所属部署 研究第三部 技術戦略グループ
氏名:糸谷昌博
Fashion Techとは、ファッション産業において、川上(生産者)と川下(消費者)を直接つなぎ、消費者の嗜好(しこう)に合った製品を早く安く届けるためのデジタル技術のことです。消費者は、スマートフォンなどのデジタル機器を使って計測やシミュレーションを行うことで、自分の体形や好みに合わせて製品をカスタマイズすることができるようになります。生産者は、機械のデジタル制御によって、消費者のニーズをそのまま反映した少量多品種の生産を行うことができるようになります。
Fashion Techによってファッション産業は、消費者の多様なニーズに合わせた柔軟な生産体制を構築することで、消費者主導のCtoB(Consumer to Buisiness)産業構造へと変化しつつあります。
ファッション製品に対するニーズは多様であり、消費者は嗜好に合った製品を求めています。また、流行の変化などにより、需要は大きく変動します。一方、ファッション製品の生産は単純労働の労働集約型による大量生産が中心であり、アパレル企業はより低コストの労働力を求めて、生産国を新興国にシフトしてきました。その結果、生産から販売までのサプライチェーンが長くなり、需要の変動に対応できず、在庫が増えるという課題が生じています。
ファッション産業は、消費者の多様なニーズをくみ取り、生産にタイムリーに反映させることが求められますが、従来技術による見込み生産では対応しきれていませんでした。このような課題を解決する方策として、デジタル技術の活用によるFashion Techの取り組みが拡大しています。
消費者側では、デジタル機器を使って自動で採寸を行うサービスが登場しています。日本のITベンダであるNTCは、スマートフォンのカメラで撮影した画像をもとに体形を自動計測し、サイズに合った商品をECサイトから探してレコメンドするサービスを提供しています。AR技術を使って、バーチャル環境で試着を行うこともできるようになってきています。凸版印刷は、デジタルサイネージとカメラを使って、画面上で試着ができるシステムをアパレル店舗向けに開発しています。そしてこれらの技術を活用することで、消費者は自分の体形や嗜好に合う製品をバーチャル環境で選択し、カスタマイズできるようになります。消費者の要求は、デジタルデータとして生産者に送られ、生産に反映されます。
生産者側では、ミシンの自動化や、ニット製品を丸ごと自動で編むことができるホールガーメントなど、自動機械の導入が進んでいます。また、3Dプリンタによる衣服の生産の取り組みも行われており、リオデジャネイロ・パラリンピックの開会式では、3Dプリンタで生産したドレスを身にまとった選手のパフォーマンスが行われました。このような自動機械には、デジタル制御技術が導入されており、生産指示をデジタルデータで入力できるので、デザインから型紙を起こすことなく衣服を生産できます。また、同じ機械で生産する製品を切り替える際に、従来人間が行っていた機械の調整や糸の交換などを自動で行うことができるので、切り替えにかかかる時間を削減し、多品種少量生産を実現できます。さらに、IoT(Internet of Things)によって、生産の進捗(しんちょく)や機械の稼働状況をネットワーク経由で把握し、需要に応じて生産体制を組み替えることができます。編み機メーカーの島精機製作所は、IoTによって自社製ホールガーメントの稼働情報を収集し管理できるシステムを提供しています。デジタルデータを利用した自動機械をIoTでつなぐことで、カスタマイズに対応した柔軟な生産体制を構築できます。
生産の自動化によって、ファッション産業は、労働集約型から資本集約型へと変貌する可能性があります。例えば、工場を消費地の近くに置き、輸送リードタイムを短くして生産をさらに柔軟に行うことができるようになります。adidasはドイツ国内にある自動編み機とロボットによる自動工場でスニーカーを生産しており、今後、このような工場を各国に広げる計画であると発表しています。アパレル製品は、低コストな新興国での大量生産型から、消費地での地産地消型に移行していくと考えられます。
また、IoTにより、複数の生産工場の稼働状況を一元管理できるようになり、工場をまたいだリソースの融通が可能となることが考えられます。生産工場どうしが連携することで、需要の変動により柔軟に対応できます。
これまでファッション産業のデジタル化は、小売り・流通面に限られていましたが、自動機械やIoTの導入によって、状況が変わりつつあります。ファッション製品に対するカスタマイズのニーズは大きいため、対応するデジタル技術の導入が進み、CtoB産業構造への変化が加速することも考えられます。デジタル技術を持つ企業にとっては、自社のノウハウやサービスをファッション産業に展開する機会が訪れていると言えるでしょう。
機関誌「日立総研」、経済予測などの定期刊行物をはじめ、研究活動に基づくレポート、インタビュー、コラムなどの最新情報をお届けします。
お問い合わせフォームでは、ご質問・ご相談など24時間受け付けております。