所属部署 マネジメント・イノベーショングループ
氏名:宮下章
「マーケットイン」という言葉は、経営の世界においては、古いながらもいまだに色あせないロングテールなキーワードと言える。訳語としては「顧客志向」がふさわしいだろうか。プロダクトアウト(企業側の論理を優先する「生産志向」もしくは「販売志向」)と対比されて使用されることが多い。1920年代の大恐慌時、’売れるものを作らなければ’との発想を余儀なくされたころから使われ始め、言葉を使用する人により意味合いも多様ではあるが、狭義では、顧客の目線でニーズを考え、顧客の立場で製品のクオリティを評価するといった顧客視点の’ものの見方’のことを指している、と定義して問題はないと思われる。
企業に売上や利益をもたらすのは顧客であることから、顧客視点に立って顧客の望むものを作るのはいわば当然のことであり、「マーケットイン」を否定する経営者はおそらくいない。しかし大抵の企業には競合相手がおり、利益最大化を求める株主の目も光っているから、プロダクトアウト(企業側の視点)もまた軽視できない。経営者は一見相反しそうな2つの概念を、上手に使い分けなければならない。
ところが、"君にはマーケットインの姿勢が欠けているようだ"と上司から突然注意されても、明日から何をどう変えたら良いかわからない人が多いように、「マーケットイン」という言葉は、もう少し経営学のメスで分解してみる必要がある。
70年代の米国で実施されたPIMS研究では、「長期的に事業の業績に影響を与える唯一の要素は、競争相手に対する自社製品・サービスについて顧客が評価する’相対的な品質’である」と結論付けられた。そして’相対的な品質’を測る手段として、知覚品質(Perceived Quality)という概念が誕生した。知覚品質とは、顧客が購入の決定をする際に考慮すると思われる製品・サービスの主要な属性のうち、価格以外のすべての属性を重み付けして構造化する「品質プロフィール」作成を経て判定する。
例をあげて説明しよう。携帯電話を買う際に、通話機能の良しあしだけで購入を決めるだろうか?買う人によって、ブランド、デザイン、軽量性、省電力性、付属アプリケーション、画面の見栄え、カメラ機能、音質、価格など、決め手となる要素は様々である。上記の言い方をすれば、携帯電話購入の決め手となる属性は多数あり、どの属性を重視するかで知覚品質は数パターンに分類でき*、自社はどの知覚品質パターンに標準をあわせるか選択した上で、経営資源を投入する必要がある。すべての知覚品質パターンに経営資源を投入しても競合との競争に勝ち抜くことは難しいので、まずは知覚品質を理解し、自社の顧客提供価値を明確化した上で、選択的に資源投入をすべき、という考え方である。
近年、話題となったチャン・キム著「ブルーオーシャン戦略」で紹介された「戦略キャンパス」というツールも、この知覚品質+「品質プロフィール」とほぼ同様の考え方に基づいている。
次に、「マーケットイン」を経営者の単なる掛け声で終わらせないためにはどうしたら良いか考えてみる。「マーケットイン」が、顧客視点の’ものの見方’いわば’目’の機能のことを指すとすれば、人間が目から情報を取り入れ、頭で考え、手足が行動を起こすように、組織内においても’連動’が重要になる。つまり、目で知覚品質を理解し自社の顧客提供価値を明確化したら、頭がそれを実現する戦略を考え、手足が戦略を行動に移す。頭や手足をつかさどる組織内の’連動’ができていないと、’うちはマーケットインの会社です’と言い切ることはできない。 手足を行動に移させるには、経営者は少なくとも下記のようなルール・仕組みを整備し、関連部門へ経営資源を配分することを怠ってはならない。
一方、頭を連動させるのは、手足よりも時間がかかる。経営者は手間を惜しまずに社員への語りかけや率先垂範を行い、社員には訓練とチャレンジの機会(失敗の許容、コンピタンスの醸成)と適切な評価を与える必要がある。「マーケットイン」を単なる掛け声で終わらせないことが重要である。
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