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ダイナミック社会インフラ

    所属部署 研究第三部 産業グループ
    氏名:清水麻衣

    1.ダイナミック社会インフラとは

    ダイナミック社会インフラとは、社会インフラに割り当てられている空間や設備の用途の選択肢を増やすことにより、社会インフラの利活用促進をめざす取り組みです。提唱者としては、マサチューセッツ工科大学センサブル・シティ・ラボのカルロ・ラッティ氏が有名です。都市空間とテクノロジーの融合を専門とするラッティ氏が提唱するダイナミック社会インフラの理念には、「市民の永遠に変化し続ける要望に応え続ける街並みを創る」という考えがあります。
    道路や鉄道など、モビリティインフラの利用率のピークとボトムの変動をいかに吸収するか。あるいは、地域の人々のコミュニティ活動や文化的活動の場として利用される地域センターなどの公共施設において、午前と午後、夜間などでの利用者層の変化に、いかに柔軟に対応するか。ダイナミック社会インフラは、これらの問題の解決策となることが期待されます。

    2.広がる「眠れる資産」有効活用の可能性

     従来、道路、橋りょうなど人々の生活や経済活動に不可欠な社会インフラは、主に「通行」などのただ一つの用途に限定された空間を24時間365日提供してきました。しかし、用途が限定されている社会インフラは、場所・時間帯によってはほぼ利用されていない場合が多々あり、眠れる資産と表現されることもあります。例えば、首都圏の高速道路ネットワークでさえ、平日5時台の稼働率は40%に満たない区間が約半数に上ります(注1)。
    社会インフラの稼働率の低さには、柔軟な利用を難しくする社会インフラの二つの特性が関係していると考えられます。一つは社会インフラは、誰もが等しく受益できるように設計されるべきものであることです。このため社会インフラの運営においては、柔軟性・効率性向上よりも公平性、持続・安定性が優先される傾向にあると考えられます。そのため、自動運転技術やドローンなどの国のプロジェクトや産学で研究開発が進む最新技術に対しては、運営の公平性、安定性が認められなければ、導入が進まない状況にあります。
    もう一つの特性は、社会インフラは公共部門による運営が主体となり、地域独占下に置かれやすく、経済学における市場のメカニズム(注2)がうまく機能しない傾向にあることです。道路や橋りょうなどは社会的には必要である一方、長期間にわたる運営が必要であり、民間企業では供給されづらく、代わりに公共部門が整備・供給を担うことになります。地域独占下では、都市部への人口流出入、少子高齢化などに伴う人口動態の変化など、時代とともに変化する環境の変化を認識しづらく、量的・質的な需給のアンマッチが生じても、方向転換が難しくなると考えられます。
    しかし、近年、社会インフラの提供者側(自治体などの公的機関)と、利用者側(市民・民間)の双方において、柔軟な利用が難しく稼働率の低い社会インフラの在り方に対する問題意識が高まりつつあります。提供者側(自治体などの公的機関)では、人口減少や少子高齢化を背景とした財政悪化に伴いインフラ維持・更新費用の財源確保が困難化しています。予算の使途の選択と集中が進む中で、一部の稼働率の低いインフラに対して整備の優先順位が低いと判断され、予算確保が不可能となった場合、政府・自治体予算のみでのインフラ維持・更新費用捻出が困難になる恐れが存在します。加えて、利用者側(市民・民間)では、社会インフラの運営硬直性に対する疑問も出始めています。例えば、日本の道路は、ほとんど歩行者や自動車がいない時間帯・場所であっても、道路交通法によって簡易ベンチなどの設置やイベントの自由な開催が制限されています。
    ダイナミック社会インフラが注目される背景には、社会インフラの利用用途の選択肢を広げ、眠れる資産といわれる社会インフラの利活用を促進し、ひいては税収以外の第二の収入源(利用料など)の確保による社会インフラの維持・整備費用捻出への期待の高まりがあると考えられます。

    (注1) 国土交通省 社会資本整備審議会 第13回国土幹線道路部会配布資料「参考資料 現況の整理と今後の課題について」参照。上述の稼働率(実際の交通量/交通容量、上り)は、任意の1日(2014年7月22日(火))の調査結果。

    (注2) 市場のメカニズムとは、「完全競争市場においては、需要と供給の間に価格の自動調節機能が働き、適正な価格・需要量・供給量が決定される」という考え方を指す。しかし、財の特性によっては上記のメカニズムがうまく作用しないことが明らかになっており、公共財もその一例である。公共財の場合は、使用料を払っていない人だけ利用を制限する、といったことが難しく、使用料を払わずに利用しようと考える人々が現れるために、市場のメカニズムに任せておくと実際に必要とされる量よりも過少供給になってしまうと考えられている。

