所属部署 国際グループ
氏名:杉山卓雄
「包括利益(Comprehensive Income)」とは、会計期間における貸借対照表上の純資産の増減の内、資本取引(株式発行による資金調達や配当金の支払いなど)によらないものを指します。「包括利益」は、「純利益(Net Income)」と「その他包括利益(Other Comprehensive Income)」によって構成され、「純利益」は会計期間における業績として解釈される一方、「その他包括利益」は期間業績に含めることが妥当でない純資産の増減であるといえます。 伝統的な会計処理によった場合、資本取引を除く貸借対照表上の純資産の増減すなわち「包括利益」は損益計算書上の「純利益」と一致しており、このように両者が一致している関係は「クリーンサープラス(Clean Surplus)」と呼ばれ、会計における基本的な原則の一つとなっています。しかし、1990年代以降に金融資産の時価評価などが進んだ中で、「その他有価証券評価差額」、「為替換算調整勘定」、「繰延ヘッジ損益」など、損益計算書上の「純利益」を経由せずに直接貸借対照表の純資産に算入される項目が増えてきました。これによって生じてきた損益計算書上の「純利益」を経由しない純資産の増減が「その他包括利益」に該当します。 「包括利益」の概念自体は目新しいものではなく、現在でも米国会計基準を採用している企業などでは「包括利益」の情報開示が義務付けられています。
表 「包括利益(Comprehensive Income)」とそれに関連する概念の包含関係
「包括利益」が注目されている理由としては、近年特に海外展開を行う大企業などにおいて「その他包括利益」が「純利益」をはるかに上回る額になることがあり、「純利益」と「包括利益」が大きく乖離(かいり)してしまう現象がしばしば見られようになったことが挙げられます。 このような状況の中で、国際会計基準審議会(IASB)を中心に、経営者の恣意(しい)性を排除し、投資家にとって分かりづらいとされる「その他包括利益」の取り扱いを透明化するために、「純利益」よりも「包括利益」を重視しようという議論が進められてきました。これは、利益測定の概念として「収益費用アプローチ」よりも「資産負債アプローチ」を採るべきであるという主張が強まっていることを反映しています。そして、2006年10月にはIASBと米財務会計基準審議会(FASB)は「純利益」の項目を長期的に廃止して「包括利益」に一本化する方向で暫定合意しました。
このような「包括利益」への一本化については、期間業績の評価に当たって短期的な価格変動などの影響が含まれてしまい、業績指標としては適切でないとの指摘もあります。実際に、企業の業績を判断する一般的指標としては、「包括利益」よりも「純利益」を重視する見方が依然主流となっています。期間業績を「包括利益」によって評価する場合は、「純利益」によって評価する場合とは異なり、(1)持ち合い株式の時価変動による影響、(2)在外子会社などの資産・負債の為替換算による影響、(3)ヘッジ目的のデリバティブ取引の時価変動による影響などを受けてしまいます。例えば、欧米企業の場合では、グローバルに活動する場合が多いため、期間業績が為替変動の影響をより大きく受けやすくなると考えられます。また、日本企業の場合は、持ち合い株式の時価変動による影響を多く受けるといわれています。昨今、海外の投資ファンドなどによる敵対的買収に対する防衛策として、日本企業の間で再び株式持ち合いが活発化しており、保有する持ち合い株式の市場価格の変動によって当該企業の期間業績が大きな影響を受けるようになることが予想されます。
2007年8月に日本の企業会計基準委員会は、2011年までにIASBと会計基準を全面的に共通化することで合意しており、会計基準をめぐる国際的な動向は、現在日本の会計基準を採用している企業にとってもますます無視できなくなってきています。2007年9月に発表されたIASBの新基準では「包括利益計算書(Statement of Comprehensive Income)」の開示が求められるようになりましたが、この段階では「包括利益」への一本化には至っていません。既に日本経団連が反対意見を表明するなど欧米を含めた産業界の反発もあり、実際に「包括利益」に一本化されるのかどうかについての最終的な結論が出るのは2009年以降とみられています。また、2007年11月に日米欧の金融当局が、会計基準の変更などについてのIASBの説明責任を強化することを目的とする新たな監視組織の設立を発表しており、国際会計基準をめぐる新たな動向として注目されています。
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