所属部署 研究第一部 経済グループ
氏名:村田朗
「TARGET」とは「Trans-European Automated Real-time Gross Settlement Express Transfer System」の略称で、欧州中央銀行(European Central Bank、以下ECB)とユーロ参加17カ国の中央銀行(National Central Banks、以下NCBs)で構成されるユーロシステム*1が所有、運営する資金決済システムです。*2TARGET2は、単一通貨ユーロが導入された1999年に稼働したTARGETを2008年5月に置き換えた第2世代システムです。2011年時点で1,000弱の欧州の銀行(子会社、支店別に数えると世界中で6,000弱の銀行)が直接TARGET2と接続しており、それら銀行への預金者は間接的にTARGET2を通じた決済が可能です。*3米国のFedwireや日本の日銀ネットと並ぶ世界でも大規模な資金決済システムの一つです。*4
実際にTARGET2を通じた決済はどのように行われるのでしょうか。スペインの輸入企業S社がドイツの輸出企業G社から製品を輸入し、TARGET2を通じて代金1億ユーロを送金するケースを考えてみます。S社の取引金融機関であるスペイン国内の銀行は、S社からの送金依頼に基づき、G社の取引金融機関であるドイツ国内の銀行に送金します。この際、TARGET2を通じて決済が行われると、スペインの中央銀行であるスペイン国立銀行に1億ユーロの債務が、ドイツの中央銀行であるドイツ連邦銀行に1億ユーロの債権が計上されます。すなわち、いったんスペイン国立銀行はドイツ連邦銀行に債務を負う形になります。一日の営業が終了した時点で、NCBs間の債権・債務は相殺できる部分は相殺され(ネットされ)、残った債権・債務はECBへの債権・債務として移管されます。
仮にS社がG社から輸入し続ける一方だと、スペイン国立銀行のECBに対する債務とドイツ連邦銀行のECBに対する債権は累増します。このように、ユーロ圏内の資金の流れの不均衡は、NCBsのECBに対する債権・債務(TARGET2 バランスと言います*5)という形で累積し残ることになります。
ユーロが導入された1999年から2007年半ばまではTARGET2 バランスはほぼゼロで推移していました。しかし、2007年半ば以降金融危機の進展とともにTARGET2 バランスは累増を始め、欧州信用危機が顕在化した2010年以降はギリシャなど南欧諸国から資金が流出しドイツ、オランダなど欧州北部諸国に流入するようになりTARGET2 バランスの累増は加速しています。南欧諸国の流動性不足に対処するため、2011年12月と2012年3月にECBが実施した3年物資金供給オペLTRO(Longer Term Refinancing Operation;銀行からの申し込みに対し無制限に1%金利で3年間貸し出し)も、TARGET2 バランスの累増に拍車をかけることになりました。2012年8月末におけるドイツ連邦銀行のTARGET2 バランスは7,514億ユーロ(約75兆円)にまで膨れ上がっています。*6 こうした状況下で、ドイツ国内でTARGET2 バランスとして保有している債権が貸し倒れてしまうのではないか、実際には財政移転になっているのでは、との懸念が浮上しています。 仮にギリシャがユーロを離脱し、ギリシャ中央銀行が債務不履行に陥り、TARGET2 バランス(2011年末時点で約11兆円と推計されている)の半額が返済不能になった場合、ドイツ連邦銀行はどれだけ損失を被るのでしょうか?気を付けなければいけないのは、TARGET2 バランスはNCBs間の債権・債務ではなく、NCBのECBに対する債権・債務であることです。ギリシャ中央銀行の債務不履行で損失を被るのは直接的にはECBです。次に、ECBが被る損失はECBへの出資比率で各国のNCBsへ案文されることになっています。約27%の出資比率のドイツ連邦銀行は約1.5兆円の損失を被る計算になります。ドイツ連邦銀行のTARGET2 バランスと比べると小さい額ですし、この損失計算ではドイツ連邦銀行のTARGET2 バランスの数字は使っていないことに留意してください。*7 TARGET2 バランスの拡大を大げさに懸念して、資金決済を止めてしまうと通貨同盟が壊れてしまいます。むしろ、南欧諸国への信認が戻り、資金が円滑に循環するよう、欧州の政治家は通貨同盟を守る決意を示すと同時に、その決意を裏付ける行動を取るべきでしょう。
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