    3.ダイナミック社会インフラがもたらす価値

     ダイナミック社会インフラ実現の核となるのは、インフラを支える設備、構造物の柔軟な用途変更による、需要に合わせた供給量の「調整」です。以下に、研究開発が進むダイナミック社会インフラの先進事例を二つ紹介します。
     一つは、アルファベット(Googleほかの持ち株会社)傘下のサイドウォークラボが2017年よりカナダのトロントで研究開発を進めていたダイナミックストリートです(2020年5月7日プロジェクト中止。注3)。ダイナミックストリートは、舗装のモジュール化と、センサで収集した車両のリアルタイム通行情報の活用により、道路空間の活用用途の迅速かつ多様な変更を可能にし、市民に対して最適用途での利用の実現をめざす取り組みです。例えば、平日の通勤ピーク時には、自動車・バスなどの乗り降りのために供されている路肩・道路空間を、車両交通量の少ないオフピーク時には、周辺住民のニーズに合わせて、家族連れが楽しめるストリートマーケットの会場や、スポーツを楽しめるバスケットコート、コワーキングスペースなど、市民の憩いの場として活用することを可能にしています。ピーク時とオフピーク時の差など需要の変動に合わせて供給形態を調整し、社会インフラが人々によって活用される時間が増えることで、多様な市民のニーズに都市インフラが応えることが可能になります。また、人と人のつながり・コミュニティ形成が促進されることにより、地域のQoL向上につながることが期待されます。サイドウォークラボが発表したストリートデザインに関する資料「Street Design Principles」では今後の構想の一部として、サードパーティが提供するアプリを通じたダイナミックプライシングシステムとの連携構想への言及もあります。ダイナミックプライシングシステム・連携相手の詳細は触れられていませんが、路肩・道路空間の一部を、駐車スペースや商業スペースとして私的利用する場合、アプリなどを通して利用用途・期間を登録する際に、需給や人口密度に基づいて決定される利用料を徴収するといったことが考えられていたのではないかと推測されます。
     もう一つは、オランダの都市課題研究機関であるAmsterdam Institute for Advanced Metropolitan Solutionsとマサチューセッツ工科大学が、2016年よりアムステルダムで研究開発を進めるRoboatです。Roboatは、社会インフラの機能を持たせた新しいコンセプトの自律航走型小型ロボットボートです。人やモノを運ぶボートとしての利用のほか、複数のボートの船体を接続することによる簡易的な歩行者用の橋や(イベント開催時の)水上臨時ステージとしての利用、ゴミの容量を自動で検知して、廃棄物処理センターに自律的に向かうゴミ収集車としての利用、センシング機能を活用した水質などの環境調査目的での利用といったさまざまな用途での活用が想定されています。これは、アムステルダムやベネチアのような街中に運河が張り巡らされている都市において、移動インフラの一部として欠かせないボートに、橋の代替・ゴミの回収・水質検査などの機能を付加する取り組みです。ボートという一つのインフラで、稼働率が低いマイナーな立地の橋や週に何回かしか発生しない特定地域のゴミ回収など、利用頻度が低い市民の複数のニーズへの対応を可能にすることで、インフラの稼働率向上をめざす取り組みと捉えることができます。

    (注3) ダイナミックストリートは、サイドウォークラボが2017年よりカナダのトロントで進めるスマートシティ構想「サイドウォークトロント」の一部として構想検討・研究開発が行われていた。しかし、2020年5月7日、サイドウォークラボは、COVID-19の影響を理由に、事業の中止を発表した。

    4.今後の展望

     3章で紹介したような先進的なダイナミック社会インフラの実現に向けた取り組みは始まったばかりですが、日本においても遊休資産化している廃校施設の利活用をはじめとして、社会インフラの多目的利用への取り組みが進みつつあります。
    例えば、2011年の河川法準則改正による河川空間における営業行為に関する規制緩和や、2017年の都市公園法改正による公園敷地内における設置可能施設に関する要件緩和など(注4)が行われています。また、2015年度から2年間にわたり実施された総務省の「公共施設オープンリノベーションマッチングコンペティション」を含め、公共施設の活用方法に関するクリエーティブなアイデアを有する人材と、それを求める自治体のマッチングを促進する取り組みや公共設備の民間開放を支援する行政側の体制の整備も進みつつあります(注5)。例えば、同コンペティションでは、市の分庁舎の空きスペースを図書館や貸事務所・フリースペースなどに転用する案や、博物館の一部をコワーキングスペースに転用する案、職員寮を宿泊施設に転用する案などが出され、採択されました。
    民間主導による未活用の社会インフラ・公共空間のユニークな活用事例も増えつつあります。例えば、トンネルをワインの貯蔵庫として活用する浜松ワインセラーや、公園内に位置する少年自然の家を立地を生かした形でリノベーションし、公園一体型宿泊施設として活用するINN THE PARKなど、興味深い取り組み事例が生まれています。
    社会インフラ・公共空間の利活用方法の再考によって、地域活性化や賑(にぎ)わいの創出をめざす取り組みが官民で進む中、従来の社会インフラの在り方を大きく変える可能性のあるダイナミック社会インフラの今後の動向が注目されます。

    (注4) 2017年の都市公園法の改正では、従来は公園敷地内への設置が禁止されていた保育所などの社会福祉施設の設置が可能になったほか、公園敷地内でのカフェ・レストランなどの施設の面積制限(建ぺい率2%→12%)に関する規制緩和が行われた。

    (注5) 総務省「公共施設オープンリノベーションマッチングコンペティション」は、2015年度〜2016年度の2年間にわたり実施され、計12事業が採択された。本事業は2年間で終了となったが、類似の取り組みは株式会社オープン・エーが事務局の運営を行うウェブサイト公共R不動産などを通して継続的に行われている。

    (参考文献)
    公共R不動産編、馬場正尊、飯石藍、菊地マリエ、松田東子、加藤優一、塩津友理、清水襟子著「公共R不動産のプロジェクトスタディ 公民連携のしくみとデザイン」学芸出版社、2018年

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