所属部署 経営グループ
氏名:藍木信実
Force Majeure(以下、フォース・マジュール)」とは、「不可抗力」を意味するフランス語であり、地震・洪水・台風・戦争・暴動・ストライキなど、予測や制御のできない外的事由全般を指します。フォース・マジュールに類似する概念として「Act of God」(神の行為)がありますが、Act of Godが地震・洪水・台風などの自然災害に限られるのに対して、フォース・マジュールは、自然災害に限らず、戦争・暴動・ストライキなど人間によって引き起こされる出来事や事情も含むところに特徴があります。
フォース・マジュールという言葉は、私たちの普段の生活ではあまり耳にする機会はありませんが、国際取引においては非常によく用いられています。国際取引契約では通常、契約当事者によって、債務不履行となるケースとそのときの補償について詳細に合意されます。一方で、フォース・マジュールに起因する契約当事者の債務不履行責任は免除されるべきとの考えは取引通念上認められており、契約においてもフォース・マジュールの際の債務不履行責任を免除する条項(フォース・マジュール条項)が、具体的に免責対象となる出来事の例も含めて織り込まれることが多くあります。
このように国際取引で広く用いられているフォース・マジュールですが、その概念自体は決して新しいものではありません。フォース・マジュールという言葉は、1804年に発効したフランス民法典(ナポレオン法典)の条文において見つけることができます。さらにさかのぼると古典期ローマ法の時代に、同じく不可抗力を意味する「vis major(ヴィス・マイヨル)」が設定され、地震・洪水・海賊の襲撃など具体的事象を想定した「天災のカタログ」と呼ばれるリストまでもが作られていました。
では、フォース・マジュールの現代的意味、そして注目すべき理由はどこにあるのでしょうか。 2011年、北アフリカにおけるアラブの春、東日本大震災、チリ鉱山でのストライキの出来事は、鉱物資源や製品の供給を停滞させ、また資源価格の変動を引き起こしました。それにより製造業をはじめとする世界の各産業は大きな影響を受けたことは記憶に新しいところです。この世界的な波及のスタート地点には、資源関連企業や大手製造・物流企業によるフォース・マジュール宣言がありました。
前述のとおり一般論としては、フォース・マジュール条項が契約書に織り込まれていれば、その記載の範囲内の事象について債務者は免責されます。しかしながら実際のビジネスにおける取引では、運用はそれほど単純ではありません。非常事態の影響を受けた契約上の当事者が相手方当事者に対してフォース・マジュールの発生を主張したとしても、その相手方当事者がフォース・マジュールを認めず、あくまで契約の履行を要求することがあります。このときその出来事がフォース・マジュールと認められるか否かについて、契約書の内容が双方にとって疑義のない程明確であれば、解決は比較的容易です。しかし現実にはフォース・マジュール条項で合意された免責対象となる出来事が必ずしもそのまま起こるわけではありません。また、条項の内容自体が詳細に詰められていないことも珍しくありません。それらの場合には、発生した個々の出来事についてフォース・マジュールと認められるか否かの解釈が当事者間で深刻な争点となり問題となるのです。
日本企業が、国内取引でフォース・マジュール条項(日本語の契約書では「不可抗力条項」と呼ばれる)を厳密に契約で規定することは慣行上まれでした。そのため、予防法務としてのフォース・マジュールの概念や詳しい定義、免責のあり方について日本国内では議論が十分になされてきませんでした。今後は東日本大震災の経験を踏まえ、契約に具体的に内容を規定したフォース・マジュール条項を織り込むことが検討される機会が増えると思われます。
国際取引においては、これまでもフォース・マジュール条項が契約で規定されることは一般的でしたが、経済のグローバル化が進む今日、より多くの日本企業がフォース・マジュール条項に直面することになります。どこまで免責を認めるかは、最終的には契約当事者間のさまざまな力学によって決まるものの、フォース・マジュール条項についてより深い知識を持つことが交渉上大切です。例えば、過去実際に発生したフォース・マジュールと思われる出来事を蓄積しつつ、実際の取引契約においては、条項に免責対象となる出来事の例示列挙を増やしていくことなどが考えられます。
日本企業は、国内・国際取引問わず、フォース・マジュール条項の重要性をあらためて認識し、規定していく必要があるでしょう。
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