より現職。最近の研究テーマは、欧米のAI投資動向など。

    執筆者紹介

    矢野 和彦

    矢野 和彦(やの かずひこ)

    グローバル情報調査室
    チーフエコノミスト

    吉田 健一郎

    吉田 健一郎(よしだ けんいちろう)

    グローバル情報調査室
    主管研究員

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