所属部署 研究第三部 技術戦略グループ
氏名:工藤智也
科学技術の発展は、社会にさまざまな便益をもたらしますが、社会に受け入れられるようになるまでには、多くの段階を踏む必要があります。
レギュラトリーサイエンスは、科学技術の実用化と普及に向け、その有効性や安全性などを評価・判断し、調整するための総合的かつ科学的な方法論として注目されています。
例えば、2011年8月に閣議決定された「第4期科学技術基本計画」には、ライフイノベーション推進のためのシステム改革の方策として、レギュラトリーサイエンスの充実が盛り込まれました。また同年、米国FDA※1(食品医薬品局)は、医薬品・医療機器に加え、動物薬、食品、化粧品などを対象として、『FDAにおけるレギュラトリーサイエンス発展のための戦略プラン』(A Strategic Plan-Advancing Regulatory Science at FDA)を発表し、レギュラトリーサイエンスの充実化を表明しています。この戦略プランでは、イノベーションの促進、規制判断の改善、安全で効果的な製品の提供という3つの目的が掲げられました。
このように、レギュラトリーサイエンスは、医薬品など高い安全性が求められる分野を中心に研究が進められていますが、地球温暖化問題やエネルギー問題、人口問題など、対応策の有効性や安全性、経済性など総合的な検討が必要な分野においても、不可欠な視点といえるでしょう。 ここでは、医療技術産業戦略コンソーシアム(METIS※2)の「医療機器レギュラトリーサイエンスガイドブック」(2012年7月)を参照しながら、「リスク・ベネフィットのバランス」の観点を中心に、レギュラトリーサイエンスの意義について検討します。
同報告書では、レギュラトリーサイエンスとは、「リスク・ベネフィットバランスと社会的要請から行う総合判断の基盤となるもの」と定義されています。
リスク・ベネフィットのバランスは、次の3つが要点となると考えられます。
第1は、安全に関わる因子を科学的に評価し、マネジメントすることです。例えば、医薬品の副作用や医療機器の不具合・誤操作などのリスクについて評価し、最小のリスクで最大のベネフィットを確保すること、そして、その結果を広くわかりやすく伝えることが重要です。
第2は、リスク・ベネフィットの考え方について、ステークホルダーのコンセンサスを得ることです。リスクとベネフィットが適切にバランスしているかの判断は、国や地域などが抱える事情を踏まえて下されます。例えば、既に他国での実績によって有効性・安全性が担保されている医薬品や医療機器を導入する場合を考えてみましょう。自国の規則に基づき慎重な審査を行うことはリスクの軽減につながりますが、その恩恵に預かるベネフィットを先延ばしすることにもなります。そのようなバランスについてのコンセンサスを得る努力が必要となります。
第3は、ベネフィットの評価を、新技術がもたらす直接的な効果だけでなく、経済面への波及効果も合わせて考慮することです。例えば、医療技術の発展は、人々のQOL(Quality of Life)の改善につながりますが、結果として、医療費削減などの経済的効果も期待できます。そのような効果も含め評価することが求められます。
このような3点を踏まえて、総合的な判断によるレギュラトリーサイエンスの実践がさらに重要となるでしょう。
レギュラトリーサイエンスの対象範囲は、社会的関心が高く、行政の関与や影響力が強い領域といえます。国内では厚生労働省に加え、食品安全性の向上を目指す農林水産省が、レギュラトリーサイエンスの充実・強化を表明しています。
地球環境問題や高齢化、都市問題など、グローバル課題の解決につながる手法として、レギュラトリーサイエンスの幅広い適用が期待されます。
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