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高頻度トレーディング

    所属部署 経済グループ
    氏名:杉山卓雄

    高頻度トレーディングとは

    高頻度トレーディング(High-Frequency Trading)とは、高度なコンピュータシステムを活用して、プロの投資家が自己勘定で日々大量の取引を実行する投資手法です。今までの投資手法が、取引コストを最小限に抑えるために取引頻度を最小化しつつ、比較的に高レバレッジ(利払いを伴う他人資本を導入して投資規模を拡大すること)で高マージンの取引を志向していたのに対して、高頻度トレーディングは自己資本による低マージンの取引である代わりに、非常に高い取引頻度によって高い資本回転率を実現することで収益を上げる投資手法です。 高頻度トレーディングは金融危機後の不安定な環境下でも急速に認知度を高めており、多くの投資家が損失を被った金融危機後も、高頻度トレーディングの投資家の多くが利益を上げ続けていたといわれています。高頻度トレーディングでは大量の取引が実行されることから、調査会社Aite Groupのレポート(2009年2月)によると、米国株式の取引量の60%以上を占めるようになっているとされています。
    高頻度トレーディングを行っている投資家にしばしば共通して見られる特徴として、(1)非常に高速で高度なコンピュータプログラムの使用、(2)取引所などが提供するコロケーション(取引所のシステムと同じデータセンタ内にシステムを設置すること)や個別情報配信などのサービスの利用、(3)非常に短期間でのポジションの解消、(4)提出後にすぐに取り消す大量の注文の提出、(5)オーバーナイトでポジションを持ち越さない、といったことが挙げられています*1

    高頻度トレーディングを可能とした技術革新

    このような投資手法が実行可能となった背景には、金融取引における取引コストの低下やコンピュータによる高速データ処理の普及が挙げられます。2010年1月に稼動した東京証券取引所の次世代株式売買システム(アローヘッド)では大幅な高速化が実現されましたが、これら投資家によるニーズを反映することで、取引所の国際競争力を維持するために行われたものといえるでしょう。2009年時点でのニューヨーク証券取引所、ロンドン証券取引所の注文情報応答時間が10ミリ秒(ミリ秒=千分の1秒)以下であったのに対して、東京証券取引の注文応答時間は2秒程度かかっていました。一方、東京証券取引所の次世代株式売買システムの注文情報応答時間は5ミリ秒に短縮されており、海外の証券取引所にも匹敵する水準を実現したといえます。しかし、既に海外の証券取引所はさらなる高速化を進めているところです。
    高頻度トレーディングでは、他者に先駆けて市場に関するデータを入手して、いち早く取引に結び付けることで優位性を確保することが重要となるため、データを瞬時に分析して投資を実行するためのコンピュータシステムの構築が大きな技術的課題となります。そのためには、大規模な資金を投じて高頻度トレーディングのための高速のコンピュータシステムを構築して、かつデータの転送時間を最小化するためにそれらのシステムを取引所のシステムに近接した場所に設置する必要があります。しかし、そのようなことが実行可能なのは投資銀行やヘッジファンドなどの一部の投資家に限られているのが現状であり、これらの投資家の間ではすでにマイクロ秒(=千分の1ミリ秒)単位での時間短縮競争が繰り広げられています。

    高頻度トレーディングの戦略

    このような投資手法が実行可能となった背景には、金融取引における取引コストの低下や高頻度トレーディングでは1分以下から長くても1日以下という短期間でポジションを解消することにより、市場へのエクスポージャーを極力避けてリスクを回避する方法を採用しています。高頻度トレーディングの戦略類型としては、(1)計量アルゴリズムによるマーケットメーキング(<1分)、(2)微細構造(Market Microstructure)に対する投資(<10分)、(3)マクロ事象に対する短期投資(<1時間)、(4)市場均衡からの乖離(かいり)に対する裁定取引(<1日)、といったものが挙げられています*2。 このうち、微細構造とは、高頻度データ(High-Frequency Data)と呼ばれる1日未満単位の高密度な市場データの分析により特定された市場価格形成の仕組みです。高頻度トレーディングはこのような局所的かつ短期的な市場現象で、従来は中長期トレンドのノイズと考えられていたような現象をコンピュータによる計量アルゴリズムで検出することによって、瞬時に投資機会として活用することを意図しています。高頻度トレーディングの主たる担い手は物理学、情報科学など理数系のPhDたちであると考えられています。

    高頻度トレーディングの問題点

    このような高頻度トレーディングについては、さまざまな議論がなされています。金融市場の流動性を向上させて市場の安定化をもたらすとの肯定的な意見がある一方で、高度なコンピュータ技術や取引所が提供するコロケーションや個別情報配信などのサービスを活用できる一部の投資家のみに有利に働くため、金融市場の公正さを毀損(きそん)するとの批判的な意見も出されています。計量分析などに基づいた投資戦略の創意工夫を競い合うことは健全な競争といえますが、一部の投資家のみが独占的な地位を利用して高速取引のメリットを享受するような状況は必ずしも望ましいとはいえないでしょう。
    2009年9月に、SEC(米国証券取引委員会)は、フラッシュオーダー(Flash Order)と呼ばれる取引慣行を禁止する提案を行っています。取引所は、一般に公開されている相場情報では取引が成立しなかった場合に、他取引所へ注文情報を転送することになっています。しかし、その前の1秒にも満たない時間だけ取引所内の一部の投資家に対して注文情報を公開することが可能となっており、これをフラッシュオーダーと呼びます。高頻度トレーディングの投資家は、このわずかな時間を利用して、ほかの投資家に知られることなく取引を成立させることができます。SECは、フラッシュオーダーが金融規制上の抜け穴となり、公開市場とは別の隠れた私的市場を形成してしまうことを懸念しています。また、SECは2010年1月に発行した報告書*1の中で高頻度トレーディングを取り上げ、その戦略やツールの公平性などについて広く意見を求めています。 フラッシュオーダーの問題は、コンピュータの技術革新が金融の制度やルールを追い越したことで生じた現象の一つといえるでしょう。こうした技術革新に対する、今後の当局の対応が注目されるところです。

    *1
    Securities and Exchange Commission,Release No. 34-61358 Concept Release on Equity Market Structure
    *2
    Irene Aldridge,"High-Frequency Trading: A Practical Guide to Algorithmic Strategies and Trading Systems",John Wiley & Sons(2009)

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