所属部署 グローバル政策・経営研究センタ
氏名:石井俊太郎
サステナビリティボンドとは、資金の用途を環境・社会の持続可能性に貢献する事業に限定した債券です。国際的な業界団体である国際資本市場協会(International Capital Market Association、以下ICMA)によると、最初の起債は2013年ごろで、「グリーンプロジェクト及びソーシャルプロジェクト* 双方への融資(または再融資)に利用される債券」と定義されています。企業や自治体など債券の発行体はICMAの「サステナビリティボンド・ガイドライン」に則して資金用途を決定し、調査会社や監査法人などの第三者によるセカンドオピニオンで投資先の妥当性が検証されます。
2013年から2017年までの累計発行額は218億ドルで、2017年の発行額が前年比約2倍に成長するなど、急速に活用が広がり始めています。これまでの29件の起債では、発行体として政府系金融機関や自治体が大半を占めています。地域別では、欧州が17件と最多で、次いでアジアが7件、米州が5件となっています。
サステナビリティボンドが注目される背景には、世界的なESG投資の急拡大があります。2016年のESG投資資産残高は約23兆ドルと世界の運用資産の26%を占めるまで拡大し、2012年から2016年までの年平均伸び率は14.6%です。日本でも、経済産業省が「ESG情報開示・対話・価値協創のガイダンス」を発表したり、GPIFが日本株のESG投資を開始したりするなど、官民での取り組みが加速しています。
ESG投資が官民に幅広く浸透するにつれ、その投資対象は、従来の企業株式から自治体や国際機関、非上場企業などによる債券へ拡大してきました。特に、債券を対象としたESG投資の受け皿として急成長しているのがグリーンボンドです。2014年にICMAが「グリーンボンド原則」を策定して以降、国際的に発行・投資が拡大し、2017年の発行額は約1,600億ドルとなりました。
また、2015年に採択された「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals、以下SDGs)」への意識の高まりの中で、環境分野にとどまらない広範囲な社会・経済面の持続可能性へ寄与するソーシャルプロジェクトへの投資ニーズも拡大しています。SDGsにおいては、2030年までに貧困、教育、気候変動など17分野における社会課題解決が目標とされていますが、世界経済フォーラムによると、SDGsの達成には年間約2.6兆ドルの資金ギャップがあると指摘されています。
このような状況の中で、グリーンプロジェクトとソーシャルプロジェクトいずれにも利用可能なサステナビリティボンドが登場しています。サステナビリティボンドは公共機関などがSDGs達成に必要な資金ギャップを補うとともに、SDGsに貢献するプロジェクトの直接的な資金調達手段として期待されています。起債に当たっては、資金用途先のプロジェクトがSDGsの17の目標と169のターゲットのうちいずれに寄与するかについて、調査会社や監査法人などの第三者によるセカンドオピニオンで検証されます。
これまでサステナビリティボンドの発行体は政府系金融機関や自治体・地方政府などの公共部門が大半でしたが、直近では商業銀行や事業会社など民間企業がサステナビリティボンドを発行し、事業投資活動を通じたSDGsへの貢献や新規投資家の獲得を加速させています。
イギリスの大手金融機関HSBCは2017年に10億ドルのサステナビリティボンドを発行しました。調達資金は再生可能エネルギー発電施設の建設や公共交通網の延伸などの環境・社会の持続可能性に貢献するプロジェクトに活用され、SDGs17分野のうち、SDG 7(エネルギー)やSDG 9(産業・インフラ)など7つの目標に寄与するとしています。同社の起債には、北米の投資家を中心に想定調達金額の約3倍の応募が集まり、ESG投資需要の高さが表れる結果となりました。
事業会社として初めてサステナビリティボンドを発行したスターバックスは、2016年に米国で5億ドル、2017年に日本で850億円を調達しています。同社は調達資金を活用し、農地や水資源の保全などに関する倫理基準を満たすコーヒー豆の調達量を拡大するとともに、小規模農家に対しては技術支援や設備投資のための融資を提供することで長期的に安定したコーヒー栽培や農家の生産性向上をめざしています。これら一連の取り組みは、自然資源の持続可能な利用のみならず、農家の所得向上にも寄与し、SDG 15(生態系の保護)やSDG 2(持続可能な農業の推進)への貢献につながります。同社の起債は多くのメディアに取り上げられたことで、投資家のみならず多くのステークホルダーに対し、サステナビリティに積極的な企業であることをアピールしました。その結果、発行額を大きく上回る応募が集まり約40の新規投資家から資金を獲得しています。
民間企業のサステナビリティボンド活用によりSDGsへの貢献や新規投資家の獲得が期待されますが、一方で起債に当たっては、資金の利活用に関する妥当性検証のため、社会的インパクトの効果測定やセカンドオピニオン取得などの追加的な費用負担が課題となります。この理由として、第1に、資金活用の効果測定については、用途先プロジェクトが生み出す社会的インパクトなどを定量化するための手法が確立されておらず、それぞれの発行体がさまざまな指標を検討する必要があること、第2に、商業銀行や事業会社などの民間企業にとっては、投資先の妥当性に関する第三者からのセカンドオピニオン取得など、通常の債券発行と比べてより高いレベルでの説明責任が求められることが挙げられます。
これらの課題に対しては、プロジェクトの評価手法の標準化や起債にかかる費用補助など政策的な支援が求められます。先行するグリーンボンドでは、国際標準化機構(ISO)が投資先プロジェクトの環境的価値に関する評価手法や情報開示項目などの標準化を推進しています。追加的な費用負担については、日本でも、グリーンボンド起債にかかる費用のうちセカンドオピニオン取得などにかかる費用を政府が補助するなど、政策的な後押しを推進しています。サステナビリティボンドにおいてもグリーンボンドと同様の取り組みが進むことで、民間企業による活用が促進され、発行額がさらに増加していくと考えられます。
SDGs関連市場は年間12兆ドルの経済的価値や約4億人の雇用をもたらすとされており、民間企業にとっても大きなビジネスチャンスであると言えます。HSBCやスターバックスに続き、民間企業によるサステナビリティボンドの活用が加速することで、より多くの投資と社会的インパクトを生み出す事業の創出によるSDGsの実現が期待されます。
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